第28話 王族として

荒々しく扉が開けられた音に驚いて見ると、

おそらく侍従だと思われる少年を二人連れた令嬢が入ってきていた。

薄紫色のドレス。白銀色の髪に薄紫の瞳。小柄だけど、サハル王子に似た面影。

…この方、きっとジャニス王女だわ。


「ようこそ、とは言いませんわ。ジャニス王女かしら?」


身分の上の者から話しかけるという礼儀を知った上で話しかける。

今日ここにいるのはレミアスの第一王女として。

同盟国の王女同士なら、歳が上の私の方が身分が上になる。

それをわからせるためにあえて私から声をかけた。


それに気が付いたのだろう。ジャニス王女の顔が一瞬歪んだ。

侍従たちも身分に気が付いたのか、同じように顔色が悪い。

もしかして公爵家令嬢だと思っていた?


「何か大事な用があって、このような無礼な真似をしたのでしょう?

 早く話してくれないと準備が間に合わないわ。」


「…あなたがジルアークの婚約者だって本当?」


怒りなのか震えながらジャニス王女が絞り出すような声で聞いてくる。

そのくらいの確認なら夜会でしてくれればいいのに…。


「そうよ。それで、あなたは誰です?

 ジャニス王女であっているのかしら?」


「ジャニス・カルヴァイン。第一王女よ。あなたは?」


「レミアス国第一王女リアージュよ。リアージュ・イルーレイド・レミアス。

 ジルアークの婚約者で恋人でもあるわ。それで、用件はそれだけ?」


「うそ…レミアスに王女はいないわ。それに恋人だなんて嘘つくなんてひどい。」


「イルーレイド公爵家に産まれたけど、第一王女として王族でもあるの。

 大公家のジルが王族なのと一緒よ。

 それに恋人なのも嘘じゃないわ。ジルに聞けばいいじゃない。」


どうせ私が何言っても信じないのだろうから、

せめてジルがいる時に聞いてくれれば良かったのに。

目の前で真っ青な顔して震えている王女に、どうしようか困ってしまう。


見た感じカミーラと年齢は同じくらいかしら。

カミーラの礼儀知らずにも困ったけど、

王女として生まれ育っていてこのような真似をするとは。

陛下から話を聞いていたけど、本当にこんなことになるとは思っていなかったわ。


「ねぇ、ジャニス王女。

 あなたこそ、本当に王女なの?

 同盟国の王女が夜会の準備中なのに先触れもなく訪ねて来て、

 許可も無く無理やり押し入るって。

 私は王女としてこのような無礼が許されるとは思えないのだけど?」


ちらっと衛兵を見ると頷かれる。

どうやら王女が訪ねてきた時点で陛下に知らせがいったようだ。

陛下と一緒にいるジルにも伝わっているだろう。

すぐにこちらに戻って来てくれるとは思うが、この後始末はどうするのだろう。

髪も結い終わっていないから、ジャニス王女には早く帰ってほしいのだけど、

ただ帰らせて終わりにはならないわよね。


そんな風に冷静にジャニス王女をながめていたのが悪かったのだろうか。

まったくジャニス王女を気にもしない態度が、よけいに苛立たせてしまったようだ。


「もう!こんな嘘つきな女がジルアークの婚約者なわけ無いわ!

 この女を捕まえて王宮から追い出しなさい!

 早く!王女である私の言うことが聞けないの!?」


近くにいた衛兵たちに指示を出そうとわめいているが、

この離宮にいる衛兵たちはジルの管理下の者だ。

さすがに陛下の指示なら聞くだろうが、

ジルよりも身分の下のジャニス王女の指示を聞くわけがない。

ましてやジルの婚約者であり他国の王女でもある私を捕まえるなど、

指示があったとしてもできるわけがない。



「ジャニス…お前、これほどまでに馬鹿だったんだな。」


いつもより二倍くらい低い声が聞こえた。

いつの間にかジルが部屋に入って来ていて、先ほどの会話も聞いていたようだ。

ジルの後ろに陛下とお義父様もいる。


「ジルアーク!嘘でしょう?婚約したなんて。

 この女が言うのは全部嘘だわ!」


「ジャニス、俺の大切なリアを侮辱してただで済むと思うなよ?」


「えっ。」


「ジャニス…お前には失望した。

 わがままだとは思っていたが、他国の王女にまで無礼な真似をするとは。

 母親亡き後甘やかしすぎたのがいけなかったのだな…。」


「お父様!?何を言っているの?」


「衛兵、ジャニスを捕まえて部屋に戻せ。部屋の外に出るのは認めん。

 もちろん今日の夜会にも出さない。しばらく謹慎しておけ。」


「どうして!」


「まだわからんのか。リアージュ王女に謝りもせず。

 お前が同盟国の王女にどれだけ無礼なことをしたと思ってるんだ!」


「…本当に王女でジルアークの婚約者なの?嘘じゃないの?

 だって、ジルアークの運命の少女はいないって言ってたじゃない!」


「リアージュは石榴姫の孫だ。カルヴァイン国の王族の血筋でもある。

 運命の少女なんだよ。そうじゃなくても俺の恋人に変わらないけどな。」


「そんな…嘘…ジルアークに恋人だなんて…うそよ。うそだって言って…。」


泣き崩れたジャニス王女を侍従の少年たちが支えて立たせようとする。

そのまま衛兵に囲まれ、侍従の少年ごと引きずるように外に出された。

ジャニス王女の泣き声がだんだん遠くなっていくのを聞いて、ため息をついた。

ため息が重なったような気がするのは、多分気のせいじゃない。

陛下がしょんぼりした雰囲気ですぐさま謝って来た。


「すまない。ここまでやらかすとは思ってなかった。」


「いえ、陛下。驚きはしましたが、特に何かされたわけじゃないので大丈夫です。」


「何もされていないと言っても、

 衛兵に捕まえて追い出せとまで指示したからには無かったことにはできない。

 しばらく謹慎させて反省を促したのちに、降嫁の話をすすめようと思う。

 いいかげんジルアークのことはあきらめさせないとな。」


「そうですね。何言っても話を聞かないので、できるだけ遠ざけてください。

 俺が王太子か宰相、どちらになったとしてもジャニスは邪魔になるだけですから。」


「わかった。そうしよう。」


「じゃあ、陛下と父上は執務室に戻ってください。

 リアの準備が終わりません。部屋から出てもらえますか。」


「ああ、そうか。すまん。では、また後でな。」


「リアージュ、また広間でな。」



陛下とお義父様が慌てて部屋から出ていく。

夜会の開始に間に合わないかもしれないと思いつつ、ミトに髪を結ってもらう。

その間もジルは心配だったのか隣にいて手を握っていてくれた。


心配だったジャニス王女との対面は最悪な結果で終わった。

この後会うことになるだろうカミーラのことを思うと気が重くなるのを感じた。



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