第16話 深淵魔法

 ブーシャルドン遺跡の地下部は、どうやら四角錐を逆さにしたような形状をしているらしく、第二層は第一層よりも狭かった。とはいえ第一層とは違って古代魔法の紋様によるトラップがいたるところに設置されているから、探索はスムーズにはいかない。

 なので俺たちはそれぞれのパーティーに分かれながら、第二層の探索を行っていた。魔法の紋様を破壊する方法は既に分かっているから、「深緑の手マンヴェール」や「銀の刃アルジャンラム」が単独で行動しても問題はない。

 というわけで俺たち「砂地の輝石ビジューサブレ」は、さらに下層、第三層へ続く階段を発見し、その前に立っていた。


「ここが第三層への入り口だな……」

「また結界が張られているね」


 レオナールが神妙な面持ちをしながら言うと、シルヴィも肩を落としつつ声を上げた。

 そう、ここにも結界が張られていたのだ。ご丁寧に二重に張られている。第一層では床にでかでかと刻まれていたが、第二層でもそうとは限らない。これについては、「銀の刃アルジャンラム」に探索を任せていた。

 遺跡内のマップを作りに行っていた「深緑の手マンヴェール」がこちらにやってきてからしばらくして。「銀の刃アルジャンラム」が俺たちのいるところに姿を見せた。リーダーの弓士、狼っぽい獣人のマルスラン・ジョス・リュミエールがレオナールの方に顔を向けて声を上げる。


「レオナール、紋様を見つけたぞ」

「ありがとう。魔力供給用のタンクはどうだ?」


 レオナールが問い返すと、同じく「銀の刃アルジャンラム」、斥候の人間、ノエラ・エモニエが親指を後方に向けながら言った。


「それも見つけたわ。柱の中に巧妙に偽装されていたけれど、もう露出させてある」

「さすが、『銀の刃アルジャンラム』。物探しに関しては一番だね」


 ノエラの発言にシルヴィが快哉を上げた。遺跡庁の冒険者パーティーの中で「銀の刃アルジャンラム」は最も探索に長けた集団だそうだ。今回の仕事に抜擢されたのも、遺跡内に存在するであろう埋葬品やら壁画やら魔法の紋様やらを、隠された部屋も含めて探すことを見込まれて、とのことだ。

 ともあれ、これであとは第一層の時と同様、魔力を供給するタンクを壊すだけだ。エタンが大剣に手をかけながら言う。


「どうする? また破壊が必要なら俺が向かうが」

「いや、エタンじゃなくても壊すことは出来そうだ。俺たちでやってこよう。アントナン、手伝いを頼めるか」

「いいぞ、任せろ」


 エタンの言葉に声を上げたのは「銀の刃アルジャンラム」の戦士、輝石人ビジリアンのトゥーサン・マルシェだった。トゥーサンが「深緑の手マンヴェール」の人間戦士、アントナン・デュラフォアへ声をかけると、アントナンもすぐにうなずく。

 確かにあのタンクは、何か魔法がかかっているとか強固な素材でできているとか、そういうわけではない。戦士の力なら、問題なく壊せるのは実証済みだ。

 エタンが剣の柄から手を離しつつ、二人に言う。


「じゃあ、すまないが頼む」

「ああ」


 エタンの言葉に、二人はすぐさま踵を返して歩き出した。場所はトゥーサンが把握しているから、案内は問題ないだろう。

 あとは結界が解除されるまで待ちだ。さっきの時のように結界で封じられていた魔物がうぞうぞ上がってくる可能性はあるから、俺たちで備えておかないとならない。

 静かに階段を見つめる中、ノエラが俺に声をかけてきた。


「それにしても、マコト・サイキと言ったかしら。随分高機能な魔法板マジックボードを持っているのね」

「ほんとほんと。魔法の発動代行に無詠唱、魔力供給無限な上に古代魔法解析機能付き、おまけに解析した魔法を内蔵する『魔導書グリモワール』に自動記録。すごいよね」


 彼女と一緒になって俺に声をかけてきたのは、「深緑の手マンヴェール」の魔法使い、猫獣人のエマ・ジャニーヌ・ラプラスだった。シルヴィやマルスランと違って完全に獣の顔をして、全身もっふもふなエマが無邪気にそう言うのを見ていると、なんだか実家の猫を思い出してほっこりする。


