短い命(1)

 最初は病院内だけで過ごすことが許されていた。発作が出たせいで病室内だけになってしまった。それを耳にした後、憂鬱な気分になった。だから、こっそりと病室を抜け出した。

 看護師や医師の目を盗み、ある一室の前に着いた。そこである言葉を耳にした。本当は耳にするつもりなんてなかったんだ。


『優悟はやっぱり移植手術しかないんでしょうか? 他に治療法に、』

『以前にもお伝えした通り、治療法はありません。ですが、十七歳まで生きています。優悟くんの場合、十八まで耐えれるか。ドナーが現れるのを待ちましょう』

『でも、優悟の心臓は、』

 そこまで耳にした俺はその先を聞かず、病室に戻ることにした。戻る途中、俺は言葉を思い返した。

『優悟くんの場合、十八まで、』

 衝撃を受けた。俺は十八までの命らしい。

 一瞬、嘘かと思った。なぜなら、十七の俺がここにいるからだ。発作が起きても、眠くなって目を瞑っても、目が覚めたら、生きている。あと一年とは、信じられない。


 俺はどうすればいいのか分からなくなった。移植手術しかない俺はドナーを待つしかない。それも必ず受けられるわけではない。待つ間に死ぬかもしれない。

 そんな恐怖を考えていると、急に胸が痛くなった。次第に息も苦しくなってくる。突然、激しい痛みが襲ってきた。俺は咄嗟に胸を抑え、その場に倒れ込んだ。

 気が付いた時には既にベッドの上だった。母さんと父さん、それに三ツ橋先生が俺の目覚めを待っていたように病室にいた。俺が目を覚まし身体を起こすと、三人が気付いた。最初に寄ってきたのは父さんだった。

 俺は父さんから視線を外そうとした。その直後、何かが弾かれたような音とともに俺の頬に痛みが走った。咄嗟に頬を触る。

「無理をするなっていつも言ってるだろ! お前の身体は一つしかないんだ!」

 父さんの怒鳴り声が俺の身体を貫くように響き渡る。

 父さんに怒鳴られる事は分かっていた。今までも何回怒鳴られたか数えたことがないが、少なくはない。

「一回でいいから外に出て空気を吸いたかったんだ」

 嘘をついた。咄嗟に思い付いた言い訳を言葉にして、その場をやり過ごそうとした。嘘をつくつもりはなかったせいか、胸が少しばかり痛んだ。

「倒れたと耳にして、どれだけ、心配した、か」

 不意に父さんに顔を向けた。父さんの目が潤んでいたことに気付く。そうか、俺を怒鳴りつけても心配していたんだ。もしかしたら、いや、本当は俺が生まれた時からずっと心配していたかもしれない。そう思うと、俺は自分の身体のことがどれだけ分かっていないのか、反省した。

「父さん、母さんごめんなさい。これからは自分の体を大切にする」

 二人に向かって素直に謝ると、二人は安心したような顔を見せる。一瞬、母さんが辛そうな目をしていたのはあの時、三ツ橋先生と話したことを思い出したんだろうと思い、俺も釣られて辛くなった。


「お話よろしいですか? 今後の優悟くんの事で。優悟くんも聞いてくれるかな?」

 俺の表情を察したのか、三ツ橋先生が優しい声音で俺たちに問い掛ける。俺は目を見開くように驚いた後、三ツ橋先生をじっと見た。

 今後、俺はどうなってしまうんだろうか。知っているのに知らないふりをしたのにはおそらく逃げたかったんだ。

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