第18話 屍王復活

 屍の手の先に暗い光が灯る。その光が尾を引いて、手が伸ばされる先はアントナンだ。


「オ――!!」


 手から伸びる光が槍のように尖って、アントナンの身体を貫いた。剣で防ごうとしていたものの、実体がない光であるゆえにか防御は叶わなかったようだ。アントナンの口から、ごぼりと血があふれ出す。


「くっ、そ!」

「アントナン、下がれ! 早くしないと死ぬぞ!」


 血を吐きながらもなお立ち続けるアントナンに、マルスランが矢を放ち続けながら叫ぶ。すぐにウラリーが飛び出してアントナンの身体を引っ張ると、光が身体から抜けてそこからもどばっと血があふれ出した。

 これは、どう考えてもまずい。この場にいる治癒士が総出でアントナンの治療に当たる。どうやら呪いのようなものも食らったらしく、すぐには復帰できなさそうだ。

 すぐさま俺はスマートフォンの画面をタップする。レオナールも魔力が充分貯まったようで、「魔導書グリモワール」に手を当てながら叫んだ。


「アル・バルス・ディルマンス! くらやみよ、神の光によって引き裂かれよ! 光り輝く道をここに作る! 聖光砲ホーリーキャノン!」

「そらっ、行け!」


 俺とレオナール、二人分の聖光砲ホーリーキャノンが屍の身体に激突する。手に灯っていた光が霧散すると同時に、屍の身体が大きく押し戻された。


「オォ……!」

「よし、効いている! やはり屍人グールか!」

「マコト、どんどん撃っちゃえ!」


 マルスランが嬉しそうな声を上げると、ナイフを振るいながらシルヴィが俺に微笑んだ。

 なるほど、屍人グール。つまりはさっきの死霊同様にアンデッドで、光の魔法が効果的ということらしい。それなら、俺がこの場で一番最大火力を叩き出せる。

 スマートフォンの画面を連続でタップし、聖光砲ホーリーキャノンをどんどん撃ち放ちながら、俺はレオナールに視線を向けた。


屍人グール……つまり死体ってことっすか、あれ!?」

「ああ。だが、ただの屍人グールではないはずだ」


 魔力を貯めつつ、レオナールがうなずく。たしかにあんなに激強な屍人グールが、ただのアンデッドであるはずもない。

 俺の言葉にうなずいたレオナールが、アントナンの治療に当たるウラリーに視線を動かさないままに声をかけた。


「ウラリー、君の見解を聞きたい。あれは『屍王リッチ』だと思うか?」


 前方でエタンやシルヴィの攻撃をくらって、なお立ち続ける屍人グールを見つめるレオナール。果たして声をかけられたウラリーが、魔法を使い続けながらコクリとうなずいた。


「この遺跡がブーシャルドン王朝の墳墓ふんぼである、という噂が真実なのだとしたら、あの屍人グール屍王リッチであることは疑いようも無いわ。その名を知られた魔術王・・・黎明王れいめいおうジョアシャンであるということも」


 彼女の肯定は非常に早かった。彼女がそこまで言うのなら、あの屍が「屍王リッチ」なるものであることは間違いないのだろうが、それにしても。


「黎明王……」

「ジョアシャン?」


 レオナールとエマが揃って口を開いてその名を呼ぶ。「黎明王ジョアシャン」。当然俺には、そんな人物の名前に心当たりなんてない。

 俺が話を飲み込めないでいる中で、レオナールがウラリーに続けて声を飛ばす。


「そう判断する根拠は?」

「あの屍王リッチの額に彫られた刺青いれずみが見える? 二重の八枚花弁のダリアよ。ブーシャルドン王朝であれを使っていたのはジョアシャンだけだから、間違いないわ」


 すぐさまに返事をしてきたウラリーが、杖を持っていない方の指を屍王リッチの方に向けた。たしかに長い髪に隠れつつあるが、ちゃんと額に花模様の刺青が見える。光っているから余計に分かりやすい。

 つまりは貴族であるレオナールやウラリーがそうであるように、そういう出自であることを示す刺青を彫られているということだ。それを見れば一目瞭然、というわけで。

 それはそれとして、俺は焦ってレオナールに顔を向けた。


「あ、あの、リッチってことは、つまり」


 屍王リッチ。俺も当然名前は聞いたことがある。めちゃくちゃ強いし立場もある、ゾンビやらグールやらといったアンデッドモンスターの上級クラスだ。

 それが目の前にいるということなら、俺にどうこうできる相手な訳はない。はたしてレオナールが苦々しい表情でうなずいた。


「ああ、屍人グールを束ねるアンデッドの王だ。先程相対した死霊たちの何倍も強い。現に私とマコトの聖光砲ホーリーキャノンも耐えてみせただろう。今も君の魔法を受けて、なお立っている」


