変化する日常(1)

 窓の外をぼんやりと眺めていると、鳥の鳴き声が時々木霊のように聞こえてくる午前十時。そんな朝を迎えた休日だが、俺には変わりない日がいつものように訪れる。そう、いつもと変わらないはずの毎日。

 

「なに、ぼーと窓なんか眺めてるんだよ。勉強に集中しろよ。まさか俺じゃなくて遥のほうが良かったとか思ってるんじゃないよな。俺の彼女に指一本触れさせないよ」

 気取って決め台詞を吐くのもいいが、俺には通用しない。第一、遥さんに触れるつもりはない。

 それよりも大きな声で話す陽輔の声は心臓に悪い。発作が出なければいいが……。

 それよりもだ。勉強に集中しろと口にするが、俺はあれから管が繋がれたまま、心電図やら点滴やらで病室から出れない状態が続いていた。呼吸の為、鼻に管までしている。あの時の充の辛そうな顔を思い出すと、胸が痛くなる。充はこんな状態が続いていたのか、と。

 今度は俺の番なのかと暗い未来を想像しては不安になりつつも受け入れている自分がいた。

 タイムリミットが迫っているのにも関わらず、ドナーが現れるか、命が尽きるか、考える余裕もなかった。その理由は答えるまでもない。

「聞いてるのかよ。あ、まさか胸が痛いとか? なら、一旦休憩取るか」

 いや、帰れよと思うも口には出せなかった。陽輔は俺が不安にならないように変わらず見舞いに顔を出す。

 こいつの優しさには帰れとは言えない。口にしたところでしつこく譲らないだろう。昔からそんなやつだ。

 そんなことを考えていると、病室の扉が開いた。母さんがいつものように必要なものを持ってやって来る。母さんには感謝しかない。

「陽輔くん、いつもありがとうね。助かるわ。はい、これ麗ちゃんによろしく」

「あざーす。母ちゃんも喜ぶと思います」

 子どもの頃、俺と陽輔は知り合ってから、親同士は気が合ったのか仲がいいらしい。今も色々やり取りすることが少なくない。その為か、二人の会話も気にしなかった。

「優悟、悪い。急用思い出した。勉強はまたな。無理すんなよ」

「ああ」

 突然、病室を後にしようとする陽輔に俺は我に返って言葉にならない返事をする。

 ふと、出ていく陽輔の背を見て羨ましく思った。俺の弱い身体では自分ではここを出ることが出来ないからだ。

 いつか、自分の足で出ることが出来たら……。

「優悟、大丈夫? 苦しくない?」

 不意に母さんの優しい声が耳に届く。いつもの言葉なのに、いつもより優しく聞こえるのは気のせいだろうか。

「今日は、調子が良い」

「そう。窓、少し開けるね」

 母さんは俺の言葉に微笑むと、窓に近付く。丁度、外の空気を吸いたかった。母さんは俺に対してなんでもしてくれる。

 親は当然、子どもに対しては当たり前と思うかもしれないが、生まれた時から病気の俺に付きっきりといってもいいくらい母さんは優しすぎる。その優しさは昔も今も変わらない。

「そういえば、もうすぐ先生が来るそうよ。診察も含めて何か悩みがあったら聞くそうよ」

 俺が泣いたあの日から、三ツ橋先生はよく話を聞いてくれるようになった。小さい頃からお世話になっているとはいえ、今まで病気のことばかりだった。

 他の悩みも聞いてくれるようになったのは充のことがあったからだ。俺が不安になり、泣き出して発作にならないためでもあるんだろう。

「今日は天気が良いわね」

 窓の外の空を見上げる。雲一つない空が眩しい光を照らしていた。

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