第3話 解析機能

 食い気味に俺に声をかけてくるレオナールが落ち着いたところで、彼はもう一度、天井の紋様を指さしながら俺に言った。


「マコト、すまないが、この紋様をどうやってその機械に取り込んだか、もう一度やって見せてくれ」

「は、はい」


 言われるがままに俺はうなずき、カメラを起動させて二次元コード読み取り機能をオンにする。その状態で紋様にカメラを向けると、先程同様に魔法取得のメッセージが出てきた。

 それを確認して、俺は4人に振り返る。


「こうっす」

「え……それだけ?」

「紋様に機械を向けただけ、よね?」


 俺の動作があまりにもシンプルで、時間がかからないことが予想外だったのだろう。シルヴィもウラリーも目を見開いて驚きを露わにした。エタンも眉間にシワを寄せながら唸っている。

 どう説明したものかと悩みつつ、俺は自分のスマホの背面に備えられたカメラのレンズを指さす。


「これ、カメラで……あー、えっと、映像を取り込む機能があって、こういう特定のルールで描かれた画像を解析できるんっす。正直、そういう画像だと思っていなかったっすけど」


 そう説明しながら、俺は自分にカメラを向けながら画面をレオナールに向けてみせる。魔法取得のメッセージが出ているままだが、彼の目には画面に映る俺がいるはずだ。


「なるほど……そして、この機械に取り込んで解析した、というわけか」


 画面を興味深そうに見ながら、レオナールがうなずいた。そしてそのまま小さく首を傾げて言ってくる。


「それで? 解析だけなのか、その機械の機能は」

「あー、いや」


 レオナールの言葉に俺はスマートフォンの画面を自分の方に戻した。そして4人が見つめる中で、スマホの画面をタップする。


「なんかこう、こうして――」

「わっ!?」


 タップした途端に、俺のスマートフォンの先端から飛び出す雷。ちょうど真上方向に飛び出した雷は横穴の天井にぶつかり、破裂音を発しながら飛び散った。

 頭上を見れば天井の岩が一部えぐれている。やってしまった気もするが、こればかりはしょうがない。

 驚くシルヴィが声を上げる中、俺は困ったように四人を見回して言った。


「魔法の発動・・も、出来るみたいっす」


 俺の言葉に、シルヴィの顎がストンと落ちた。ウラリーも信じられないと言いたげな表情をしている。そしてこれまた困った様子で、エタンが腕を組みながら言葉を吐き出した。


「規格外だな」

「古代魔法の解析だけでなく発動代行だなんて……そんな機能のある魔法板マジックボード、魔法研究所にも存在しないわ」


 ウラリーも額に手を置きながら、半分呆れたような顔で言葉を漏らす。どうやらこのスマートフォンは、結構とんでもないことをやってのけているらしい。古代魔法の解析に実行、とんでもないに決まってはいるが。

 しかし、ウラリーの言葉が引っかかって、俺は小さく首を傾げる。


「発動代行?」

「そうだ。マコトが魔法を唱えて使用しているわけではないからな。その機械が発動を代行しているということになるだろう」


 俺がオウム返しした言葉を拾って、エタンが小さくうなずいた。なるほど、俺が本来発動するであろう魔法を、このスマートフォンが発動させている、となれば、それは立派に代行だ。

 元々、俺に魔法系のスキルだの技術だのはない。あのフレドリクだかの取り巻きが見せてきた俺の未来の展望にも、そうした力を使っている様子はなかった。だから、俺にこの古代魔法を自力で使用することなど、どだい無理な話なのだ。

 するとレオナールが、すんと鼻を鳴らしながら俺のスマートフォンを見て言う。


「だとしたら、その機械が発動のリソースを肩代わりしているはずだが……」

「うーん……俺もその辺、よく分かんなくって」


 彼の言葉に、俺は眉尻を下げつつ返した。確かに魔法の発動に魔力だのなんだののリソースはつきものだ。俺のスマートフォンが魔法を発動させているのなら、スマートフォンのリソースを使っている、というのは分かる。

 問題は、俺がそこまでこのスマートフォンのことを把握していない、ということだ。

 と、何かを考え込んでいたシルヴィが、こちらに手を差し出してきた。


「ねえマコト、その機械、ちょっと貸して?」

「え? あ、どうぞっす」


 言われるがまま、俺はスマートフォンをシルヴィの手に乗せる。スマートフォンの表面をそっと撫でたシルヴィの指が、未だ画面に表示されたままの「魔法発動」の文字に向かう。


「ここを触ると……」


 スマートフォンを横穴の出口の方に向けながら、画面をタップするシルヴィ。果たして先程同様に、スマートフォンの上辺から飛び出すようにして雷光が飛び出した。雷光は横穴の出口を通り抜け、向こうの岩壁にぶつかって破片を撒き散らす。

