短い命(2)

『移植しか方法がない』その言葉だけが頭の隅にこびりつくように離れない。制限されている俺の身体に負担をかけないように自宅で静かに過ごすか、延命治療を続け入院生活を続けるか選択肢を与えられた。

 自分ではどうすればいいかは分からない。命を最後まで楽しく全うすべきなのか、移植を待つべきなのか。どれが正しいかはないと思うが、特別にこれが良いといった選択はない。

 告げられた時、咄嗟に両親に顔を向けた。二人は重苦しい顔をしていた。

「母さん、父さん、迷惑をかけてごめん」

 謝ることしか出来ない。母さんは泣いた。父さんは俺に近づき、手を振りあげた。その瞬間、俺は身を縮こませた。また叩かれる、そう思った。だが、何も起こらない。父さんを見上げると、父さんは静かに泣いていた。泣かせてしまったんだ。


 二人で話し合った結果、長い入院生活をしている事もあり、移植を受けるために入院生活を続けることにした。だが、それはいつまで続くか分からない。

 先に俺の命が尽きてしまうかもしれない。そのために体調管理をする。それでも、心臓に爆弾を抱える俺の身体は限界がある。移植を早く、と急かさずにはいられなかった。

「長く話してごめんね。優悟のためにと思ったのに、何もしてあげられなくて、」

「大丈夫だから謝らないで。俺のために色々考えてくれてありがとう」

 不意に耳に届いた母さんの言葉に俺は遮るように口にした。母さんがどれだけ俺のために色々考えてくれていたか十分すぎるくらいに分かっていた。心配も掛けていたことも。それは、父さんにも同じだ。感謝を伝えなくては。

「そういえば、父さんは仕事?」

 父さんがいないことにふと疑問が過ぎる。さっきまで話していたが、途中から母さんと話してしまっていた。

 病院より仕事の時間が長い父さんの行動は分かっている。それでも母さんに問い掛けたのはさっきの父さんはいつもと違っていたからだ。

 母さんは俺の言葉にハッと我に返ったように顔を俺に向けた。

「先生と話してるんじゃないかな。その後、仕事に行っちゃうと思うけどね」

 母さんの言葉に耳を疑った。あんなに厳しかった父さんが急に態度を変えて行動するとは驚きを隠せない。本当は見えなかった一面なのかもしれない。仕事に忙しい姿しか見ていなかったから。

「何か話したいことがあるなら伝えとくわ」

「父さん忙しいと思うし、俺から伝えたいからまた来た時に伝える」

「そう、分かったわ」

 母さんには申し訳ないと思いつつも自分で伝えたい気持ちが強かったため、意志を伝えた。母さんは残念そうにしながらも分かってくれた。

「そういえば、そろそろ着替えが必要よね。一旦帰って持ってくるわ。何か必要なものはある?」

 突然、何かを思い出したように椅子から立ち上がった母さん。俺は何もないと答えた後、いつもありがとうと伝えた。母さんは気にしないで、いつもの事だから大丈夫と目を細めて笑った。


 母さんが病室を後にすると、一人になった。さっきまで話で大人が集まっていた病室が今はしんと静まり返っている。

 ふと、ある人物のことを思い出す。最近、元気にしているだろうか。そんな事を思っていると、気になり出してきた。今日は調子がいいし、少しだけ病室を出ても問題ないだろう。

 点滴がぶら下がっている点滴台を引いて、病室の扉を開け顔だけ出して廊下をちらっと見渡した。運良く辺りには誰もいないのを確認し、俺は病室を出る。

 ある一室を目指し、俺は歩き出した。

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