再会(3)

 俺は病室の窓から空を眺めていた。あの時の充のように。

 ただ一つ、充と違うところがある。あの時の充と今の俺の状態だ。あの時の充は本当に苦しそうな状態だった。今の俺は苦しくはない。なぜなら、安静にしていることもあるが、発作は珍しくあれ以来起こっていない。良好に向かっていることにあった。

 陽輔や遥さんが見舞いに来ることはあっても、充とは会っていない。充、大丈夫だろうか。


 不意に病室の扉が開いた。入ってきたのは担当医の三ツ橋先生だ。俺は溜め息を一つ吐いた。

「私じゃ駄目かい? そんな残念そうにしないでくれ。ある人を連れてきたんだ。今、連れてくるよ」

 三ツ橋先生は苦笑いを浮かべると、背を向けて病室を出てしまう。連れてきた人物とは誰だろうと考えるもここに来る人物は陽輔か遥さん、それに母さんと父さんしかいない。他にいる人物は思い浮かばない。

「優悟、久しぶり。元気だった?」

 聞き覚えのある声が耳に届いた。我に返ると、思いもしない人物が視界に映る。

「充!」

 思わず声を上げて名前を呼ぶ。名前の通り、充が車椅子で現れたのだ。三ツ橋先生はその付き添いといったところだろう。

 充は嬉しそうに笑っている。あんなに苦しそうだった充が今は調子が良さそうな表情をしている。

 そんな充に俺は思い出す。もしかすると、移植をしたのかもしれない。そんな考えが過ぎった直後、思わぬ言葉を耳にする。

「優悟、僕、転院するんだ。だから、最後に、会おうと思って。小さい頃からの、付き合いでしょ」

 言葉を口にする充だが、決して笑っていない。俺にはとても転院する表情に見えなかった。

 つい最近、充の病室に訪れたら、苦しそうな充がいた。会いに来てくれるのは嬉しいが、まだ移植をしていないのなら無理はしてほしくない。

「そんな悲しい顔、しないで。別に死ぬわけ、じゃない」

 俺にとってはその言葉を信じられない。なぜなら……。

「充くん、十分経ったら病室に戻ろうか」

「十分? 足りないよ。これが、最後だと思うと、もっと時間が、欲しい」

 充から出る『最後』という言葉に俺は顔を歪めてしまう。

 三ツ橋先生の許可も有り、俺たちは他愛もない時間を過ごした。出会った時の話、制限された身体で鬼ごっこや走り回った話、三ツ橋先生たちに叱られた話など殆どが小さい頃の話ばかりだった。それもそうだ。

 充と俺は違うところがある。

 俺は父さんが厳しくて入院生活。充は入退院を何度も繰り返している。

 もう一つ、陽輔が見舞いに来てから、充と会うことがなくなった。

 充は入退院を繰り返していることもあり、仲がいい友人はいなかったはずだ。その代わり、学校に長く行ったことがあるから、同級生は多くいたんだろう。

 それなのに、俺は思った。もっと充と関わっていたら、と。久々にあった充は入院生活が長い俺より酷く見える。

 終始、充の話に耳を傾けている事が多い俺は相槌を打ちながら充の表情を窺った。

「十分経った。これ以上は身体に負担を」

「三ツ橋先生、分かったよ。優悟、病気に、負けないで。元気で」

 充の目から雫が滴り落ちるのを見た。充は泣いている。もしかしたら、これが本当の別れなのかもしれないとどこか感じた。

「充こそ元気でいてくれ」

 俺のたった一言を最後に充は三ツ橋先生に車椅子を押されて、病室を去っていった。


 数日後、充は転院することもなく、俺の前からいなくなってしまった。

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