第17話 死霊退治

「オォォ……!!」

「オオ――!!」


 相手は高レベルの死霊と言いつつ、冒険者たちは互角以上に戦いを繰り広げていた。

 ウラリーたち治癒士が回復と魔力付与、能力の底上げを行い、魔法を受けた前衛が武器を振るって敵を傷つけ、足が止まったところにレオナールとエマが魔法を撃ち込む。マルスランの弓も、光魔法の付与を施された上で敵の足止めとして大活躍していた。

 今もまた、剣を振りかぶったアントナンが大声を上げた。


「ウラリー! 援護しろ!」

「任せて!」


 声が飛ぶ先はウラリーだ。既に光魔法の付与はされているが、パワーアップのためにもう一発。杖を振りながらウラリーが詠唱を発する。


「フェオ・レリオ・シュエン・カイ! 悪霊あくりょうよ、邪神じゃしんよ、しろがねの刃によりて去れ! なんじが刃は見えざるものを断つ! 神聖剣ホーリーソード!」


 ウラリーの杖から放たれた魔法が光となって、前衛陣の手に持つ武器に降り注いだ。既に淡く光り輝いていた彼らの剣やナイフが、ますます強い光を発する。

 この世界の魔法付与は、かければかけるほど効果が増していくとのことだ。その分魔法をかけている治癒士の魔力への負担は大きいが、さすがはウラリー、その辺りはどうにでもなるらしい。


「よし、これでもっと攻撃が通るはずよ!」

「シルヴェストル、合わせろ!」

「オッケー、任せて!」


 ウラリーのほっと息を吐きながらの言葉に、死霊に突っ込んでいきながらアントナンが声を上げた。シルヴィはそれを追いかけるようにして、両手のナイフを構える。

 狙いをつけるのは最前列にいる死霊の一体だ。それに向かって刃を振り下ろす。


「はぁっ!」

「おらっ!」


 まずはシルヴィのナイフが一閃、そのすぐ後にアントナンの剣がもう一閃。十字を描くように刻まれた傷跡が光を放つと、死霊はもだえ苦しむ様子を見せた。しかし、まだ死んでいない。


「オ――!」

「オォォ……」


 振り抜いた攻撃は隣にいた死霊にも及んでいたらしい。苦しそうな声を上げる死霊を見て、アントナンがぎりと奥歯を噛んだ。


「くっ、一撃じゃ無理か!」

「レオナール、エマ! 魔法!」


 シルヴィがすぐさま振り返ってレオナールとエマに声を上げる。こういう時は多少時間がかかっても、魔法で仕留めた方がいい。既に詠唱を準備していたレオナールとエマが、ほぼノータイムで唱え始める。


「アル・バルス・ディルマンス! くらやみよ、神の光によって引き裂かれよ! 光り輝く道をここに作る! 聖光砲ホーリーキャノン!」

「ユス・マス・エンジャンフォイメ! しき闇を貫く正義の光よ、今ここに顕現けんげんせよ! 光弾ライトバレット!」


 魔法の名前が唱えられるや、二人の持つ魔導書からそれぞれ極太の光線と、輝く光の球が飛び出した。放たれた魔法が一直線に飛んで行って、先程攻撃を受けた死霊たちをうがつ。

 先程と違い、苦手とする魔力を直に叩きつけられた格好だ。死霊の声が轟音の中に消えていく。


「オ――ッ!!」


 いや、それだけではない。その死霊の後ろに立っていた他の死霊も、少なくないダメージを受けていた。やはりビーム系の魔法とあって、貫通能力があるらしい。

 一気に何体もの死霊を倒せたことに、アントナンが快哉を上げる。


「よし、いいぞ!」

「さすがの威力だが連発は出来ないぞ、総員かかれ!」


 次いで声を上げるのはマルスランだ。今も矢を死霊の足元に射かけながら、前衛陣が動きやすいように牽制を入れる。

 それにしても、さすがの威力と言うほかない。あんな強い死霊を、まとめて消し飛ばしてしまうなんて。


「すっげ……」

「今のが聖光砲ホーリーキャノン。神の光を放って霊体や精霊を攻撃する魔法だ。闇の存在に特に効果が高い。消費魔力が多いのが難点だがね」


 俺の漏らした言葉にレオナールが小さく微笑む。曰く、聖光砲ホーリーキャノンは古代魔法の中でも上級魔法でレオナールの切り札だそうだ。保持魔力の6割くらいは持っていかれてしまうが、大抵の魔物を一発で消し飛ばせるらしい。

