第9話 ずっと一緒

 授業を受け続け、ようやく昼休みになった。

 立ち上がろうとすると前の席の北上さんがまた話しかけてきた。


「いつもどこかへ行っているよね。もしかして、例の後輩ちゃん?」

「ま、まあね。約束しているからな」

「そうなんだ。やっぱり、付き合っているんだね」


「そうじゃないけど……なんと説明していいやら」



 綾が妹です、なんて信じてくれないだろう。それに、そんな風に話せばいろいろ誤解を招きそうだ。俺と綾の関係は秘密にしておく方が得策と考える。


 関係性が周囲に知られれば俺だけではない、綾の立場も危うくなるかもしれない。からかわれたり、馬鹿にされたり……それが一番良くないパターンだ。


 だからこそ“兄妹”ということはひた隠しにしておく。



「そんな関係なんだね」

「だから違うって。北上さんこそ、そんな美人なんだから彼氏とかいるんだろ」


「そんなのいないよ~。ほら、私って部活で忙しいから」

「部活やってるんだ」

「うん、私は水泳部。大会に出る予定だから、今度練習の見学に来てよ」

「マジかよ。凄いじゃん……って、見学? う~ん、綾と一緒で良ければ」

「構わないよ。一度でいいから、私を見て欲しいな」



 なんだか意味有り気に北上さんは言った。……なんだろう、ちょっと期待感があるような、そんな瞳を向けられていた。


 真意の程は分からないけど、見学だけならいいか。



「分かった。そのうち見に行くよ」

「ありがとう、櫻井くん」



 微笑む北上さんは……胸がドキドキするほど可愛かった。普段、こんな柔らかく笑っていたっけ? 他の女子と話すところを何度か目撃したけど、ここまで心穏やかではなかった気がする。


 なぜ、そんな笑顔を俺に?



 疑問を抱えたまま、俺は廊下へ。

 すると、そこには待ち焦がれるような綾の姿があった。少し待たせてしまったな。



「あ、お兄ちゃん。遅かったね」

「……あ、あぁ、悪い」

「言えないこと? ……さっき誰かと話してなかった?」



 うわ、見られていたのか。

 それもそうか、教室の出入りは激しいし、ドアの開閉も頻繁。タイミングさえ合えば教室内の状況も確認できる。


 綾は、俺が北上さんと話しているところを見ていたのかもしれない。……変な誤解を与えたくはない。だから。



「ただ、話しかけられただけさ」

「でも、お兄ちゃんって……その」

「分かってる。友達なんていない。それに、誰も俺を相手にはしない」



 ――はずだった。

 前の席の北上さんだけは違った。


 思えば、教室内で会話するなんて初めてだったな。なぜ無味乾燥な俺を相手にしてくれたのだろう。なんのメリットもないはずなのに……あぁ、クソ。胃の中が逆流するような変な気分だ。



「ごめんね、お兄ちゃん。わたし、変なこと言った」

「いや、いいんだ。俺には綾だけがいれば十分だから」

「うん、嬉しい。……って、教室の前で目立っちゃうね。行こっか」



 気づけば、綾に注目が集まっていた。相変わらず俺は空気のような扱い。だが、それでいい。綾が星のように輝いてくれているのなら、俺は闇のように消えていこう。



 今日は学校の屋上ではなく、校庭へ向かった。

 ベンチがいくつか設置されていて食事をする学生、庭で遊び回る学生で活気があった。少し騒がしいけど、隅のベンチが空いていた。あそこなら、そこそこ静かに過ごせるかな。


 先に綾を座らせ、俺はその隣に。



「最近、過ごしやすくなったよな」

「うん、九月だもんね。もうすぐシルバーウィークもあるよ」

「と、言ってもウチの学校は精々三連休らしいけど」

「どうせなら一週間くらい休めればいいのにね。それなら、お兄ちゃんといっぱい遊べるもん」


「だなぁ。金はあるのに時間はない。今は学生だから仕方ないけど――でも、この制服を着られるのもあと一年半。綾と一緒に学校に通える時間もそれほど多いわけではない。だから、今という時間を大切にしたいな」


「お兄ちゃん、綾よりも先に卒業しちゃうんだよね」



 綾は、寂しそうに肩を落とす。

 そんな顔はして欲しくないけど、唯一の救いはあった。



「そんなに気を落とすな。家で必ず会えるし、なにも永遠の別れというわけじゃない。けど、学生の内に出来ることはしたいな」


「そうだよね。うん……その、ね」



 視線を落とす綾は、どこかぎこちない。頬を薄っすら赤くし、耳も赤いような。……まるで告白するような、そんな雰囲気だった。え、まさか?



「ど、どうした」

「お、お、お兄ちゃん……」



 ぶるぶる震え、口調さえも慌てていた。今度は急に涙目になって……まるで情緒不安定。どうしたんだ本当に。



「落ち着け、綾。なにがあった?」

「だ、だって……さっき教室で女子と話していたじゃん。あ、綾ね……お兄ちゃん、取られたくないの。やだ……ひとりは辛い。もう誰も……失いたくない」



 ――なってこった。やっぱり、北上さんと話しているところを見られていたんだな。なのに俺は有耶無耶うやむやにしようとして。


 俺が馬鹿だった。

 綾が頼れるのは俺だけだろう。



「すまん、俺がアホだった。大丈夫だ、俺は綾がいればそれで幸せなんだ」



 そっと手を握り、抱き寄せる。

 綾に抵抗はない。

 安心して身を委ねてくれた。



「……綾をひとりにしないでね」

「ああ、ずっと一緒だ」

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