第15話 深層潜入

 第一層を探索していると、魔力の貯蔵器は結構あっさり、分かりやすいところに置いてあるのが見つかった。明らかに不自然な位置に建っている柱の一本、まるで竹取物語のかぐや姫が入っていた竹のように光っているものがある。

 その柱の切れ目のある部分を開けると、魔法の紋様が刻まれている容器のようなものが入っていた。


「こいつか」

「作動しているな。エタン、いけそうか?」


 容器を目にしたエタンが大剣を抜く。レオナールが視線を投げると、こくりとうなずいたエタンが剣を構えた。


「まかせろ。ぬんっっ!」


 気合を入れながら大剣を突き出すと、紋様が容器ごと砕けて崩れた。中に満ちていた液体状の魔力が、こぼれた端から霧散して空中に散っていく。

 それを確認したエタンが、息を大きく吐き出しながらもう一度大剣を背負った。


「よし」

「魔力の流れが絶たれた。これで結界は解除したはずよ」


 ウラリーも杖を遺跡の床につけながら、小さくうなずいた。彼女の杖は魔力の流れを読み取ることが出来るそうで、今もこうして遺跡に流れる魔力のモニタリングをしているらしい。

 ともあれ、これであの結界の魔法は力を失ったはずだ。リシャールが満足した様子でうなずく。


「素晴らしい……さすがは国立魔法研究所の筆頭冒険者です」


 リシャールの言葉に、レオナールたち4人が自信ありげに微笑みを返した。やはり、彼らは他の省庁にもその名を知られた冒険者パーティーらしい。それにしたって「魔法研究所の筆頭冒険者」とは、すごい評価だが。

 と、そこでリシャールの視線が俺に向いた。嬉しそうな顔をして俺に声をかけてくる。


「いや、しかしマコト殿の魔法板マジックボードは高性能ですな。紋様の解析のみならず、発動代行まで行えるとは驚きました」

「はは……いやぁ」


 褒められて、俺は恥ずかしさが高じて視線を逸らした。俺のスマートフォンがすごいことはもうあちこちで言われたことではあるけれど、やはり褒められると恥ずかしい。

 そのままほんわかした空気になろうとしたところで、考え込んでいたシルヴィがレオナールのローブを引いた。


「でも、大丈夫? 第二層への道が開かれたってことは、第二層に閉じ込められていたモンスターたちが上がってくるんじゃ」

「あっ」


 シルヴィの言葉に俺は思わず声を上げた。同時にレオナールと顔を見合わせる。

 そうだ、結界が解除されたということは俺たちが立ち入れるようになったと同時に、下から魔物が上がってこれるようになったということにもなる。第二層より下に魔物がたくさん湧いていて、それらが一気に第一層に流れてきたらどうなるか。

 まずい。


「ヤバくないっすか」

「可能性はあるな。エルミート長官、遺跡庁の冒険者たちは?」


 俺が声を上げると、レオナールも眉間にシワを寄せながら返してきた。すぐさま振り返ってリシャールに顔を向けると、眉尻を持ち上げながらリシャールもうなずく。


「そのような事態も見越して第二層への入り口周辺の警護を任せております。参りましょう」


 そこからは早かった。急いで走って遺跡の入り口方向、地下に当たる第二層へ下っていく階段の前に行くと、既に遺跡庁の冒険者パーティー、「銀の刃アルジャンラム」と「深緑の手マンヴェール」が魔物と戦闘を行っていた。


「ガルォォォッ!」

「ギギギィッ!」


 チーターのような姿の獣や、巨大なコウモリ。明らかに第二層に閉じ込められていた魔物が、我先にと冒険者たちに襲いかかっている。階段のところで戦っているから一度に押し寄せる魔物の数にも限界はあるが、そうは言っても2パーティーである。


「『銀の刃アルジャンラム』、右方を抑えろ! 抜かれるな!」

「分かってる! だが奥からまだ来るぞ!」


 「銀の刃アルジャンラム」と「深緑の手マンヴェール」の前衛が揃って魔物たちの前に立つが、どうしても横を抜かれそうになってしまっている。やはり、人数的に押されてしまっているようだ。シルヴィが大きな声を上げる。