 引き続き光弾ライトバレットを放って死霊を攻撃するエマにいったん任せ、レオナールが俺に話を続ける。


「あの死霊はかなりの高レベルだ。ウラリーの神聖剣ホーリーソードもかなりのレベルだが、あれらを一撃で倒すには足りない。他の古代魔法も、死霊相手だと効力が薄い……」

「あー……実体がない、からっすか」


 額の汗をぬぐったレオナールの言葉に、俺は小さく息を吐いた。

 相手は死霊だ。つまるところ霊体だ。ということは、物理的な攻撃は通用しない。肉体がないから氷系や風系の魔法も効果が薄い。

 魔力回復までの時間がもどかしいのか、力なくレオナールが首を振る。


「その通り。エマが使用した、同じ光魔法の光弾ライトバレットでもいいんだが――」


 そう言いながらレオナールが自分の「魔導書グリモワール」に手を置いた。その指先を見ていた俺は、その瞬間にあることに気が付く。


「あっ」


 それはレオナールの「魔導書グリモワール」の1ページ、聖光砲ホーリーキャノンが書かれたページだ。当然、このページには魔法の紋様が記されている。

 今なら行ける。俺はすぐさまスマートフォンを構えてカメラを起動させた。


「レオナールさん、それ、失礼します!」

「あっ、マコト!?」


 事後承諾みたいな形になるがしょうがない。俺はレオナールの「魔導書グリモワール」の紋様にカメラを向けた。果たして、その魔法が俺の「魔導書グリモワール」に登録される。


 ―― 魔法『聖光砲ホーリーキャノン』を取得しました。発動するには画面をタップしてください ――


「よし」


 満足した様子で俺がうなずくと、目を見開いていたレオナールが息を吐き出した。


「そうか……君の機械なら『聖光砲ホーリーキャノン』も扱える、と」

「これで純粋に撃てる人数が増えたっす。攻撃力もアップっす、よね」


 俺がそう話して笑う間にも、戦闘は続いている。今も一体の死霊が、大剣での攻撃を外したエタンに襲い掛かろうとしていた。


「オ――!!」

「くそっ」

「あっ、エタン!!」


 剣を振り抜いた直後のエタンは体勢が整っていない、回避は間に合わなさそうだ。

 レオナールが声を上げる中、俺はスマートフォンの画面をタップする。


「いけっ!」


 目標はもちろん、エタンの前にいる死霊。果たして俺のスマートフォンから飛び出した光の帯は、死霊の身体を貫いて大きな穴をうがった。


「オ――!?」

「むっ!?」


 驚くような声を上げつつ霧散していく死霊と、その目の前でようやく体勢を立て直したエタンだ。振り返って目を見開いたエタンが声を上げる。


「マコト!」

聖光砲ホーリーキャノン使ったの!? やるぅ!!」


 シルヴィも嬉しそうな声を上げて飛び跳ねた。よかった、何とか窮地を救うことが出来た。

 しかしまだまだ戦闘中。のんびりとはしていられない。さっさと手を動かしながら、俺は二人に呼び掛けた。


「俺のことはいいっすから、二人とも、前!」

「そうだな!」

「だね!」


 俺の声に、二人ともすぐさま振り返って戦闘を再開する。折よくこちらに向かってきていた死霊の身体が、真一文字に切り裂かれた。

 徐々に死霊の数も減ってきている。俺はもう一度、手近な死霊へとスマートフォンの先端を向けた。


「よし、もういっちょ!」


 そして画面をタップすれば、またまた飛び出していく光線。やはりこういう時、リソース無限で魔法を使えるというのは有り難い。強力な魔法だって何のそのだ。


「オォ……!!」


 また二体ほど死霊が消し飛ばされていく。その様を見て、声を上げたのはアントナンだった。


「なんだ……あれは」

聖光砲ホーリーキャノンを、無詠唱で、連発するなんて……」


 ノエラも驚きに目を見張りながら、俺が魔法を放つ様を見ていた。当然と言えば当然だ、レオナールでさえ連発の難しい聖光砲ホーリーキャノンを、あんなにも軽々と扱って見せている。

