変化する日常(2)

 俺は数学が苦手だ。出来れば、克服したい。だが、数式を見れば逃げ出したくなる。この気持ちを分かってくれる人がいるだろうか。

「ここの公式間違ってるぞ。本当に優悟は数学が苦手なんだな」

「難し、すぎる」

 陽輔が数学出来るとは聞いてない。だが、頭がいいのは知っている。どんな教科でも成績が良いほど勉強が出来るし、運動能力もいい。

 そもそも俺は病気で学校に通えていない時期もあった。高校に入れもしない身体なんだ。

 勉強が出来なくて当たり前だ。と、自分に言い聞かせるように内心呟き、参考書とにらめっこする。幾らにらめっこしても理解出来ない俺は参考書を机に置いて窓の外を見た。

「病気で勉強が出来ないと思ってる? 病院に院内学級っていう良い環境があるじゃんか。病気のせいにしちゃいかんのよ」

 自分でも分かってる。分かってるが、陽輔の物言いが鼻につく。どうにかならないものか。

「休憩すっか。身体に負担させるのも良くないしな」

 その言葉を合図に不意に病室の扉が開いた。誰だろうと視線を移すと、彼女の姿が見えた。俺の視線に陽輔も気付く。

「遥!」

「勉強どう?」

「数学教えてたけどさ、やっぱり優悟は公式が苦手みたい」

 二人は俺の数学苦手に自分のことのように難しい顔をする。数学というものは悩むほどなくてはならないものだろうかと疑問を抱く。今まで数学が無くても普通に過ごしてきたからだ。

「優悟くんの得意な科目は?」

「は?」

 唐突の質問に俺は思わず声が出た。得意な科目を聞かれるとは思っていなかった。陽輔からならまだ話がわかる。遥さんからとは……。

「英語だろ。こいつ、昔さ、外国人が病院に来てた時、流暢に話してたのさ。単純に凄いと思った」

「英語を話せるが、いつの話だよ」

 実際、英語が話せるのは本当だ。外国人とも何度か話したことがある。ただ陽輔には話せるとは口にしていない。それが、なぜ知っているのか、いつどこで見られていたのか、理解できない。

 俺の言葉に陽輔は得意げな顔をする。早く教えろと表情で急かした。

「確か、中学二年の時だったな。部活帰りに見舞いに寄ったら、優悟が知らない外国人と英語で話していてさ、俺驚いたわ。言っておくけど、見たのは偶々だからな」

 正直、覚えていない。中学二年と言うが、俺は病気で学校に行けていない。

 ずっと病院に篭りっぱなしだ。外出許可をもらって外に出ると、必ずと言っていいほど発作が出る。そういう時期があったんだ。

 ただ、小さい頃は病院内で充とはしゃいでしまったことはあるが、それは一旦置いておこう。

 大きな病院なこともあり、この病院では外国人が来る機会が少なくない。だからなのか、興味が湧いて必死に勉強したのかもしれない。

「そうなんだ。英語教えてもらおうかな」

「は? 俺が教えるから!」

 必死になる陽輔に笑いを堪える。遥さんが黙り始めた。陽輔は何度も訴えるように声を出すが、遥さんは黙り続ける。

 その様子に俺は笑いを堪えれなくなり、ふっと笑い声が漏れた。二人は俺の笑いに赤面したり、怒ったりと反応する。

 わざとじゃないと説明しても分かってもらえない。余りにも陽輔の態度が子どもっぽく見えたんだ。

 いつの間にか、病室には笑い声が響き渡っていた。

 時折り、片隅の掛け時計の刻む音を耳に挟みながら。

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