第2話【閻魔大王が来た件】

 銃弾をことごとく弾いていたのは、この鱗だったのだ。指でつついてみると、表面はガラスのようにツルツルで、カチカチという音が鳴る。

 だが、先ほどの男たちに仲間でも呼ばれたら大変なので、後を付けられていないか周囲に警戒しつつ、最短ルートで家に直行した。




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 俺は家に着くなり、破れた服を自室のクローゼットの奥に隠し、風呂に入ると言って風呂場に逃げ込んだ。

 服を脱ぐと、何故か体に鱗はなくなっていた。湯船に浸かりながら、何か発動条件でもあるのだろうかと思案していると、思い当たる節が一つあった。


「まさか、あの瞑想・・・?」


 そう思って、風呂の中で瞑想を始めた。そして、いつもやっているように体の中を流れる何かを制御し、ゆっくりと目を開く。すると、視界に飛び込んできたのは、一面真っ赤な鱗で覆われた自身の体だった。


「やっぱり!!??」


 思わず声を上げてしまい、家族に怪しまれないかと心配していたのだが、風呂から上がっても特に何も言われなかったので一応安心して夕食の席に着いた。




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 その日は眠れるはずもなく、一晩中起きていられそうなほどに目が冴えてしまっていた。


「何で俺なんかが、ねぇ・・・。」


 別に今まで、特殊な生い立ちであった訳でもない。何かを極めてきた訳でもない。勉強もスポーツもバランス良くほどほどにできるくらいのもので、特に飛び抜けた才能や特技があるわけでもなかった。

 優しい家族にめいっぱい愛されて育った、ただ大勢で過ごすのが苦手なだけの何の取り柄もない高校生。それが何で、こんなファンタジー的能力に目覚めてしまったのか。


 これからどうやって生きていくことになるのだろうか。人にない力を得たからには、何か代償のようなものがあるのだろうか。それとも、この力で果たすべき使命のようなものを負わされるのだろうか。


 どのみち、平穏な日常が続くとは考えにくい。先を憂いて陰鬱な気分になっていると、先ほどまであれほど目が冴えていたのに、突如として強烈な睡魔が襲ってきた。俺はそれに抗うことができず、机に突っ伏して眠りに落ちた。




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 目を覚ますと、目の前には一人の人影があった。

 夕方の一件ですっかり警戒心が強まっていた俺は、即座に跳びすさって例の鱗を出した。


「まあまあ、そう恐れるな。・・・とは言っても流石にあの一件の後では、警戒心も強まるというものか。安心せい、儂はお主の敵ではない。」


 その言葉に促されてその人影を見据えると、それは以前みた、金の装飾が施された赤い長衣に身を包んだ男性、おそらく閻魔大王と思われる人物であった。


「・・・閻魔大王様、ですか・・・?」


「いかにも。今の儂はおそらく、お主が『閻魔とはこういうものだ』と信ずる姿をしているのだろう。」


 言われてみれば目の前の男の姿は、俺が思い描く『閻魔大王』像と寸分違わぬ姿形をしていた。

 彼は俺に二,三歩近寄ると、俺を半ば見下ろす姿勢で言った。


「儂が与えた能力を、こうも早くに使えるようになるとは。やはり素質があるようじゃな。」


 能力というのはこの鱗のことかと尋ねると、彼は首を横に振った。


「間違ってはおらんが、それは儂が与えた能力、【爬虫ラプトル】の一部に過ぎん。お主には、爬虫類をモチーフとする様々な能力が与えられておる。詳しくは、後で与える取扱説明書を読むが良い。」


 これだけでもすごいのに、まだあるのか。こんなに待遇が良いと、何か裏がありそうで怖くなってくる。

 俺はその恐怖から逃れたい一心で、彼に問うた。


「・・・どうして、俺にこんな能力を授けたんですか。何か目的とか使命とかがあるんですよね・・・?」


 すると閻魔大王は、俺をまっすぐ見つめたまま少し口角を上げた。


「いかにも。お主には、分岐世界の安定化に貢献してもらう。まあ端的に言うなれば、世界を救う手伝いというか、布石打ちをやってもらう。」


「世界を救う布石打ち・・・、ですか・・・?」


「そうじゃ。・・・いかんな、日が昇ってしまう。時間切れじゃ。枕元に能力の取扱説明書を置いておく故、それを読んで自らの力について理解するがよい。一週間の後に、仕事を申しつける。それまでに少なくとも一通りの能力の使い方は覚えておけ。さもないと、その年で儂の元に来ることになるぞ。」


それを聞いた途端再び強烈な睡魔に襲われた俺は、為す術無く再度眠りに落ちた。




 閻魔大王の元に行くことになるとはつまり、そういうことだろう。

 最後に軽く脅しを食らった俺は最悪の気分で目覚めた。そして、ただの夢であってくれという願いも虚しく、サンタさんよろしく枕元にちょこんと置かれた文庫本サイズのトリセツを目にし、最悪以下の気分になったのだった。


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