第20話 シャハルとカミーラ


シャハル王子と側近候補の謹慎が解けたのは、あの日から一週間後のことだった。

大事にしなかった理由は、リアージュを守るためだった。

何も無かったとはいえ、無理やり王族の控室に連れ込んだのが知られてしまったら、

リアージュを貶める噂が流されかねない。

それを心配した宰相がレミアスの宰相であるリアージュの父親と相談し、

シャハル王子たちはリアージュに近づかないように命令され、一週間の謹慎処分のあと学園に戻された。


「…せっかく俺にふさわしい女がいたと思ったのに。

 リアージュにはもう近寄れないのか。」


「シャハル様、仕方ありません。

 これ以上何かあれば学園に通うのも難しくなります。

 他の令嬢を探すしかありません。」


「だがな…あの石榴姫以外に王太子妃に相応しい令嬢なんているのか?

 学園内どこ探してもいないだろう?

 俺が王太子になる時に、横にいるのはそれにふさわしい令嬢じゃないと。」


「確かにそれはそうなのですけど。」


「はぁぁぁ。」


シャハル王子と側近候補たちは自分たちがした罪について、

バレたらまずいことをしたのはわかっていた。

自国ではない公爵家の令嬢を汚そうとしていたのだから。

だが自分が、自分たちが推す王子が王太子になるためには必要なことだった。

シャハル王子が王太子になるためには、王太子妃に相応しい令嬢がどうしても必要だったからだ。





リアージュとジルが別邸に籠り二人の運命を感じていた頃、

レミアスから立派な馬車に揺られてカルヴァイン国に到着した義妹カミーラは、

門番の男を黙らせて学園の中に一人で入り込んでいた。

目当ては義姉の婚約者だという王太子だった。



「だがな…あの石榴姫以外に王太子妃に相応しい令嬢なんているのか?

 学園内どこ探してもいないだろう?

 俺が王太子に立位する時に、横にいるのはそれにふさわしい令嬢じゃないと。」


「確かにそれはそうなのですけど。」


少し離れた位置にいた令息たちがそう話しているのを聞いて、探していた相手を見つけたと思った。

学園に入ってから王太子はどの教室だと聞いても、誰も答えてくれない。

誰もが不思議そうな顔をした後、カミーラを警戒し始める。

これ以上警戒されたらまずいと思い始めたころ、

ようやく王子なら最終学年だと教えてもらえたカミーラは、

最終学年の教室のある棟に向かって歩いていた。

その廊下のすぐ近くの東屋から声がしたので聞き耳を立てていたのだ。


石榴姫とは義姉のことだろう。あの憎らしい赤い目。

王太子妃にふさわしい…義姉が?そんなこと許せるわけがなかった。

話している中央にいる細身の男が銀髪なのを見て、王太子だとわかった。

銀髪に紫目がカルヴァイン国でもレミアス国でも王族の証だ。

…カミーラの紫の目も王族の証ではあるが、平民の血が混ざっているから髪は青みがかった黒だった。


「あなたの髪って光るような黒なのね!とても綺麗だわ!」


無邪気を装った義姉の声が頭から離れない。

あの女は初対面の私にそう言った。

私が王族だと認められない証でもある黒髪に、そう言ったのだ。

その言葉に公爵家の者たちがそうだねと笑顔で答えていた。

銀色の髪を輝かせた公爵家の者たちが。


あの悔しさは死んでも忘れるものか。



すっと顔をあげたカミーラは、お得意のか弱い令嬢の顔を作った。

ここにいるのは虐げられている養女、義姉にこきつかわれている可哀そうな女の子。



「あの…もしかして姉のお知り合いでしょうか?

 カミーラ・イルーレイドと申します。

 …姉に侍女が足りないからとレミアスから来るように申し付けられたのですが、

 学園内を探しても姉が見つからないのです。」


顔は青ざめ、疲れたような顔で、少し震えた声。

どこから見ても気弱な妹が姉を探して困っているようにしか見えなかった。


「お前はイルーレイド公爵家の者か?

 姉というのはリアージュ嬢のことで間違いないか?」


急に現れたカミーラに、驚きながらもシャハル王子が確認する。

その目はカミーラの目を見ていた。

イルーレイド公爵家は石榴姫と王弟が結婚している。

その孫娘なら王族の血が濃く、普通なら紫目を持っているはずだからだ。

カミーラの紫目を見て、王族の血を持っていることを確信した。


「はい。リアージュは姉で間違いありません。

 急いで留学してくるようにと言われて来たのですが、

 なぜか留学手続きはされておらず、姉もいません。

 このままだと今日泊まる場所にも困ってしまい、姉を探しておりました。」


そう涙をこらえるような表情で告げると、

シャハル王子と側近候補たちが目を見合わせた。

小声て何かを相談している。さすがにその声は聞こえなかった。


(なぁ、王族の血をひいているなら妹の方でもいいよな?

 石榴色じゃないのが残念だが、見た目は悪くない。

 しかも来たばかりなら、リアージュへ俺たちがしたこともバレてない。

 さっさと俺のものにしてしまえばいいんじゃないか?)


(次に同じようなことしたらまずいです。

 気弱そうですし、どうやらリアージュ様とは仲が良くないようです。

 優しく甘やかしてやれば簡単に婚約に応じるんじゃないですか?)


(よし、じゃあそうしよう。

 王宮に連れて帰るのはまずいな。離宮を用意してこい。バレないようにな。)


「カミーラ嬢、リアージュ嬢はここ数日休んでいるようで俺も連絡が取れない。

 イルーレイド公爵家は我が王家にとっても大事な親戚だ。

 リアージュ嬢の代わりに俺が君を保護するよ。

 さぁ、一緒に帰ろう?」


「あ、ありがとうございます!えーっと、王太子様?」


「ああ。俺のことはシャハルと呼んでいいよ。」


「はい。シャハル様ってお優しいのですね…。うれしいです。」



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