 みんなが驚くのを見ながら、レオナールがくすりと笑った。


「ふふっ」


 彼の隣ではウラリーも笑みを浮かべている。そのまま彼女は、詠唱を発しながら杖を振るった。


「フェオ・レリオ・シュエン・カイ! 苦しみよ傷よ、神の名の元に消え去れ! 治癒ヒーリング!」


 治癒ヒーリングの魔法だ。傷を負っていた冒険者たちが、みるみるうちに回復していく。すっかり身体が元通りになった彼らに、ウラリーが微笑みながら声を飛ばした。


「さあみんな、まだ戦闘は終わっていないわよ! マコトの魔法に見惚れている間があったら働いて!」

「あ、ああ!」


 そう言われて、冒険者たちも奮起する。もう死霊の数は残りわずかだ。再び俺が聖光砲ホーリーキャノンを放ち、二体の死霊を倒すと同時に、アントナンとエタンの剣が最後の一体の身体を一気に切り裂いた。


「オ……ォ……」


 三分割された死霊が、か細い声を上げながら煙のように消え去っていく。

 呼吸を整えたエタンが、ゆっくりと大剣を持ち上げながら振り返って言う。


「これで……最後か?」

「恐らくは……全員無事か?」


 声をかけられたマルスランも、周囲に視線を巡らせながら弓を背に負う。ここで死んだ人はいないようだし、重篤な怪我を負わされた人もいないようだ。体力は、先程ウラリーが回復させている。


「うん、大丈夫」

「怪我人も死亡者もいないわ」


 エマとウラリーが微笑みながら返事をすると、ようやく冒険者たちもほっと息を吐き出した。そのまま俺の方に向かってきて、俺の頭をなでながら言う。


「やるなぁ、マコトとやら。下級部員と聞くが、恐ろしい魔法の腕だ」

「あ、いや、その」


 アントナンにわしゃわしゃと頭をなでられ褒められて、困惑しながらも俺は視線をさまよわせる。

 正直、俺の力というよりは俺のスマートフォンの力、と言った方が適切なわけで。こういう時、褒められた言葉を素直に受け取っていいものか、自信がない。


「……どうしますかね」

「まぁ、いいだろう。君の力であることに違いはない」


 助けを求めるようにレオナールに視線を向けると、彼は苦笑しつつ肩をすくめて言葉を返してきた。これは、助けてくれそうにはない。

 と、その時。部屋の中央、安置されていた棺の蓋が、がたんと動いたように見えた。


「ん?」

「えっ」


 振り返って棺の方を見る冒険者たち。見間違いではない、やはり蓋が動いている。

 蓋の揺れはますます大きくなっていた。どころか、棺自体がガタガタと動いている。これは尋常ではない。

 冒険者たちが警戒する中、棺の蓋がガタンと音を立てて外れた。


「オォォ……!!」


 その中から立ち上がってきたのは、枯れ枝のような色をした腕と骨ばった胴体、そして大きくらんらんと輝く濁った瞳。どう考えても、ミイラとかそういうのの類だ。


「なんだ、あいつは!?」

「まさか――!」


 冒険者たちが一斉に武器を構えた。魔物のステータスなどを確認できない俺でさえよく分かる。あの動き出した屍は、強すぎてマジでやばい。

 即座に展開しながら、再び始まる戦闘。ウラリーの魔力付与はまだ残っているが、彼女の魔力量も心配だ。なるべく早くに片を付けたい。


「総員、構えろ!!」


 マルスランが声を上げながら弓を引く。飛び出した光を帯びた矢は、屍の右肩に深々と突き刺さった。

 こうして、予期しない形でもう一戦、俺たちは魔物と交えることになったのだった。

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