5-10 結華梨、オン・ステージ!

 10月中旬の週末。

 結華梨ゆかりはダンス部の仲間と共に、駅前の催事場に来ていた。テレビ局が主催するイベントである、地元出身のお笑いコンビを筆頭としたステージ出演者の中に、雪坂ゆきさか高校のダンス部も入っているのだ。


 仁輔じんすけは同じ時間帯、柔道の地区大会に出ている。ここで納得のいく戦績を収められたら結華梨に告白する、そう仁輔が位置づけている大会だった。もちろん結華梨だって応援に行きたいが、自分たちのステージをすっぽかすのは違う。それに、仁輔が頑張っていると思えば、結華梨だって身が引き締まるのだ。


 仁輔がどんな戦績だろうと、結華梨が向ける好意が減りはしない。だからもし一回も勝てなかったとしても、仁輔が頑張ったと思えるなら告白してくれていい――そもそも、あの場で結華梨の告白に乗ってくれても良かったのだ。


 けど、そういう問題じゃないのだ。

 結華梨に応えるのに相応しい自分でいることに、仁輔は執拗にこだわる。そのこだわりが結華梨には眩しいし、愛しい。


 愛に素質も努力も関係ない、それもいいだろう。

 好意や恋仲が努力の報酬とイコールになるのは違う、というのも分かる。気持ちがついていかないのに自分が賞品みたいになったら、結華梨だって嫌に決まっている。


 けど結華梨は、大好きな人の頑張る理由になれることが誇らしい。

 

 頑張らないでも幸せになれるのは、よほど運がいいか才能のある人だけだ。

 結華梨も仁輔もきっとそうじゃない、だから頑張る理由がほしい。その先を目指し、人のためを想って自らを高めようとするのが仁輔なら、彼の励みとなる自分でいたい。


 だから、可愛くて眩しい人でいたい。

 もし彼に世界が灰色に見えても、照らせるような自分でいたい。

 結華梨がかつて、色んな人たちに照らしてもらったように。


「ねえミユミユ~」

 チームメイトの舞風まいかが、外から控えスペースに戻ってきた。

「マイマイ、外どんなだった?」

「家族連れたくさん、中高生も意外といたかな……あとダンスウィートのグッズ持ってる子いた!」

「マジか、ウチらのこと待ってくれてるかもじゃん」


 今回の結華梨たちの演目は、放送中の魔法少女アニメ『キュアメディック ダンスウィート!』の主題歌である。ライブ音源やなりきり用コスチュームなどが公式で用意されるなど、一般人によるダンスのカバーが全面的にサポートされており、結華梨たちもそれに乗っかったのだ。


 ステージに向けての最終準備をこなしつつ、結華梨は舞風に訊ねる。

「ねえマイマイ、今日なんかテンション高くない?」

「バレたか。んん~とね……ミユミユには中学の元カレの話したじゃんか」

「聞いてた、まさか復縁!?」

「それはない、あいつとは絶対ない……けどこの前、久しぶりにあっちから連絡あってさ。学校とか部活の話したら、意外と盛り上がったの」


 舞風は口ぶりには、楽しさだけじゃなく安堵が浮かんでいるようだった。


「リョウも……あっちはあっちで、色んなこと頑張ってるみたいでさ。ウチもダンスの話したら熱心に聞いてくれたし、応援してくれたの。

 今がこんなに楽しいなら、ウチら別れて正解だったねって……それ初めて言えた。そうしたら、謝りたかったことも言えてね。だからスッキリしたのよ、胸の奥のつっかえが取れた感じ」

「へえ、良かったじゃん。また友達になれそう?」

「その辺は微妙だけど……ん~、意外と楽しいかもね。今朝も、お互いの本番頑張ろうねって送ったし」


 舞風は笑っている、その笑顔を結華梨も信じることにする。

 結華梨があの元カレと仲直りすることなんて一生ない、そもそも許す気もないけど。仲直りできた人のことはちゃんと祝いたい、仁輔と義花がいま歩んでいる道だからだ。

 ちなみに義花は仁輔の試合を観に行っている。義花にとって、仁輔の試合を応援するのはこれで最後になるらしい。彼女なりのケジメだろう、なら心置きなく仁輔を見守ってほしい――恋人じゃなくても、大事な大事な友達なのだから。

 そして、結華梨たちの出番がやってくる。



 本番前、いつも思い出す記憶がある。まだ幼稚園の頃だろうか、大学生だった従姉の出演する学生ライブを見に行ったのだ。結華梨には早すぎると親に止められたが「さとみお姉ちゃんのドラムを観たい」と駄々をこねて、優先席を取ってもらいイヤーマフを付け、父親の膝の上でステージを観ていた。


 お目当てだった従姉妹のドラム演奏だが、よく見えない時間が多かった。バンドスタイルというよりもコーラス隊も含めた大所帯で、ドラムスは後ろの方だったからだ。

 けどガッカリしたのは一瞬だった。英語(らしき外国語)で歌っていたお姉さんたちに、結華梨はすぐに夢中になった。


 歌声が綺麗だったとか、大人びた格好いいオーラに痺れたとか、それら以上に。

 歌い踊る姿が、華やかな衣装が、お互いが大好きだと叫ぶように弾ける笑顔が。

 眩しくて、可愛くて、たまらなかった。

 あんなふうになりたいと、これまでにないくらい強く願った。


 終演後、従姉に挨拶する途中。ひときわ強烈に惚れ込んだお姉さんを従姉に呼んでもらい、握手してもらった。

「ゆかりも、お姉さんみたいに、キラキラで可愛い女の人になれますか?」

「絶対になれるよ。だから、自分の好きなことを精一杯がんばってね」


 そう応援してもらった人の顔はもうあまり覚えていないし、こんな言葉を交わしたかも今となっては怪しいけれど。そのときの体験が何度も結華梨に元気をくれたことは、確かに覚えている。大きくなるのが楽しみになったことも、覚えている。

 憧れの火は確かに灯って、今も消えていない。結華梨がダンスを志した原体験だ。

 この体で、笑顔で、可愛いを届けることで、誰かを元気にしたい――そんな理想の始まりだ。



 それから、十年くらい。

 あの日の結華梨くらいの幼い女の子の前に、結華梨たちは躍り出る。


 すぐに流れ出したイントロ。体を揺らす、手を振る、作ろうとする間もなく笑顔は完成している――さあ、今日の可愛いお客さんたち、楽しんでいってね。


 そして一瞬だけ、別の場所で闘っているであろう仁輔を想う。


 君が結華梨に見せてくれた輝きを、ここで結華梨も誰かに届けたいんだ――届けられるように、頑張るからね。


 いつか君が観てくれたときに。結華梨に愛されて良かったと、心の底から思わせてあげるから。


 ――誓いを胸に笑顔を咲かせ、輝きをまとって舞い上がる。

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