第13話女侯爵1 

 

 元婚約者ヘンリーが亡くなったという知らせが公爵家から届いたのは、彼と会った一ヶ月後のこと。

 落馬からの転落死。

 俄かには信じられない死因です。検死の結果、怪しい処は全くなく只の不運な事故として処理されました。


 公爵家の跡取りから外されたとはいえ「公爵家の息子」である事に変わりはありません。現役の当主の「兄」として厳かに葬儀が執り行われたのも当然のことでした。公爵家の直系の葬儀という事で王族や高位貴族の出席者ばかりの中で、ヘンリーの妻であるドロシー・スーザン夫人が、夫の棺に縋りついて泣きわめく姿は異質な雰囲気を醸し出しておりました。


「ヘンリ~~!どうしてどうして私を残して逝ってしまうの!」


 貴族という者はどんな時であろうとも冷静に取り乱してはならない、と教えられています。貴族令嬢ともなれば尚更。元男爵令嬢とはいえ、彼の妻はそれが出来ない人種のようでした。


「私を一人にしないで!ああああああああ!」


 高位貴族の方々は見苦しい振る舞いをするスーザン夫人に眉を顰めますが、それに気付かないのでしょう。泣き声は益々高まるばかり。ここまで露骨だと何かの演出めいて見えると思ってしまうのは彼女によって誇りを傷つけられたが故の考えでしょうか?


 葬儀の間中、神殿ではドロシーの泣き声が響き渡ったせいで神官の言葉も葬儀の主催者の公爵の言葉も参列者代表の言葉も聞こえ辛いものでした。公爵家の皆様は彼女の存在自体をとして扱っておりました。スルースキルが大変磨かれて御出ででした。





 ヘンリーが死んで未亡人となったスーザン夫人は、彼の残した遺産で豪遊しているという噂が侯爵領にも聞こえてきました。連日夜会に赴いているというのです。怪しげなパーティーにも参加しているという話です。挙句、カジノにのめり込んでいるという噂も……。



『最愛の夫を亡くして寂しいのだろう。ドロシー・スーザン夫人が夜ごと遊び歩いているのは恐らく自宅に戻りたくないためだ。家に帰れば嫌でも夫君を思い出して辛いからな。公爵家の跡目を捨ててまで選んだ最愛の妻のする事だ。ヘンリーもきっと許してくれる。我々は広い心で彼女を見守っていこうではないか』



 スーザン夫人の実家を始めとした周囲の者達は挙って彼女の振る舞いを擁護していたのです。特にヘンリーの学生時代からの友人たち。彼らもスーザン夫人と一緒になって遺産を食い荒らしているというではありませんか。素晴らしい友情もあったものです。


 もっとも、婿養子を貰い「公爵夫人」となったヘンリーの妹、アリシアは辛辣でした。


「お兄様が亡くなったせいでタガが外れたんでしょう。煩くいう存在がいないのをよい事に遺産を使って豪遊だなんて恥を知らないらしいわ。まったく、使う事だけは一人前の奥方だこと。お金を自由に使えるのが嬉しくて仕方がないのね。もう我が公爵家と縁が切れて爵位も返却されているというのに未だに『子爵夫人』として振る舞っているのだから滑稽だわ。お兄様との間に娘がいるからどうにかなるでも思っているのかしら?図々しい人達だわ」


 実に的を射ていました。

 スーザン夫人はヘンリーの死後直ぐに娘共々「子爵家」から追い出され、実家に身を寄せていると伺った時は驚きました。てっきり、娘が「子爵家」を継ぐものとばかり思っていましたから。


 「爵位はお兄様に貸し与えていただけです。本家の血筋を路頭に迷わせる訳にもいきませんでしたから。生前贈与も子爵になった段階で渡していますからね。お兄様が亡くなれば本当に赤の他人でしかありません。娘?嫌ですわ、お姉様。私には子供がおりますわ。わざわざ男爵令嬢が産んだ子供を引き取る謂れはありませんわ」


 アリシアのいう事も、また納得できるものでした。

 



 

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