出会い(2)

 病室から見える外は雲一つない澄み渡った青空をしている。なんであんなに綺麗な空をしているんだろうとふと思った。

 外に出たいな。いっそ、見つからないように外に出てみようか。そんな事を考えていると、病室に陽輔が現れた。振り向くと、陽輔は白い歯を見せ、にっと笑っていた。

「調子はどう?」

 お決まりの台詞のように俺に問い掛ける。調子は良いと言えば良い、悪いと言えば悪い。そういうものだと長い間、入院生活していて思うようになった。

「え、もしかして悪い? 看護師呼ぶ?」

「は? 今日は良い方だから」

「冗談、冗談。ははは」

 陽輔が言葉に出すと、冗談に聞こえないと口に出したいが、わざと言葉に出さなかった。本気で看護師を呼びそうな奴だ。

 冗談を言うなと口にすれば、心配して呼びかねない。

「それより、まだ退院出来ない感じ? ほら、あの時から入院してるじゃん。一緒に中学行きたかったって思ってたのに、もう高校生になっちゃったじゃん。高二だよ。高二! やっぱり、あの時サッカーに誘ったことに責任を感じるんだけどさ」

「俺だって退院したいんだ。あれは俺が約束を守らなかっただけで、」

 悪くないと言葉を続けようとした時、扉をこんこんと叩く音を耳にする。はい、と応えようとする前に陽輔が勝手に扉を開けた。

「あ、おばさん。こんちゃーす!」

「陽輔くん、来てたのね。こんにちは」

 母さんが中に入ってくると、陽輔と母さんは挨拶を交わした。不意に陽輔が携帯を取り出す。その様子を見ていた俺は溜め息を吐いた。

「彼女かよ」

「あったりー。って事で今日は帰るわ。じゃあな」

 俺の言葉に否定もせず、陽輔は出ていってしまった。その背中を見ていた俺は再び小さく溜め息を吐いた。

 ここにくるより、彼女を優先してやれよと心の中で呟いた。


 **


 とある日。朝から雨が降っていて、気分まで沈ませる。なんだか、調子も悪い気がする。この感じは……。

「失礼! 優悟!」

 不意に病室の扉が勢いよく開いた。同時に陽輔の大きな声が辺りに響き渡るように耳に届く。大きな音、大きな声は普通なら注意されるはずだが、病院内の角の個室のためか、注意はされなかった。

 運が良かったなと言ってやりたい。そう思っていると、見慣れない女子が陽輔の後ろに立っていることに気が付いた。

「陽輔くん、病院内は静かにしなきゃ駄目だよ。例え、友達のお見舞いに来るとしてもね」

 彼女は俺の代わりに陽輔に注意する。だが、陽輔は軽く返事をし、俺に向き直った。

「優悟、元気?」

 大きな声を出したことを反省していないように切り替わる陽輔に彼女は唖然としていた。俺はいつもの事で陽輔を見慣れているせいか、何も変わらない。ただ、身体の調子を除いて。


「え、何? もしかして、胸が痛い? 看護師を呼ぼうか?」

 既にナースコール押してるじゃないか、と内心呟いた。時既に遅し。いや、まだ間に合う。

 陽輔はナースコール越しに看護師と話している。俺はナースコールを力ずくで奪い取り、悪戯ですと正直に言葉にし看護師に謝った。当然、注意された。

「おい、何してんだよ! 俺は、大丈夫、なんだ!」

「どこがだよ! どっからどう見ても調子悪そうじゃん。胸抑えて苦しそうにしてるじゃん。な?」

「うん、無理してるように見える」

 陽輔が連れてきた彼女まで俺が無理してるように見えるらしいが、違う。だから、俺は気分が悪くなった。いや、これは本当に……。

「無理すんなっていつも、っておい」

 その後の記憶はなかった。陽輔の言う通り、俺は無意識のうちに胸を抑えていたようだ。痛みを忘れるほどのことがあったのかと思い返すも何が忘れていたのかさえ思い出せない。


 薬と安静にしていたおかげで、激しい痛みも徐々に薄らいでいった。目の前に担当医の三ツ橋先生、母さん、陽輔、それと遥さん。どうやら、陽輔の彼女らしい。

 揃いに揃っているが、発作ごときで大袈裟な気もする。それだけ心配を掛けたということだろう。父さんは仕事で来れないらしい。いなくて良かったと思う。もしこの場にいたら、俺は怒鳴られるだけだ。

「優悟くん。今後、病室からあまり出ないように。君のためだ」

 病院内ではなく、病室からも出れなくなった。陽輔は声を出して笑っている。何が面白いんだよ、と言うように強く一睨みしてやった。

「病室まで出れなくなっちゃったな! 毎日、お見舞いに来てあげるよん」

 陽輔はウインクしながら言葉を口にした。正直、気持ち悪い。

 小学生だった時はこんなやつじゃなかった。いつからこんな性格になったのか。長い付き合いの俺でも知らない。気付いたら、お調子者になっていた。元気で明るく、誰に対しても優しい性格なのは昔も今も変わらない。


「来なくていい。それよりも遥さんに構ってやれよ。遥さんも構ってほしいでしょ」

 何も話さない遥さんの表情を窺いながら、拒否する。遥さんはハッと表情を変えたのが分かった。

「私は大丈夫だよ。病気の優悟くんのほうが、」

「あー、そうだ! 俺、もう行かなくちゃ。遥、行こう」

 思い付いたように大きな声で口にする陽輔だが、分かりやすい棒読みになっている。遥さんの手を取って連れ去るように病室を出ていった。

 一度振り返り、俺をきつく睨みつける。様子が冗談じゃなく、本当に殺気だっているようだった。今までに見たことがない。

 おそらく、遥さんに気安く話しかけるなと言いたいんだろう。ならば、連れて来なければいいのにな。


 いつの間にか、三ツ橋先生と母さんは病室を出ていってしまっていた。今は一人ということになる。俺は、今だと思って病室から抜け出そうと考えた。

 点滴以外の管を取る。いけないことだと分かるも病室まで出れなくなると知ってから、いてもたっていられなくなった。小さかったあの時のように。


 俺は看護師、医者の視線を回避しながら、ある一室の前に着いた。そこには母さんと三ツ橋先生がいた。

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