 そう話しながら、レオナールは前方でなおも戦う冒険者たちと、平然と立っている屍王リッチを見た。

 俺の聖光砲ホーリーキャノンは、多分5発は当たっている。今ももう1発当たった。レオナールの聖光砲ホーリーキャノンも、エマの光弾ライトバレットも、何発もくらっている。それだけではなく神聖剣ホーリーソードをかけられた前衛陣の攻撃も、何十と受けている。

 それでもなお、まだ死なない。死にそうにない。


「あれの厄介なところはそのしぶとさだ。斬っても撃っても倒れない。そして、こちらが根負けしたところに配下ともども襲い掛かる」


 前を見据えながら、レオナールが歯噛みをしながら言う。そんな中、今もまた目の前でエタンが腕に傷を負った。復帰まで持ってこれたアントナンと入れ替わりになって戻ってくるエタンを、ウラリーたちが急いで回復する。

 これではまさしくジリ貧だ。冒険者の魔力は時間経過で徐々に回復すると言うが、このままでは治癒士と魔法使いの魔力が底をつき、手も足も出なくなって負ける。


「じゃあ、どうするんっすか。死にもしないけれど殺せないってんじゃ」

「ええ、このままではこの遺跡から出ることも出来ずに死んでしまうってわけ。どうにかして逃げなくては……」


 焦って俺が声を上げると、ウラリーが小さく首を振りつつ返した。彼女の言う通り、どこかでスキを突いてこの場から逃げるのが、多分最適なんだろう。

 だが今は、あの屍王リッチに道を塞がれる形で立たれている。このままでは逃げるのも一苦労だ。

 と、そこで。俺ははたと俺の後方、壁一面に彫られたあの紋様に顔を向ける。


「ん? 屍王リッチ……アンデッド……」

「マコト?」


 ここは墳墓。あそこにいるのは埋葬されていた王様。それが屍王リッチとして、アンデッドとして復活した。

 ならば、ここに彫られている……こんなにデカデカと彫られているこの紋様にも、何らかの意味があるのではないか。ただ単に、珍しい魔法だとか強力な魔法だとかを無意味に彫るはずはない。国王の墳墓の最奥、石室とはそういうものだ。

 俺は聖光砲ホーリーキャノンを撃つのを一旦ストップした。「魔導書グリモワール」を操作し、あの魔法を開きながらウラリーに声をかける。


「ウラリーさん、これ、さっきの魔法。これ、効果に当たりつけられたりしないっすか」


 本当はレオナールに聞きたかったが、彼は戦闘の真っ最中だ。聖光砲ホーリーキャノンを使うのは早々に諦めたらしく、光弾ライトバレットを詠唱しては放っている。邪魔をする訳にはいかない。

 果たして、エタンの回復を終えたウラリーが俺のスマートフォンをのぞいて眉を寄せた。


「さっきの『霊魂浄化ソウルピュリファイ』よね? うーん……」

「まいったな、こんなことなら解析班の人間も誰か連れてくるんだったか」


 レオナールも魔法を放ちつつ、ため息交じりに吐き出す。やはりダメか。諦めかけて俺が戦闘に戻ろうとしたその時、レオナールが急に魔法の詠唱を止めた・・・


「……ん? あっ、待てよ、ひょっとしたら」

「レオナール?」


 何かを感づいたのか、そのまま彼は「魔導書グリモワール」のページをめくり始める。どころか、俺のスマートフォンに表示された霊魂浄化ソウルピュリファイの紋様を何度も見て、確認しながらページをめくっていた。

 明らかに、何かを探している。だがそれは同時に、この場で最大の攻撃力を持つ二人が戦闘に参加していない、ということだ。現に押され始めた前衛陣が、焦ったように声を上げる。


「レオナール! マコト! 何をしている!」

「攻撃の手が止まってるよ! 早く!」

「分かっている! ちょっとだけ待ってくれ!」


 しかしレオナールは返事をしながら、ページをめくる手を止めない。そのまま20秒くらい、彼は「魔導書グリモワール」に記録された魔法と霊魂浄化ソウルピュリファイを見比べていた。そして遂に、彼のページをめくる手が止まる。


「もしかしたら……!」


 そのまま、レオナールの指がページに記された紋様をなぞった。次いで俺のスマートフォンにある霊魂浄化ソウルピュリファイの紋様も。その指でなぞっていく。

 それが確信につながったのだろう。レオナールが彼らしからぬ大声で叫んだ。


「これだ! 分かったかもしれないぞ!」

「えっ、どういうことっすか!?」


 そばで様子を見ていた俺だが、正直何がどう分かったのかさっぱり分からない。

 だが、レオナールにはすっかり確信めいた何かがあるようで、俺から離れて再び光弾ライトバレットを撃ち始めた。その合間に俺に声を飛ばしてくる。


「説明は後でする! マコト、この魔法を使え、今すぐに!」

「えっ、えぇっ!? い、いいんすか、まだどんな魔法かも――」


 突然に言われて困惑する俺だ。使っていいと彼のお墨付きを得たのだからいいんだろうが、説明がほしい。

 しかし彼はそんな間も惜しいと言わんばかりに、強い言葉を俺に投げてくる。


「分かったからこそ使っていいと言っている! 急げ! それと画面は押さえたままにするんだ・・・・・・・・・・・・・・!」

「う、うっす!」


 言われて、俺も覚悟を決めた。そこまで言われたらもう、使わないなんて選択肢はない。言われた通り、表示させっぱなしにしていた霊魂浄化ソウルピュリファイの発動ボタンをぐっと押した。