「あ、その、あざまっす」


 礼を述べつつ俺が頭を下げると、俺の肩に手を置きながらレオナールが口を開いた。


「まあ、マコトのそれは特別仕様だからな。同等のものを作ろうとしても、まず無理だろう」

「異世界の技術ですからね、我々にはとてもではないですが、再現は難しいでしょう」


 レオナールの言葉に同意しながら、ウラリーもゆるゆると頭を振る。

 そう言われると何となく複雑な気分だ。確かに俺のスマートフォンは地球産だし、地球での技術をそのままこっちでも使っているわけだが、俺のスマートフォンの機能については、俺のスキルが多分に関わっているわけで。

 とはいえこっちの世界の魔法板マジックボードの魔法カメラは、解像度も低ければ彩度も良くない、地球のカメラの性能とは天と地ほどの差があるものだ。ウラリーも古代魔法の紋様を紙に写し取るのに魔法カメラを使っているが、紋様の形状をコピーするのが限界らしい。

 どの道、俺になんでこんなことが出来るのか、というか俺になんでこんなスキルが備わったのか、その辺はさっぱり分からない。


「いや、その……俺もなんでこんなことが出来るのか、さっぱりなんで……」

「気にしなくていいよ、異世界からの人って大概そんなもんだもん」


 俺の言葉にエマが後頭部に両手をやりながら返事をすると、シュン、と音を立てて結界の一枚が解除された。そこから1分ほどして、もう一枚の結界も解除される。

 つまり、結界魔法への魔力供給はなくなったわけだ。これで第三層に入っていける。


「おっ」

「結界が解除されたな。トゥーサンとアントナン、やってくれたようだ」


 最初に声を上げたのはマルスランだった。レオナールもうなずきながら、うっすらと笑みを見せる。シルヴィとノエラが光源設置のスキルを使いながら下を覗き込むが、魔物の姿はなさそうだ。


「魔物が上がってくる様子は……なさそうかな」

「先程探索している際に、魔物生成魔法の紋様を発見したわ。恐らく、あれだけ魔物がひしめき合っていたのはそのせいでしょうね」


 シルヴィの言葉にノエラがうなずいた。なるほど、魔物を生成する魔法なんてものも存在するのか。そんな魔法が仕掛けられていたのなら、あれだけ大量の魔物があふれ出てきたのも納得がいく。

 果たして、トゥーサンとアントナンが戻ってくるのを待ってから、マルスランが俺たちに振り返って口を開く。


「みんな、いいか? この先はまさしく前人未踏、何があるか予想もつかない領域だ。俺たちの全く知らない魔法が存在している可能性もある。くれぐれも気を抜かないようにしてくれ」

「ああ」

「もちろんよ」


 冒険者たちがその言葉に返事をしながら、各々の武器や「魔導書グリモワール」に手をかける。レオナールも自分の「魔導書グリモワール」を取り出しながら、俺に声をかけてきた。


「マコト。君の機械はある程度の距離からでも解析ができるだろう。解析機能は使い続けて、すぐに解析できるようにしておいてくれ」

「りょ、了解っす」


 レオナールの指示に俺はうなずいた。このメンバーの中で魔法の解析を即座に行えるのは俺だけだ。魔法戦闘はレオナールに任せてしまった方が間違いない。

 そして、マルスランが一歩、階段の踏み板に足を下ろす。


「よし……行くぞ」


 そう言って、静かに、一歩一歩、彼らは階段を下っていく。最後尾につきながら、俺は小さく震えていた。

 光源設置スキルのおかげで暗さはない。周りは冒険者たちが固めているから、まずいきなり死ぬことはないだろう。だがそうは言ったって、怖いものは怖い。


「ひぃ……こわ……」

「大丈夫よマコト、私たちもいるし、他のパーティーも一緒なんだから」

「そうそう。それに遺跡庁の冒険者だよ。ボクたちよりずっと強いんだから」


 怖がる俺を、ウラリーとシルヴィが落ち着かせてきた。確かに「銀の刃アルジャンラム」も「深緑の手マンヴェール」も、めちゃくちゃ強いし頼りになる。二人が信頼を置くのも分かるというものだ。

