第4話 魔法戦闘

 横穴を出て、『砂地の輝石ビジューサブレ』の4人に連れられてルノヴィノー山なる山の洞窟を進んでいく。シルヴィが先頭でエタンがその後ろ、さらにその後ろでレオナールとウラリーが俺を挟んで歩く形だ。

 この山は何だかんだと魔物がたくさん生息しているようで、道中何度も魔物に出くわしてはシルヴィとエタンが武器を振るって退治してくれた。どうやら彼らは、相当に実力者であるらしい。

 今もまた、巨大なコウモリを相手にシルヴィが両手に握った二本のナイフを振るい、その翼を切り落とす。


「はぁっ!」

「ギャッ……!」


 翼を切られたコウモリは、そのまま地面に落下して溶けるように消えた。他方では、エタンがクマみたいな獣を相手に剣を振るい、その喉笛を斬り裂いている。


「せやっ!」

「ガゥ……ッ!」


 クマは喉を斬られ、血を噴き出しながらどっと倒れ込んだ。動かないまま、こちらもそのまま消えていく。どうやらこの世界、倒れた魔物は死ぬやいなや消えていくらしい。


「すっげ……」

「我々は魔法研究所に所属する冒険者パーティーでも上位に位置するレベルだからな。この山の魔物くらいなら問題なく相手取れる」


 俺が感心していると、大きな出番のないレオナールが本を片手に微笑んだ。これまでも何度か、彼が魔法を放って前衛の二人を援護する場面はあったが、そこまでしなくてもシルヴィもエタンもさっさと魔物を倒してしまう。結果、あまり後衛の二人に出番が回ってくることはなかった。

 ウラリーも杖をくるくる回しながら苦笑する。


「私の出番が無いのは有り難くもあるけれど、マコトに魔法を見せてあげられないのは残念ね」

「い、いや。ウラリーさん、治癒師ってことは回復役なんでしょうし」


 ウラリーの言葉に俺はわたわたと手を振った。回復役に仕事が回ってこないということは、それだけ戦闘が順調であるということだ。

 聞くに、この山で全く仕事をしていないわけではないらしく、山に入る時にシルヴィとエタンのステータスを底上げする魔法を使っているとのこと。現に今も、徐々に魔力を消費しているとのことだ。

 つまり、これだけ前衛の二人が活躍できているのも、ウラリーがいてこそだというわけである。レオナールが口角を持ち上げつつ本を開く。


「そういうことだ。さて、私も少々仕事をしようか。シルヴィ、道を空けてくれ!」

「分かった!」


 付せんがいくつも貼られた本、その1ページには二次元コードが書かれ、なにやら他にも色々と書かれていた。そのページに手を置きながらレオナールが声を上げる。


「アル・バルス・ディルマンス! 爆炎よ、我が手に来りての敵を滅ぼしたまえ! 火球ファイヤーボール!」


 レオナールが魔法の詠唱文句らしきものを発すると、彼の前方の空間に炎が渦巻き、炎の球が作り出される。それが一気に前方に飛び出すと、先程までシルヴィが切りかかっていたハイエナみたいな獣を炎で包み込んだ。

 後で聞いた話だと、この世界の魔法発動には詠唱文句が必要で、まず個々人で決めた発動文句を発して魔力を回し、魔法ごとに定められた詠唱文を唱えて魔法発動、ということだ。


「ギィィィ!」

「うわ……っ!」


 全身を燃やされたハイエナが苦しげな声を上げ、そのまま静かに消えていく。炎が消えた後には、焼け焦げた地面が残るだけだ。

 恐ろしい威力だ。並大抵の魔法でないことは、俺にも分かる。

 驚く俺に、ウラリーが微笑みつつ話す。


「今のが古代魔法の一つ、火球ファイヤーボール。炎の球を撃ち出して相手を燃やす魔法よ」


 ウラリーが話すのに合わせ、レオナールが一旦本を閉じる。そして俺に微笑みかけながら、指を一本立てつつ口を開いた。


「現代の魔法は敵を攻撃する目的のものはすっかり廃れて、今や生活に根差した魔法しか残っていない。だから、我々はこうした洞窟に残された古代魔法を収集、解析し、戦闘に用いることで国家のために役立てているんだ」

「はー……」


 レオナールの言葉に俺は声を漏らした。魔法というものは何でも出来て、戦闘にも生活にも使えるすごい力、とばかり思っていたけれど、このイーウィーヤではそういうわけでもないらしい。