「苦戦してるよ!」

「皆様、お願いいたします!」


 リシャールも後方に下がりながら声を上げた。彼は非戦闘員、仕方がない。

 まずは遠距離から押し寄せる魔物を押し返すのが必要だ。レオナールが「魔導書グリモワール」を開きながら俺に向けて声を張った。


「加勢するぞ! マコト、『魔導書グリモワール』を開け!」

「うっす!」


 俺もすぐさま「魔導書グリモワール」アプリを起動した。こういう場面、やはり使い勝手がいいのは火球ファイヤーボールか。お試しに取得した魔法とは言え、レオナールが使う様子は見ているから勝手は掴んでいる。


「アル・バルス・ディルマンス! 氷雪ひょうせつをまとう風よ来たれ! あらゆる生命を凍えさせとどめよ! 氷嵐アイスブリザード!」

「いっけー!」


 レオナールが魔法を唱えるのと同時に、俺も魔法の発動ボタンをタップした。レオナールの「魔導書グリモワール」のところから放たれた吹雪を追い越すようにして、俺の放った火球がチーターみたいな魔物に炸裂する。

 そしてそこに追い打ちをかけるレオナールの吹雪。前衛陣に食らいつく魔物が一気に倒された。


「グォォッ!?」

「ギャ――!!」

「おぉっ!?」


 そこのスキをシルヴィとエタンは見逃さない。一気に前線に飛び込んで魔物の群れを押し返した。「深緑の手マンヴェール」の戦士が破顔してこちらに顔を向ける。


「『砂地の輝石ビジューサブレ』! 助かった!」

「『深緑の手マンヴェール』! 無事で何よりだ!」


 レオナールもホッとした表情で返事をしながら、なおも「魔導書グリモワール」のページをめくる。押し返したは押し返したが、まだ安心できる状況ではない。シルヴィが大声を上げる。


「アントナン! あっち見てる場合じゃないよ!」

「おっと、そうだった!」


 シルヴィの声に、アントナンと呼ばれた戦士が振り返って剣を振るった。その剣で魔物が真っ二つに切り裂かれる。


「グォォ……!!」


 この魔物が断末魔の咆哮を上げて消えていったのが、どうやら群れの最後であったらしい。魔物の姿は、もう階段周辺には見えない。


「よし、空いたぞ!」

「突入だ!」


 これ幸いと、「銀の刃アルジャンラム」と「深緑の手マンヴェール」の冒険者たちが階段を下っていく。レオナールもすぐさま、俺たちに向かって声を上げた。


「行くぞ、皆!」

「ええ、今なら行けるわ!」


 レオナールとウラリーも階段を駆け下りていった。シルヴィとエタンもそれに続く。もちろん、俺だって彼らの後についていかないといけないのだが、先は暗い遺跡の下層。どうしたって足がすくむ。


「うぅっ……!」


 ぎゅ、とスマートフォンを握りしめる俺に、階段を降りる途中のシルヴィとエタンが振り返った。安心させてくるように俺に笑いかける。


「大丈夫だよ、マコト!」

「お前は俺たちが守る、恐れるな」


 二人はそう言って階段を下って第二層に入っていく。そこまで言われたら、俺だって頑張らない訳にはいかない。ありったけの勇気を振り絞って、第二層に続く階段を駆け下りる。


「う……うっす!」


 地下へ地下へと下っていく階段を降りていく。既に他の面々が光源設置のスキルを使っているのか、下に行くにつれ明るかった。そして第二層の床が見えてきた頃、冒険者たちが話している声が聞こえてくる。


「これが第二層か……」

「まずいな、入ったはいいが……これは身動きがとれないぞ」


 どうやら困っている様子だ。なにか問題があるのだろうか。下りていくと、ちょうどレオナールが呟くタイミングだった。


「なるほど……」


 その声に俺は小さく目を見開いた。あのレオナールが明らかに困っている。

 しかし前がどうなっているのかを見たいが、冒険者たちが壁になっていて見ることが出来ない。


「ど、どうなってるんっすか」

「マコト、前を見てみろ」


 言いながらレオナールが道を開けてくれる。出来上がった隙間から先の景色を覗いた俺は目を剥いた。

 遺跡の床から無数のが、隙間なく・・・・飛び出しているのだ。

 矢はやはり魔法で生まれて撃ち出されているらしく、天井に突き刺さった傍から消えている。だとしても、これでは確かに身動きが取れない。


「うわ」

「『鋼矢アイアンアロー』だ。それが地面から無数に発射されている」

「間を通り抜けるにはあまりにも隙間がなさすぎるよ。どうする?」


 レオナールがうなずきながら言うと、シルヴィが手を出そうとしては引っ込めつつ振り返った。

 たしかに間を抜けて進むにしても、隙間がなさすぎて人間の体では無理がある。魔法であることは確かなので床には古代魔法の紋様があるわけだが、それにしたって隙間なく敷き詰められすぎだ。


