第10話 三分間の幸せ膝枕

 綾の手作り弁当をいただき、昼食を食べ終えた。


「カツサンド美味かったなぁ」

「お兄ちゃんの口にあって良かった」


 すっかり満腹になって、これで一日――いや、一週間は頑張れるパワーを貰った。

 綾の作る料理は本当にどれも美味しいし、満足度も高い。通販的に言えば★★★★★と万点をあげたいところだ。


「もうあと少しで昼休みも終わりかぁ」

「時間ってあっと言う間だよね」

「もう少しゆったり流れてくれてもいいのにな」

「そうだね。わたし、お兄ちゃんともう少し居たいのに……」


 お弁当箱を片付け終えた綾は、ションボリする。そんな怒られた猫みたいにされると……俺は弱い。


 もし許されるのなら授業をサボってしまいたい。悪魔の囁きだな。


 両手で自身の頬を叩き、誘惑を遠ざける。……ダメだ。卒業まで我慢だ。


「放課後、またどこかへ寄っていこう」

「うん。今日はカラオケがいいな」

「いいね、俺も歌いたい気分なんだ」

「やった! お兄ちゃんと初めてのカラオケ、楽しみ」



 そういえば、何気に綾とは行ったことなかったな。俺は、もちろん“ひとりカラオケ”をそこそこの頻度でしていた。

 ストレス発散になるし、単に部屋を借りてくつろいだり、勉強をしてみたり――飲み物はたくさん種類があって飲み放題だし、エアコンも効いているし、実は歌わなくともいろんな用途に使えるんだよな。



「決まりだな。綾、あと五分しかないけど教室へ戻るか」


 立ち上がった瞬間、綾は俺のすそを引っ張った。


「……ま、まって」

「ん?」

「時間ギリギリまでお兄ちゃんと居たい。だから、その、えっと……」



 アセアセとしながら綾は、俺を引き留める。そうか、そんなに俺と居たいのか。なら、最後の瞬間まで共に過ごそう。


 俺は再びベンチへ座った。


「どうする?」

「えっと、えっと……そうだ。お兄ちゃん、綾の膝の上に頭を乗せて」


「え!?」



 いきなりの要望に俺は心臓がドキドキした。

 それってつまり、膝枕ひざまくらってことだよな。いやいや、こんな校庭でイチャイチャとか誰かに見られて……いや、もう人は俺たち以外残っていなかった。

 みんなもう授業に備えて教室へ戻って行ったのだろうな。


 けど、それでも俺は――。


 迷っていると綾は祈るように言った。


「三分間でいいから。お願い」

「け、けど……いいのか、俺なんかで」

「うん。お兄ちゃんがいいの」



 そんな求めるような瞳を向けられたら、応えないわけにはいかない。俺は心を決めて、頭を傾けていく。


 ゆっくりと接近し、あの綾の白い膝に頭を乗せていく。



 ……人生で初めての感覚だった。



 ふわふわとした不思議な気持ち。

 まるで浮遊しているような、そんな現実ではない高揚感。スカート越しではあるけれど、それでも感じたことのない世界を知った。



「……これは、参ったな」

「え、どうしたのお兄ちゃん。綾の膝、気持ち良くない?」

「いや、すっごく気持ちい。上を見上げてもいいか」


「は、恥ずかしいけど――いいよ」



 同意を得て、俺はゆっくりと仰向けになる。

 青空が広がるかと思えば、そうではなかった。目の前には綾のボリュームありすぎる胸。手では掴み切れないのような谷があった。


 綾の顔は何とか見えているけど、これは中々……いや、ダメだ。妹をそんな目で見てはいけない。


 それよりも、こうして下から見上げても綾は可愛い。

 サラサラのクリーム色の髪、ルビーのような瞳。長い睫毛まつげ。桜色の唇。黄金律の輪郭。しなやかな首元と鎖骨。


 全てにおいて芸術の域を超えていた。


 女神という言葉が相応しい。


 永遠に見ていられる。



「……ふぅ、落ち着く。これ以上の安息の地はないだろうな」

「そ、そうかな。……はい、もう三分ね。終わり」


「え? もう三分、経った?」

「うん、一瞬だったね。わたしももっとお兄ちゃんの顔を見ていたかったな」


 うわぁ、本当に瞬間だったなぁ。これ、半日は余裕で横になれるぞ。でも、綾の負担を考えるとそんな何時間も無理だろうけど。


 いや、贅沢で最高の三分間だった。



「ありがとう、おかげで気分が良い。綾と一緒にいると癒されるなぁ。なんだか、いろんなパワーを貰った気分だよ」

「ほんと? それは嬉しい。わたし、お兄ちゃんを癒したいし、いろいろあげたいもん。身も心さえも」


「それは凄いプレゼントだな。うん、いつか貰うよ」

「やった、絶対だからね」



 綾は最後におまけと言って、俺の頭を撫でてくれた。

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