 生活に根差した魔法は生き残っているということなら、きっと魔法の力は生活を便利にする方向に特化していて、相手を傷つけることは古い魔法にしか残っていないのだろう。きっと。

 と、不意に後方で足音が聞こえる。何事かと振り返ると、そこにいるのは一匹のオオカミだった。


「ガルルル……!」

「えっ」


 こちらをにらみつけて牙を剥くオオカミ。明らかにこちらを敵視している。まずい。


「挟まれた!?」

「シルヴィ、後方に回れ! 俺はこっちを抑える!」


 振り返って声を上げたシルヴィにレオナールが前に出ながら告げる。そのままエタンと一緒に前方の敵に対処し始めたレオナールと入れ替わるように、シルヴィが後方のオオカミに踊りかかった。

 今のところ、どうにかなってはいるし、俺も傷は負っていない。しかしこのオオカミがなかなか強いらしく、シルヴィのナイフは空を切るばかりだ。

 それを見ていたウラリーが、シルヴィに向かって杖を振りながら俺に言った。


「マコト、これはいいチャンスかもしれないわ」

「えっ」


 彼女の言葉に俺が声を上げると、杖をまっすぐシルヴィに向けたままウラリーが話してくる。


「エタンとレオナールは前方の敵にかかりきり、後方はシルヴィ一人では厳しい相手……でも、ここに先程あなたが収集した雷光ライトニングボルトがあれば?」


 先を促すように話すウラリーに、俺は目を見開いた。

 俺の手元には魔法がある。先程取得した雷光ライトニングボルトが。レオナールはこちらに魔法を撃つ余裕はない、しかし俺のこの魔法が使えるのなら。

 確認するように、俺はウラリーに聞き返す。


「あいつを……魔法の試し撃ちに使うって、ことでいいっすか」

「そうね。さあ、迷っている時間は無いわよ」


 俺の言葉に満足した様子で、ウラリーがウインクした。ステータスアップの魔法は一旦休憩らしい。先程よりも軽快な動きでオオカミに襲いかかるシルヴィの動きをよく見ながら、俺はスマートフォンをオオカミに向けた。


「お、おらっ!」


 跳ね回るオオカミを捉えるようにしながらスマートフォンの画面をタップする。果たしてスマートフォンから飛び出した雷は、シルヴィを避けるようにジグザグに動きながらオオカミへとぶち当たった。


「グギャッ……!」

「うわっ!?」


 雷が当たったオオカミが、潰れたような悲鳴を上げながら地面に倒れ込む。そのままオオカミは溶けるように消えてしまった。シルヴィがいくらか攻撃していたとは言え、一撃とは。


「で、出来た……」

「上出来よ、威力も申し分ないわ」


 驚く俺に、ウラリーが優しく微笑みかけてくる。前方を警戒しながら、シルヴィが振り返ってきて口をとがらせた。


「すっごい。こんな威力の魔法をリソース無限で連発できるとか、ズルじゃん」

「そ、そんなこと言われても」


 彼の言葉に俺は戸惑った。正直、俺は何もしていない。俺のスマートフォンが全部やったことである。

 そして実際、なかなかにチートだと思う。魔法の詠唱もなしに、リソース無限で、画面をタップするだけでドカーン、なのだから。

 後方に視線を向けたエタンが、そっと微笑みを見せた。


「これは、俺たちとしては非常に有難い話だな」

「そうだな。マコトのあの機械がどれだけ魔法を収集し、保存しておけるかにもよるが……非常に便利なことだ」


 レオナールも満足した様子で微笑みつつ言う。確かにそういえば、俺のスマートフォンはどこまで読み取った魔法を保存し、呼び出すことが出来るんだろう。あとで確認しておかなくては。

 視線を向けると、オオカミはまだまだたくさん居るらしい。次々にこちらに走ってくるオオカミに、シルヴィが賑やかに声を上げながら襲いかかった。


「よーしマコト、どんどんやっちゃえ! ボクが引き付けておくから、狙いをつけるのは気にしないでいいよ!」

「は、はいっす!」


 彼の言葉に俺はもう一度画面をタップする。まだまだ魔法を撃ち込む余力は充分だ。再び飛び出した雷光が、二体目のオオカミの身体を貫いた。


「うらっ!」

「ギャピ……!」


 俺が放った雷光に、全身黒焦げになったオオカミが倒れ伏す。そしてそのまま、何もなかったかのように消えていくオオカミの身体を、俺は目を見開きながら見ているのだった。

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