 ここまでは先程と同様だ。シルヴィも驚いた様子はない。


「発動する。んでもって……あれ」


 そして改めてスマートフォンの画面に視線を落としたシルヴィの目が、ある一点で止まる。彼は画面をまじまじと見たあとに、はっと何かに気がついたような表情をした。

 慌てた様子で、シルヴィがレオナールにスマートフォンを差し出す。


「ねえレオナール、これヤバいよ」

「どうした、シルヴィ」


 レオナールが難しい顔をしながら返すと、シルヴィの指がスマートフォンの右上、バッテリーの残量表示のところを指し示した。


「この機械のこの右上のところ。ここがリソースみたいなんだけどさ。ここ、無限・・なんだよ。魔法使ったら一瞬減ったけど、すぐ回復した」

「なんだって?」


 彼の言葉に、レオナールも驚きの声を上げた。

 そういえば確かに、俺のスマートフォンのバッテリーはどれだけ使ってもマックスのままだ。ライトを使っても、カメラを使っても全然残量が減らない。それも俺のスキルの効果だと推測してはいるが。

 だが、そのバッテリー残量が問題になっているらしい。レオナールが怪訝そうな表情をしながらシルヴィに問う。


「じゃあ、この機械は実質無限に、いくらでも古代魔法を発動させられる、ということか?」

「ボクが見た限り、多分そう」


 問いかけられたシルヴィがこくりとうなずく。それを聞いてますます難しい表情をして、腕を組んで唸るレオナールだ。エタンなどはもう、呆れを隠すこともなく深くため息をついている。

 恐る恐る、俺はレオナールへと声をかけた。


「あ、あの、今の話、俺全然理解できなかったんっすけど」

「そうだな、分かりやすく説明すると……」


 俺の問いかけを聞いて、レオナールが小さく目を見開いた。シルヴィの手からスマートフォンを受け取り、俺に手渡しながら話す。


「君のこの機械は泉のようなものだ。無制限に魔力という水が湧き出してくる。そしてそれは、恐らく枯れることがない」

「ふぇっ」


 レオナールの例えを聞いて、俺は素っ頓狂な声を上げた。

 俺はあの時、ただバッテリーが無限になっただけで、いくらでもスマートフォンを使えると安易に喜んでいたが、このスマートフォンのバッテリーが魔法発動の際に使用する魔力を代替しているとなれば、話は違ってくる。

 恐らくこの世界の人々が魔法を発動させる際に使用する魔力というものは、個人個人によって容量が違い、恐らくは有限なのだ。しかし俺の場合は、それが使っても使っても瞬時に補充されるというわけで。

 なるほど、それはシルヴィが「ヤバい」と断じるわけである。


「それは、ヤバい、っすね」

「そうだろう」


 声を漏らした俺に、レオナールがこくりとうなずいた。そしてそのまま、俺の肩に手を置いて言う。


「そういう訳だ。ガリ王国魔法研究所所属のパーティーとして、私たちは是非とも君を『砂地の輝石ビジューサブレ』に招き入れたい。必要ならば、衣食住の保証と身分の保証もしよう。手続きは私が責任を持って行う」


 レオナールの言葉に俺は目を見開いた。

 こんな何が起こるか、どんな理屈で動いているか分からない世界で、所属先が決まっていて衣食住の保証がされるというのは願ってもないことだ。俺みたいに異世界出身で寄る辺もない人間には、この上ない条件である。

 それに、どうやら俺のこのスマートフォンは、この集団にとって非常に有用であるらしい。必要とされているのは嬉しい。


「それは、とても有り難いっす……でも、いいんっすか」


 そう、嬉しいのだ。しかしそれが、俺をためらわせる。

 俺は地球でフリーターだった。定職に就かず、趣味らしい趣味も持たず、その日その日をただ無為に過ごしてきた。そんな俺が、いきなり誰かにとって重要な意味を持つなど、心の準備が追いつかない。

 視線を落とす俺に、エタンが前髪を払いながら言葉をかける。


「俺たちの任務は古代魔法の紋様の探索と収集だ。解析と実践も出来る人員が加わるなら、俺たちとしてもこの上なく有り難い」

「ええ。これまで解析は魔法研究所の解析班にお願いしていたのだけれど、その場で解析ができるのは私たちとしても望ましいところよ」


 ウラリーも杖を後ろ手に持ちながら、俺に微笑みかけてきた。

 確かに、彼らは古代魔法の探索が主な目的。今までなら探索して発見した古代魔法の紋様を記録し、研究所に持ち帰るまでが仕事だったのだが、記録だけでなく解析と実践運用も出来るとなれば、やれることが大幅に増えるだろう。

 これは、俺にとってもチャンスかもしれない。言葉に詰まりながらも俺はうなずいた。


「わ、わかりました。俺も、こんなところにいきなり放り出されて、何がなんだか分かんなかったっすし」

「決まりだな」


 俺の言葉にレオナールが満足した様子で微笑む。そう言うと彼はさっと手を動かして他の3人に視線を投げた。どうやら移動するらしい。


「それでは、山を出よう。我々が護衛するから、道中は心配しなくていい」


 そう言いながらレオナールは俺へと言葉をかけて微笑む。その右手には先程まで彼の腰のベルトに保持されていた、一冊の本が握られていた。

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