 だがこの遺跡は発掘されたばかりの、何があるのか分からない場所だ。予想のつかないトラップが仕掛けられていても不思議ではないわけで。

 慎重に、慎重に階段を下りて、短い廊下を歩いていく。カツン、カツンと靴音が響く中、前方に狭い部屋が見えてきた。


「ここが第三層か……」

「狭いな……どうやらここが最下層のようだが」


 部屋の中に光源を設置しながらマルスランが言うと、レオナールも部屋の中を見回しながら声を潜めつつ言った。

 確かに、狭い。六畳間ほどのスペースだろうか。中央は少々高くなっていて、そこにひつぎのようなものが置かれている。左右の壁際にも、いくつもの棺があるようだ。

 そして前方、高い壁一面に何か・・が描かれている。


「あれ? なんすかあれ」


 スマートフォンを掲げながら俺が声を上げると、光源設置をしながらアントナンが目を見開いた。


「あれは……紋様・・か?」

「見たことのない形状だ。かなり古いものだぞ」


 マルスランも目を凝らしながら驚きの声を上げた。

 そう、今までの古代魔法の紋様は、真四角を並べたような形状のものがほとんどだった。しかし今回のこれは、真四角ではない。というよりなんか丸を並べたような形をしている。おまけに背景の石に細く模様が彫り込まれていて、読み取りがうまくいかない。でかいから位置調整も難しい。

 スマートフォンを掲げたままであれこれ試す俺に、レオナールが声をかけてきた。


「マコト、解析は」

「ちょ……っと待ってください、今」


 レオナールの言葉に返事を返しながら、俺はもう一歩後ろに下がった。なんとか紋様の全体が枠の中に収まる。と、ようやく認識がされたようで画面にダイアログが出てきた。


  ―― 魔法『霊魂浄化ソウルピュリファイ』を取得しました。発動するには画面をタップしてください ――


「えっ?」

「取れた? 見せて……」


 俺が声を上げると、画面をのぞき込んできたのはウラリーだった。しかし彼女も、次いでのぞき込んできたレオナールも、表示されている魔法を見て首をかしげる。


「『霊魂浄化ソウルピュリファイ』、ですって?」

「なんだ、この魔法は……私も聞いたことが無い」


 二人とも、この魔法に覚えがないようだった。古代魔法のエキスパート、魔法研究所の筆頭冒険者である二人が、である。

 その事実は他の冒険者にも驚きを以て伝わった。第三層の室内などどうでもいいかのように、俺を取り囲んでスマートフォンに表示されている魔法の名前を見ている。


「レオナールですら知らない魔法だって?」

「じゃあ、これって――」


 トゥーサンが驚きの声を上げる中、エマが何かを言いかける。と、その瞬間だ。

 一人静かに室内の様子を警戒していたエタンが声を上げる。


「おい」

「何、エタン――あっ!?」


 返事を返したシルヴィも、室内を見て驚きの声を上げた。

 壁際に並べられた棺の中から、ボロボロのローブをまとった人型の何か・・が湧き出してきたのだ。次から、次から。その見た目は完全に死神のそれだ。


「オォォォ……!」

「オォォ……!」


 地の底から響くような、魂が冷え込むような声を響かせながら、その何かがこちらにゆっくり迫ってくる。

 というかその数が尋常ではない。第三層の室内を埋め尽くさんばかりの勢いで溢れ出してくるのだ。


「死霊!?」

「かなりの高レベルだ、みんな構えろ!」


 これは悠長に構えていられない、冒険者たちが武器を抜いて第三層の入り口に陣取った。ウラリー、レオナール、エマと俺を後方にかばう形で戦い始める冒険者たち。レオナールも「魔導書グリモワール」を開きながら声を張り上げた。


「マコト、後ろに下がれ! 今の君には荷が重い!」

「う、うっす!」


 レオナールの言葉に素直に従い、彼の後ろに回りながら俺も「魔導書グリモワール」アプリを立ち上げる。荷が重いのは承知の上だが、まったく何もしないわけにはいかない。

 そして、すぐさまに剣の切っ先が石床を叩く甲高い音が響いた。

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