第21話 悩み事

あともう少しで私の身体の中の魔力の変換が終わるという頃、

大公家からの使いがジルのもとに来ていた。

その間ミトがお茶を淹れてくれて一人で考え事をしていたが、

考えれば考えるほどどうしたらいいのかと思ってしまう。


「どうかしましたか?」


「うん…なんていうか、ジルに気持ちを打ち明けてなくて。」


「えっ。いつもあんなに仲良さそうにしているのに、ですか?」


「あぁ、うん。そう思うよね。

 なんだか言う機会はあったのに、言いそびれちゃって。

 そうしたらあたらめて言い出しにくくなってしまったっていうか…。」


「…えぇぇ?そうなんですか?

 毎日、一緒に寝起きしていて、そうなんですか?」


呆れるような責めるようなミトの目に、何も言えなくなってしまう。

そう思われても仕方ない…ほとんど閨を共にしているような状態だった。

想いを伝えていないとは誰も思わないだろう。


「このまま結婚してしまっていいのかも悩んでいるの。

 ジルのことは好きなのだけど、勢いで結婚しちゃうような気がして。」


「こちらに来てからまだ二か月も過ぎていませんから。

 あまりにも急に変わりすぎて心が追いついていないのかもしれませんね。」


「そうよね…ミトは大丈夫?大公家での生活に困ったりしていない?」


ミトは私についている侍女ではあるが、レミアス国の子爵家の令嬢でもある。

この国では子爵家や男爵家の立場は弱いらしい。

ミトの母親は辺境伯家の出身なので、

レミアスでは子爵家といっても後ろ盾はしっかりしている。

だけど、それがこの国でどこまで通用するのかわからない。

もしこの国で生活していてミトが嫌な思いをしているとしたら、

レミアスに帰すことも考えなければならなかった。


「大公家では問題ありません。

 ですが、カルヴァイン国では子爵家は高位貴族とは顔も合わせないそうです。

 そのためこのまま子爵家の身分では、

 リア様に侍女としてお仕えするのが難しくなるかもしれないと言われました。

 それで…ファン様の妹にならないかと。」


「え?ファンの妹?確かファンは侯爵家の次男だって聞いていたけど、

 侯爵家の養女になるってこと?」


「そうです。

 リア様だけでなくジルアーク様の近くにいることにもなりますので、

 侯爵家くらいの高い身分じゃないと難しいそうです。

 魔力量も測定されまして、一応私の魔力量なら養女にしても問題ないそうです。

 …リア様がこのままジルアーク様とご結婚されるのであれば検討しますけど。」


そうか…私だけじゃなくジルの側にいるってことは、侍女として仕えるミトにもそれなりの身分が必要になるんだ。

そうだよね。ミトが嫌がらせされたりする可能性だってある。

レミアスと違ってカルヴァイン国は伯爵家と子爵家の間にははっきりとした壁がある。

レミアスにいた頃と同じように考えてはいけないんだ…。


「この国で生きていくならそのほうがいいのよね。ミトはどう思う?

 私がジルと結婚しても侍女としてついてきてくれるの?」


「もちろんです。そのためにレミアスにも一緒についてきたのですから。

 今更私だけ帰すなんて言わないでくださいね?」


「わかったわ。ありがとう。

 侯爵家の養女の話は私もジルから聞いてみるわ。

 もしそうなれば子爵家にもうちからきちんと話をしなければいけないし。」


「はい。」


ちょうど話が終わるころジルが戻って来たけれど、なぜか厳しい表情をしている。

何か問題でも起きたのだろうか?



「どうしたの、ジル?使者の話で何かあった?」


「うん。一応の報告として、

 シャハルたちは一週間の謹慎処分で済ませて学園に戻している。

 もちろん、あんなことがもう無いようにリアには近づけないように陛下が命令を出した。

 それで学園に戻したのはいいんだけど、リア…落ち着いて聞いて?」


「はい?」


「リアの義妹が学園に来ているそうだ。」


「…え?」


カミーラが学園に来ている?どうして?

せっかくレミアスからカルヴァインに来てカミーラから離れられたと思ったのに。

あんなことはあったけどジルと向き合おうと思って、

これからのことを考えようとしているのに、また今までのように邪魔されるの?

どうして?どこに行ってもカミーラから逃げられないって言うの?


「リア、落ち着いて。大丈夫、大丈夫だよ。」


レミアスにいた頃の暗い気持ちが一気に押し寄せて、目の前が見えなくなる。

ソファに座っているはずなのに、自分の位置が定まらない。

倒れそうになるのをジルが抱き寄せ、頬に手を当て目を合わせようとしてくる。

ジルの声が遠い。何度も呼びかけられるけれど、声がうまく出せない。


「大丈夫だよ。何があっても守る。俺はリアの側にいるよ。」


「…ジル。私を離さないでくれる?」


「ああ。リアから離れることはないよ。だから、不安があるなら全部話して。」


「…怖いの。カルヴァインで新しい生活を始めようとしているのに、

 またすべてをぐちゃぐちゃにされてしまうんじゃないかって。

 ジルも友達もいない生活に戻ってしまったら、私どうしていいのかわからない。」


たくさんの人が周りにいるのに、あんなに人が多い学園だったのに、

私の周りには誰もいなかった。

話しかけてくるのはカミーラの取り巻きの嫌がらせだけ。

大事なものを作ってもすぐに壊される。何をしても無駄だった頃に戻りたくない。


「俺が離れることはないよ。リア、ちゃんと俺を見て。

 信じてくれないか?俺が好きなのはリアだよ。

 この気持ちは揺らがない。絶対に離れることなんて無いよ。」


いつも落ち着いている紫目が少しだけ不安げに揺れる。

これはジルの気持ちを疑った私のせい?悲しい思いをさせた?


「ごめんなさい。強くなりたいのに、また怖くなってしまって。」


「いいよ。不安があればいくらでも言って?

 その度に俺がそばにいるって伝えるから。ね?」


「うん。ありがとう。…ねぇ、カミーラはなぜ学園にいるの?」


「それがわからないんだ。レミアスにも問い合わせたんだが、

 向こうでは行方不明扱いだったらしい。

 すぐに迎えに来るそうだが、数日はかかってしまうだろう。

 明後日からは俺たちも学園に行くし、もしかしたら会うかもしれない…。

 義妹がレミアスに戻るまで休んでもいいけど、どうする?」


「…もし会うことがあれば話してみるわ。でも、ジルは近寄らないでくれる?

 疑ってるわけじゃないの。でも、カミーラと話をさせたくないの…。」


「わかった。でも、危険があればすぐに引き離すからね?」


「ええ。ありがとう。」





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