わだかまり(1)

 独り、俺は広間にいた。病室から出ても大丈夫くらいに体調は良くなっていた。身体は良くても精神的にはきつかった。

 まるで何かがすっぽりと穴が空いたような気分だ。なぜなら、小さい頃からともに病気と闘っていた充が姿を消した。

 充は転院するはずだった。聞いた話によれば、それも出来ずに充は亡くなったらしい。無理もなかった。充の病室を訪れた時、充は苦しそうにしていたし、転院すると伝えに俺の病室まで来た時もなんだか表情がよくなかった気がする。

「優悟くん、大丈夫か?」

 不意に三ツ橋先生の声を耳にする。直後、なぜ広間に来たのかを思い出す。そうだ、落ち着きたくて三ツ橋先生に車椅子を押してもらって来たんだった。

 充のことがあってから、心がどこかやるせない気持ちだ。だからといってどうする事も出来ず、無力の自分を悔やんでいる。

 身体は良好に向かっているのに心は胸に穴が空いたような感覚に陥っていた。

「大丈夫かい?」

「充は、何を思っていたんだろうか」

 三ツ橋先生の問い掛けに誰にともなく言葉を漏らす。

 三ツ橋先生は答えることなく、辺りには無言の空気が流れる。きっと、充は生きたかったんじゃないだろうか。

 そんなことを考えていると、俺も近いうちに逝ってしまうんだろうかと死の恐怖の波が押し寄せてくる。

「あ、こんなところにいた。優悟!」

 不意に元気な声が耳に届く。振り向くと、陽輔が笑顔で俺たちに近づく姿が映る。そこに彼女の遥さんはいない。

「陽輔くん、ここは病院だ。もう少し声を小さく、」

「すみません。今度からは静かにするんで許してください」

 陽輔は三ツ橋先生の言葉を遮って謝っているが、内心では本当に反省しているのか分からない。そういうやつだ。

「ちょっと優悟と話したいことがあるんで、優悟借ります。あとは任せてください」

 突然、乗っている車椅子が動き出し、俺は驚きつつ離れていく三ツ橋先生を見る。三ツ橋先生は苦笑いし俺たちを見送るような視線を向けていた。陽輔に車椅子を押されながら俺は前を向きながら口にする。

「おい、急に動くなよ。話ってなんだよ」

「悪い、勝手に押して負担掛けちゃうよな。それは謝る」

 確かに勝手に動かしたら驚くし負担は掛かると思う。だが、そういう事ではない。陽輔の様子からなにやら深刻な話があるのではと黙ってしまう。

 いったい、何があったんだろうか。


 我に返ると、俺の病室に戻っていた。陽輔を見やる。陽輔は息を切らしている。それもそうだ。俺を乗せた車椅子を足早に押していたのだから。走ってないだけマシだろう。

「で、話って?」

 陽輔の様子を気にも留めず、話を切り出す。陽輔が顔を上げ、ちらっと俺を見る。深刻な話だということが伝わってくる。いや、陽輔の事だ。案外大したことないのかもしれない。

「遥ちゃんと別れた」

 たった一言だけたが、哀しげな顔つきに変わった。

 詳しく話を聞いてみると、ここに遥さんの知り合いが入院していたらしい。知り合いが亡くなって遥さんは元気をなくした。陽輔は元気付けようと笑顔にさせようとした。

 当然、こんな状況で笑えるはずもない。それなのに、陽輔は言葉を続け、知り合いのことなんて忘れたらいいと言った。

 遥さんは激怒した。命を軽々しく考えている人とは付き合えないと言われたらしい。陽輔は謝るが許してもらえるはずもない。だから、俺に相談しに来たわけだ。

「優悟、どうしたらいいと思う?」

 一度も彼女がいた事がない病気持ちの俺に相談してくるとは、正直どうしたらいいか分からない。

 陽輔は助言欲しさに待っている。俺は溜め息を一つ吐いた。

「俺、病気持ちで彼女いないし、相談されても困る」

「それは分かってる。でもさ、」

 だったら、なぜ俺に。

 俺も陽輔も無言になる。俺たちの間に重苦しい沈黙が流れた。

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