渦巻く気持ちの中で(2)

 三ツ橋先生と二人になると、俺は話し始めた。充のことで死に恐怖を覚えたことを。

 一通り話し終えると、俺はオーバーテーブルに置いてある水が入ったコップを手にする。水を一口飲んで気持ちを落ち着かせる。

 話して楽になったのか、心は落ち着いていった。


「人はね、誰でもそういう時はあるんだ。私だって怖いさ。今もね」

 不意に三ツ橋先生は言葉を口にする。理解は出来るが、頭の中でそうではないと否定する。

 その理由は三ツ橋先生と俺の違いにある。

 それは俺が病気だからだ。俺は生まれた時から心臓が悪い。それも最悪な状態だ。

 人より寿命が短いと小さい頃は分からなかった。成長するにつれ、それが分かると寿命が短いことから逃げていたのかもしれない。

 それが今になって恐怖が押し寄せてきた。きっと、充もそうだったんじゃないかと思う。

 落ち着いていた心がまた不安に駆られる。

「健康な人と病人じゃ状況も違う。俺たち・・は生まれた時から病気なんだ。何も分かってない、」

「そうかもしれない。だけどね、健康の人もいつ死ぬか分からない。いつどこで事故や事件に巻き込まれるか、口にはしないけどそういう恐怖を抱いている」

 三ツ橋先生は俺の言葉を遮り、遠くを見つめるような視線を窓に向けた。

 俺には健康的な生活が出来ない。頭の中で理解しようとしても、どうしても理解出来なかった。

「三ツ橋先生には分からない。俺たちがどれだけ苦しんだのか。充は生きたかったはずだ! 俺だって、」

 俺は気持ちをぶつけるように大きな声を出したが、言葉が途切れた。急に胸が痛くなり、咄嗟に胸を抑える。

「優悟くん、興奮させてしまって悪い。今、診察を、」

 そう言って三ツ橋先生は俺に近づく。俺は三ツ橋先生を追い払うように手で払い退けて、ベッドに横になった。

 段々と息が苦しくなり、胸の痛みが強くなってくる。

 三ツ橋先生が呼んでいるが、応えられない。これは、もしかしたら今までで一番最悪かもしれない。

 俺は視界が狭くなる感覚になりながらも必死に耐えようとした。

   *


 薄暗い視界にぽつんと明かりが照らされている空間があった。そこに向かってすたすたと歩いていく。

 不思議と胸の痛みは収まっていたことに気付く。ただ薄暗い視界は変わらない。ここはどこだ。

 三十歩ほどだろうか。明かりが照らされている空間まで着いた。そこには誰一人もいない。着いたもののどうすればいいのか分からない。

「優悟くん?」

 後ろから見覚えのある声が聞こえてきた。振り返ると、パジャマ姿の充が立っていた。いや、正確には入院着を身に付けている。ずっと病院内にいたからか、その姿は見慣れていた。

 俺はふとある事を思い出す。充はあの時からいないはずだ、と。だとすれば、俺がここにいる理由はただ一つ。

「優悟くん、聞いてる?」

「あ、嗚呼」

 再び充が俺に声を掛ける。思わず声が洩れるだけの返答に充は項垂れた。

「優悟くんには親友がいるでしょ。まだ生きなきゃ駄目だよ。さようなら、元気でね」

 別れの言葉を最後に充は俺の目の前から消えた。まるで幻を見ているような感覚に襲われているようだ。

 これは現実なのだろうか。


 気付いた時には真っ白な天井が映った。ここはおそらくあの場所だ。

「優悟! おばさん、優悟が!」

「優悟、分かる?」

 なんだか慌ただしい雰囲気の音や声が耳に流れ込んでくる。次の瞬間、母さんと父さん、陽輔の顔が視界に現れた。

「優悟、大丈夫か? 胸は痛くないか?」

 やけに父さんが優しい言葉を掛けてくるのはなぜなんだろう。疑問に思っていると、俺の身体に幾つもの管が繋がっていることに気がついた。そういえば、胸に何かが付いている。ひやっとして気持ちが悪い。

「優悟、何してるんだ! また発作が出たら、取り返しがつかないことになるんだぞ!」

 外そうとすると、父さんに止められた。発作という言葉が頭の中でぐるぐると回る。

 ある事を思い出した。俺は発作を起こして今この状態にいるんだと認識する。

 辺りを見渡せば、見慣れた機械がある。

「優悟、大丈夫?」

 母さんの言葉に俺はふと我に返る。俺は泣きたい気持ちを必死で堪えた。

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