第24話 深夜談話

 レオナールは俺の部屋に入ってくると、額に浮いていた汗を軽くぬぐった。よほど急いで走ってきたらしい。


「夜分に済まないな」

「いえ、すんません……起こしちゃったみたいで」


 軽く息を整えながら扉を閉めるレオナールに、俺はもう一度頭を下げた。彼だって報告書を作ったりとで、遅くまで起きていたはずだ。明日からの仕事に差し障りがあってはよくないはずなのに、こうして駆けつけてくれたことに申し訳なく思う。

 俺の言葉に、レオナールはゆったりと首を振った。


「気にしなくていい。メンバーの体調管理もリーダーの仕事だからな。入所したばかりの新人ならなおのことだ」


 そう言いつつ俺に微笑みかけながら、レオナールはテーブルに備わった椅子に視線を向けた。そこに座れ、ということらしい。

 椅子を引いて腰を下ろすと、部屋の明るさを調節してからレオナールは俺が先程まで寝ていたベッドにゆっくりと座った。手を組みながら、俺を見つめて口を開く。


「それで……どうした。悪い夢でも見たのか?」

「まあ……その……そうっすね」


 問いかけられて、頭をかきつつ俺は返した。大声まで上げてしまった以上、嘘をつく理由はない。

 俺の返答に、小さくため息をつきながらレオナールは視線を落とした。


「そうか……仕方がない、この二日間、君にとっていろいろなことがありすぎた」

「ん、そうっすね……ただ、何と言うか、こう」


 レオナールの言葉に、視線を逸らしながら俺は言いよどんだ。

 確かにこの二日間、あまりにもいろんなことがあった。まだ二日しか経っていないということが信じられないくらいに、いろんなことが。ただ、今回の夢はどちらかというと、地球時代のトラウマ・・・・が起因している、気がする。

 どう説明したらいいのか悩んで、言葉を濁す俺に、レオナールは優しく微笑みかける。


「いや、いい。話しにくいことなら無理に話そうとしなくてもいい……そうだな」


 そう話すと、言葉を切ってレオナールは天井を見上げた。少しの間思考を巡らせた様子で、あちこちに視線を向けたレオナールが、おもむろに立ち上がる。


「マコト、少々時間を取れるか。少し話そう」

「え、いいんっすか、時間こんなっすけど」


 立ち上がったレオナールの言葉に俺は目を見開いた。もう一度言うが、夜中の2時である。研究所の建物だってとっくに消灯しているはずだ。

 するとレオナールは、俺を手招きしながらまた微笑む。


「君の快眠のためだ。その位の時間を惜しんでいては、パーティーのリーダーは務まらない」


 こう言われたらついていかない訳にはいかない。俺も服装と靴を整え、部屋の外に出る支度をした。一応スマートフォンも持っていく。

 部屋を出て、ぽつぽつと明かりの灯った廊下をレオナールと一緒に歩いていく。上級部員用の寮がある方向に歩いて行くからレオナールの自室に向かうのかと思いきや、彼はT字になった曲がり角で上級部員用の寮とは逆方向に歩き出した。

 そのまま少し歩いて、突き当たりにある扉を開ける。そこは夜中だというのに、廊下よりもだいぶ明るく、広い部屋だった。


「ここは……」

「研究所の談話室だ。所員ならいつでも利用できる」


 部屋にいくつも並べられた丸テーブルの一つに向かい、テーブル中央の倒されたプレートを立てながらレオナールが微笑む。

 なるほど、こうした部屋が休憩用だったり、ミーティング用だったりで用意されているわけだ。どうやらあのプレートが立っていると、使用中の席であるということらしい。

 そのまま俺を伴って、レオナールは部屋の壁際にあるテーブルに向かった。長テーブルの上にはいくつもの陶器製のカップと、ポットのようなものが置かれている。

 カップを取って、ポットから何かを注ぐレオナール。湯気が立って、茶色い色合いをしているそれを、彼は俺に手渡してきた。


「はい、どうぞ」

「これは……お茶、っすか?」


 カップから立ち上る湯気や香りに、顔を近づけながら俺は問いかけた。どこかで嗅いだことのあるような、ほんのり甘くて優しい香り。陶器製のカップを通してじんわり伝わる温かさが心地良い。

 同じようにカップにそれを注ぎながら、レオナールがうなずいた。


「大麦茶だ。前の飲み会でウラリーが飲んでいただろう、それを温めたものになる」

「へー……保温ポットとか、あるんっすね」


 こんな夜遅くで、利用者もいない状況なのに、この大麦茶はちゃんと温かい。ということは保温されているというわけで、そういう事も考えるとちゃんと技術があるわけだ。

 イーウィーヤの、というよりガリ王国の技術の高さ、恐るべし。感心する俺にレオナールがにっこり笑った。


「これも魔法の賜物、というやつさ。温度を一定に保つことが目的だから、術式も簡素で済む。さぁ、座ろう」


 そう言うと彼は、先程プレートを立てた丸テーブルに向かっていった。カップを置いて、椅子を引いて、二人して腰を下ろす。そうしてカップを両手で包みながら、レオナールは心配そうな眼差しを俺に向けてきた。


「それで……大丈夫か? 話せるようなら話してもらいたいが、先にも言った通り無理にとは言わない」

「や、その……話せないわけじゃないっすし、シルヴィとエタンにもいくらか話したんっすけど……なんて言えばいいっすかね」


 レオナールの問いかけに、俺はもう一度視線を逸らす。話せないわけではないし、なんなら既に他の仲間にも話したことだが、何度でも言うが話すにあたって、どう話したらいいのか分からない。

 地球での暮らしぶりのこと。俺の扱われ方のこと。投げかけられてきた言葉のこと。それを、異世界人である彼に、どう伝えれば伝わるのか。その答えをすんなり出せるほど、俺は賢くない。

 するとレオナールは、カップに口をつけて大麦茶を一口飲んでから、微笑みながら声をかけてきた。


「いいんだ。君のことを、私たちは君と出逢ってから二日間のことしか知らない。それ以前の君のことは、君が話せないなら無理に聞き出そうとはしない」


 その言葉に、わずかに俺の目が開かれる。

 こんな、思いやる言葉をかけてもらったことは、地球で暮らしていた時にあっただろうか。

 彼の優しさに、思いやりに、じんわり胸の奥が温かくなる。どうやら、何を話しても受け入れてもらえそうだ。

 小さく息を吐きながら、俺は口を開く。


「あざまっす……じゃあその、結構重い話になるんっすけど、いいっすかね」


 礼を言いながら、俺もカップに口をつける。温められた大麦茶は香ばしく、かすかに甘く、俺ののどをじんわり温めながら、ゆっくり胃に落ち込んでいった。

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