「そうだな……」


 シルヴィの言葉に、レオナールがあごに手をやりながら前方を見つめる。一体あの魔物たちはどうやってここで発生していたのか分かったものではないが、今のところこの矢の嵐を超えて襲われる危険性はなさそうだ。

 そのままああでもない、こうでもないと冒険者たちが考えを巡らせる中、レオナールが俺の肩を叩いた。


「マコト、一つ試したい理論がある。この位置から紋様を解析できるか」

「や、やってみるっす」


 言われて、俺はスマートフォンのカメラを起動して構えた。角度があるし対象は小さい、うまく取得できるか心配だったが、思っていた以上にすんなりと紋様を認識してくれた。


 ―― 魔法『鋼矢アイアンアロー』を取得しました。発動するには画面をタップしてください ――


 問題なく取得できて、ほっと息を吐きながらレオナールにスマートフォンを見せる。


「取れたっす」

「よし、ではその機械を私に貸してくれ」


 うなずいたレオナールがこちらに手を差し伸べてきた。なるほど、確かに魔法の発動については、俺以外の人間でも出来ることを確認済みだ。ここはレオナールに任せたほうがいいだろう。

 事故を防ぐために一旦「魔導書グリモワール」に切り替えて、鋼矢アイアンアローの魔法を表示させてから渡す。スマートフォンを受け取ると、レオナールはずいと前に足を踏み出した。

 それを見て慌て始めたのは他の冒険者、特に前衛職の面々だ。たしかに魔法使いのレオナールに、物理的なダメージを与えてくる鋼矢アイアンアローは、どう考えたって相性が悪い。


「お、おいレオナール、何をするつもりだ!?」

「お前は魔法使いだろう、こんな中に飛び込んでいくなど!」


 慌てる声を上げる他の冒険者たちの声を背に、レオナールはまっすぐ床の紋様を見つめている。


「よし……ここだ」


 そして、狙いすましたかのように一点に向けて画面をタップ、魔法を撃ち出す。

 俺のスマートフォンの先端から飛び出した鋼の矢は、一直線に遺跡の床に向かい、深々と突き刺さった。その途端、床の紋様の一つから飛び出していた鋼矢アイアンアローが、明らかに止まる。


「と……」

「止まっ、た?」


 そのままレオナールは無言で、床を狙って鋼矢アイアンアローを撃ち込んでいく。何発か外すこともあったようだが、順調に魔法の発動を止めていった。

 明らかにレオナールは、魔法の発動を止める・・・・・・・・・術に気がついている。何個かの魔法を止めてから、小さくレオナールが息を吐いた。


「思った通りだな」

「い……今、何したんっすか?」


 何が起こっているのか、他の冒険者も分かっていない様子だったが、はっきり言って俺も分かっていない。問いかけると、レオナールが俺たちに一番近いところの停止した紋様を指し示して言った。


「紋様を構成する要となる箇所を破壊・・したのさ。紋様の右下、二重四角の部分……ここを破壊すれば紋様としての意味を成さなくなる。結果、魔法は発動しなくなる、という訳だ」


 言われて確認すると、たしかに古代魔法の紋様の基点となる、右下の二重四角の部分が撃ち抜かれて砕けている。ここをレオナールは潰して魔法を止めたのだ。

 シルヴィがぽんと手を打ちながら言った。


「あ、そっか。マコトの機械ならリソース関係なく無詠唱でいくらでも撃てるもんね」

「おまけに『鋼矢アイアンアロー』ならばこの遺跡の床でも砕けるだろうからな。適役だ」


 エタンも腕を組みながら、納得した様子で話す。

 確かにいちいち魔法を詠唱して破壊していくには、この遺跡の第二層に仕掛けられた紋様は多すぎる。俺のスマートフォンならワンタップで、しかもリソースを気にせず魔法を撃ち出せる。こういう時には最適だ。


「よし、このまま紋様を破壊しながら進んでいくぞ。すまないがマコト、しばらくこれを貸してくれ」

「うっす、おなしゃっす」


 レオナールが俺のスマートフォンを掲げながら言うのに対し、俺も素直にうなずいた。そのままレオナールを先頭にして、紋様を壊していきながら俺たちは先へと進んでいくのだった。

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