「行けーっ!!」


 押した途端に、俺のスマートフォンから光が放たれる。否、俺のスマートフォンの先端部分が輝くと同時に、石室の天井が光っている・・・・・・・・

 その光がまるで昼間の木漏れ日のように、柱のようになって屍王リッチに降り注いだ。刹那、光に包まれた屍王リッチが動きを止める。


「オ……!?」

「むっ!?」


 困惑する屍王リッチと同時に、それに一番近いところにいたアントナンも驚きの声を上げる。

 彼だけではない、エタンも、シルヴィも、ノエラも。前衛で戦っていた面々が、総じて驚き目を見開いた。


「オ、オ、オ……!!」

「動きが……止まった!?」


 光に包まれた屍王リッチが、まるで縛られたかのようにその動きを止めているのだ。小さく身じろぎをするだけで、先程までの暴れっぷりが嘘のようだ。

 と、光が一層強まっていく。それと同時に屍王リッチの身体が、徐々に端から崩れ始めた。


「やはりそうだ! みんな、離れろ!」


 それを見たレオナールが声を張り上げると同時に、光の柱の周囲にいた冒険者たちが一斉に距離を取る。次の瞬間、パァッと強く光がまたたいた。


「オ――」


 その光がとどめになったのか、屍王リッチは微かな声を残して砂のように崩れ去った・・・・・。床にぶちまけられた残骸も、光に溶かされるように消えてなくなっていく。

 すっかり何もなくなった時、ようやく光は消えた。後にはもう、未だぼんやり光る天井と、光源設置で設置していた灯りと、未だ輝き続ける俺のスマートフォンがあるだけだ。


「し……死ん、だ?」

「何が……起こったというの?」


 シルヴィがキョトンとしながらナイフを落とすと、ノエラも信じられないと言わんばかりの表情で声を発する。正直、やってのけた俺自身も、何が起こったのかまるで分からない。

 ただ一人、レオナールだけが得心がいった様子で小さく息を吐いていた。


「よし、マコト、もういいぞ」

「レオナールさん……あの、何の魔法だったんっすか、これ」


 言われるがままにスマートフォンの画面から手を離すと、スマートフォンの先端で灯っていた光も消える。同時に天井の光も消える中、レオナールは苦笑しながら自分の「魔導書グリモワール」の一ページを開いてみせた。


「『霊魂浄化ソウルピュリファイ』。死者の魂を浄化して、昇天・・させる魔法だったんだよ。この遺跡の最深部に刻まれていたのも、きっとジョアシャンの魂が天上てんじょうに行けるように、ということだったんだろう」


 それを聞いて、はっとする俺たちだ。

 そう、あの紋様は敵を攻撃するためのものではない、侵入してきた者を傷つけるものではない。死してここに埋葬された偉大なる王が、無事に天国へと旅立てるように、と刻まれたものだったのだ。

 祈りのために刻まれた紋様だから、はなから発動なんて期待していなかったのだろう。だからこれだけのサイズになったとなれば、理由もうなずける。


「ああ……なるほど。『除霊エクソシズム』と同系統だったのね」

「つまりは『除霊エクソシズム』の上位版だったというわけか。それは、すぐに尋ね当たらないのも無理はない」


 ウラリーが小さく息を吐けば、マルスランも納得した様子で弓を背中に負った。

 これは本当に、俺がここにいて、スマートフォンを手にしていたからよかったというものだ。あの壁にある魔法を直に発動させようとしたら、きっとここにいる全員の魔力をもってしても難しかっただろう。

 俺の肩に手を置きながら、レオナールが笑う。


「そういうことさ。マコトの機械が紋様を見やすいサイズで表示できるから助かった」

「い、いや、そんなでも」


 彼の言葉にまごつきながらも、俺は頬をかくので精一杯だ。言わんとすることは分かるし何も間違ってはいない。ただ、魔法を明らかにしたのはレオナールの力だ。

 俺の肩から手を離し、全員の姿を見回しながら、レオナールは今度こそ「魔導書グリモワール」を閉じる。


「さあ、戻りつつ本格的に遺跡探索と行こう。無理のない程度にね」


 そう話す彼の表情は、まさしく達成感に満ち満ちていた。

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