第25話 ジルアークの宮

ずっと身体の痛みや熱で満足に眠れていなかったサハル王子は、

久々にぐっすり眠れているようでしばらく起きそうになかった。

起きた後の様子も見たいし、まだジルとの話も思っていない。

ジルに抱き上げられたまま離宮の外に出ると、もう一つ奥の離宮に連れて行かれた。


サハル王子の離宮よりもこじんまりとしているが、

きちんと手入れされている庭園がついている日当たりが良さそうな離宮だった。

窓の外には池が見える。王宮の裏側に位置しているのだろう。


「ここはどこ?」


「俺の持っている離宮。」


「ジルが持っている離宮?」


「ああ。俺も王族だから。」


その言葉を聞いて、お義父様が話してくるように言った意味がわかった。

本当なら婚約する前に知っておかなければいけない話だ。

それなのに私が自国では王女扱いだという話も、

ジルが王族だという話もお互い避けてしまっていた。

お義父様があきれたような顔をしていたのも無理はない。


「お互い話が足りなかったみたいね。ジルの話もしてくれる?」


「ああ。まず、父上は王族のままだ。

 陛下の他に王族が父上しかいなかったからね。

 そして産まれたのが俺。まだ陛下には子供がいなかった。

 本当は陛下に王子が2人産まれた時点で父上と俺は王族から外れる予定だった。

 だけど、産まれたサハルとシャハルはどちらも魔力量で問題があった。

 そのせいで王太子にするわけにはいかないと判断されてしまった。

 今、陛下が倒れたら父上が国王になる。その後は、俺が継ぐことになるだろう。

 サハルたちの妹のジャニスは魔力量は問題ないけど、国王は無理だ。

 勉強嫌いで王政について学ぼうともしないんだ。」


「ジルが王太子なの?」


「まだ決まっていないけどね。迷ってる。

 リアと出会う前は俺が国王になって、

 シャハルかジャニスの子どもを養子にすればいいかと思ってた。

 俺自身が結婚することはできないと思っていたから。

 他に何かすることも無いし、他に継げるものがいないなら仕方ないかって。」


「今、迷ってるのはどうして?」


「リアだよ。リアに会って、怖くなった。

 リアが王太子なんて嫌だ、王妃になるなんて無理って言うかもしれないと思って。

 今の俺は国王になるよりもリアの側にいたい。

 …リアが結婚してくれなくても、近くにいたいんだ。

 どうしても嫌だって言うなら、少し離れるけど…。」


「離れるのは少しだけなんだ。」


真面目な話の途中なのに思わず笑ってしまう。

もう魔力を与えられなくても良いというのに、相変わらず一緒の寝台で寝ている。

抱きかかえられるようにして眠るのにも慣れてしまっていた。

朝起きて、着替えるために離れるのに苦痛を感じてしまうほどに。

どうして離れられるなんて思えるだろう。

わかっていて、聞いてしまった自分が意地悪だなって思う。


「…嫌なんだ。離れたくない。叶うならずっと一緒にいたい。

 こうして抱きしめて、リアと笑っていたい。

 そう思うと、王太子とかどうでもよくなってしまって。

 …リアが無理だって言うなら断るよ。」


「…それについては少し悩んでもいい?」


「やっぱり嫌だよね。」


髪に顔をうめるように項垂れてくる。息が首筋にかかってくすぐったい。

すぐ近くにジルの顔があるのを感じて顔をあげる。

そのままジルの頬にキスすると、きつく抱きしめられ深く口づけられる。

あぁ、もう離れられない。


「ジルが好き。」


ちっとも離してくれないキスの合間に打ち明ける。

ジルの動きが止まって、驚いたように見つめられた。

ようやく自分の気持ちを伝えられそうな気がした。


「ジルが好きなの。大好き。

 ジルは不安に思っていたようだけど、

 サハル王子に先に会っていたとしても好きにはならなかった。

 ジルだから、一緒にいたいし、好きだって思うの。

 王妃になるのはもう少し悩ませて?だけど、そばにいるわ。」


「リア、ありがとう。卒業したらすぐに結婚しよう。

 王妃のことは嫌なら逃げるから言って。」


「…王妃のことは逃げないように覚悟を決めるまで待って。

 一応、私だって王族なの。こんなに弱気だけど…。

 ゆっくり考える時間をくれる?」


「いいよ。大丈夫。まだ学生だから。

 決めてもすぐに王太子になるわけじゃない。ゆっくり考えて。

 今は気持ちが通じたことが何よりうれしい。」


「うん。」


今この場で魔力を流してしまってもいいくらい結婚する覚悟はできた。

だけどサハル王子の治療に使ってしまって、流す魔力が残っていなかった。

今日はあきらめて、またゆっくり時間が取れる時に流せばいい。

減ってしまった魔力を足してくれるように、

ジルからゆっくりと流れてくる魔力がただ心地よかった。


「ありがとう。歩けるなんて何年ぶりだろう。」


サハル王子が起きたというので体調を確認しに行った先は執務室だった。

数年ぶりに歩けた息子に、陛下は驚きつつ喜んでいるようだ。

椅子をサハル王子に譲っているお義父様も嬉しそうで、

うまく回復できて良かったと思う。


「この状態はどのくらい持つと?」


「さっきケニー先生に診てもらったら、身体は一時的に全回復しているようだと。

 魔力量がこれ以上増えなければ一年はこの状態でいられるみたいです。

 その前にケニー先生が魔術具を開発してくれると言ってるからそれに期待します。

 学園に復学してもいいですよね?」


「そうだな…二週間後の夜会に出て、問題なければ復学を許可しよう。」


「わかりました。」


「あ、リアージュ王女。

 王族扱いなのがわかったから、夜会には王女として出てもらうから。

 それで問題ないよね?」


「はい、わかりました。」


「うん、うちには困った王女がいるから、そのほうがいい。

 同じ立場ならそれほど困ることも無いと思うしな。」


あ、ジャニス王女はジルを王配にして女王になりたいんだった。

夜会に出たら気をつけなきゃいけないとは思ってたけど、

同じ王女の立場ならさすがに文句も言ってこない?


「…陛下、多分困ることになるとは思うが、王女扱いについては賛成。

 うちのリアージュはその辺の令嬢とは違うからね。

 ジャニスは問題起こす前にちゃんと厳しい女官つけておいて。」


お義父様…買いかぶりすぎです、って、どうしてジルとサハル王子がうなずいているの。

そこは誰か止めてください…。

本当の王女…ではないのだけど仕方ない。夜会では我慢しますか。


「で、ジルが王族なのは話せたのか?」


「はい。それについては受け止めてもらえました。

 このまま婚約は続けて、卒業後に結婚する予定です。

 ですが、王太子の話はしばらく待ってください。サハルが元気になりましたし。」


「まぁ、それについては急いでないからいいよ。

 卒業後にまた考えようか。」



「あぁ、そういえば報告がまた来たよ。

 どうやらシャハルはカミーラ嬢と魔力交換したようだ。」


「え?」

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