F-3 ペルソナイト仁義 FOREVER
そして、
うちを訪れた仁輔は、まずパパに挨拶。これからは仁輔にとって帰省先の家主にもなる、今まで以上に仲良くしてくれたらあたしも嬉しい。
あたしの部屋がノックされる。
「入って」
「おう」
入ってきた仁輔、春らしい色合いの見慣れないコーデは。
「その服、ミユカのチョイス?」
「ああ……やっぱり変か?」
「似合ってるよ。あんた自身が慣れてないだけでミユカのセンスは抜群だから、自信持ちなよ」
「しかし謎なバランスの部屋だな、俺のせいだけどさ」
「ほんとにねえ」
今の
あたしと咲子さんが同居をはじめるのは、もう少し先。入居先も決まっており、うきうきが止まらない人生の春である。まあ、学業を考えると浮かれてばかりでもいられないのだが。
「まあ座んなよ、そこまで急ぎじゃないでしょ」
「ああ、後は駅行くだけだから」
小さなテーブルを挟んで、クッションに腰を下ろす。
この部屋でもたくさん一緒に過ごしてきた。勉強したり、遊んだり、内緒の話をしたり。
あたしが具合を悪くして寝ていたとき、仁輔がそばで手を握っていてくれたこともあった。柔道で負けた悔しさに震えている仁輔を、あたしが抱きしめていたこともあった。
あの頃のあたしたちが思いもしなかった未来へ、あたしたちは進もうとしているけれど。
ずっと一緒にいるのだろうと考えていたのが嘘のように、遠く離れた人生を生きていくけれど。
「あのね、仁」
「おう」
「今まで本当に、ありがとう。生まれたときから一緒にいた友達が、仁で本当に良かった」
この想いだけは、ずっと変わらない。大人になっても、薄れやしない。
「仁にたくさん迷惑かけて、傷つけもした、本当にごめん。
けどやっぱり、仁といた時間は好きだよ。仁と一緒に大きくなったから、今のあたしがいるよ。だからね、」
終わりゆく二人の時間に手向ける花束。あたしが彼に贈れる
「仁がくれたものを連れて。仁じゃない誰かを救うために、強い大人になるよ。
だから仁も。あたしじゃなくて、みんなの生きる今を守る人になってください」
仁輔は目を閉じてから、あたしに小指を差し出す。二人で指切りをしながら、仁輔は答える。
「努力が認められる喜びとか、応援してくれる人がいる幸せとか。
もしかしたら二人とも、理想を諦めないと心身を壊してしまうような壁にぶつかるのかもしれない。そのときは仁輔に諦めるよう説得するとあたしは決めているし、仁輔もそう考えているはずだ。
けど、それを言うのは今じゃなくていい。今はただ、足を前に進ませる言葉を交わしたい。
「義花、母さんのこと頼んだからな……これからの人生、幸せにしあげてくれ」
「うん、幸せにします。あたしを選んだこと、咲子さんに後悔させないから……仁と岳志さんにも、後悔させないから」
「老けてきたらやっぱり嫌だ、とか言いだしたら絶対に許さんぞ」
「安心して、一生愛するって決めてるから……けど仁も、思い残すことないお別れにしてね」
「安心しろ、義花が心配しているよりもずっと仲直りできてるから……色々あったけどたった一人の母さんで、生まれてからずっと育ててくれた人だって素直に思えてる。しっかり伝えてから出て行くよ」
これまでを清算し、これからへ送り出す言葉を交わす。
そして、言葉だけじゃなく。
「じゃあ仁、プレゼント」
「……俺に? 義花から?」
「厳密にはパパにねだって買ってもらったんだけどね……よいしょ」
あたしが引っ張りだしてきたケースを見て、仁輔は驚きの声を上げる。
「
『ペルソナイト
「そうそう。格好いいけど買わんくていいよなって仁とも話したんだけどさ、あたしらの関係性が定まったあたりで気が変わってね」
開封。ソウタとヒカルのそれぞれが使っていたモデルが一個ずつのセット、放送当時に子供向けに出た玩具はあたしたちも遊び倒していた。その頃はヒカル版を使いたがる子供が少なくセット売りが不評だったとも聞くけれど、今回は予想以上の売れ行きで大好評だったという。
ボタンをいじって音声や発光の具合を確認しつつ、仁輔は言う。
「遊べるのは嬉しいけどさ、あっちの寮でいじってる暇あんまり無さそうだぞ」
「それは分かるし、邪魔ならここに置いてってもらっても良いんだけどね。あたしらが分け合うことに意味があると思ってまして」
ソウタ・リンカーを仁輔に渡し、あたしはヒカル・リンカーを手に取る。
……このワード言うのやっぱり恥ずかしいな、違う言い方でも伝えられるな、けどやっぱり。
「だって、あたしたちはさ。ヒーローを目指すわけじゃん……ペルソナイト仁義を、復活させようよ」
仁輔は少し固まって、それから盛大に笑い出した。
「笑うにしてももっと控えめにしてよ仁」
「すまん……くっはは、そうか、なるほど、完全に分かった」
仁輔は咳払いしてから、まっすぐにあたしを見る。
「そうだな、俺らに一番似合う別れ方だよ。やっぱり義花、最高の親友だわ」
「……だろ、相棒?」
そしてあたしたちは立ち上がって向かい合い、双流リンカーを左手首にはめる。
18年分の思い出を、闘志と覚悟へ昇華するために。
「あたしはこれから、産科のドクターとして」
「俺はこれから、自衛官として」
「生まれようとする子供と、産もうとする女性を守る」
「当たり前の国の平和を守る、日常を壊されてしまった人を助ける」
「仁が見せてくれた、自らを高め続ける姿勢と、壁に立ち向かう不屈の闘志を、この身に宿す」
「義花が褒めてくれた体と、義花から教わった頭脳を、鍛え続ける」
「あたしの中にいる仁を、絶対に裏切れないから」
「俺の中にいる義花に、絶対に負けられないから」
示し合わせるでもなく自然に、作中のセリフに合流。
「「ソウルを合わせて、強くなるんだ!」」
指が覚えていたボタン操作、二人のタイミングはあの頃みたいに完璧だった。
「「召喚、融合、装着!」」
〈C'mon! Let's Go! Knight Up!〉
何百回も真似したポーズを決めつつ、共に過ごした数千日を思い返す。
それらを残さず燃やして未来への推進力にするように、熱く念じる。
互いの魂が溶け合って一体のヒーローになる、
それが終わった後、ソウタとヒカルの魂に強く刻まれた、相棒との思い出という力。
その力は、敬意は誇りは希望は、あたしたちにだってあるんだから。
「決めろ相棒、」
「見せろ最高、」
「「レッツ・バディ・タイム!!」」
離れていても――離れたからこそ、永遠に相棒なんだ、あたしたちは。
友情とも恋慕とも違う深く濃い絆で、ずっとつながっているんだ。
〈OK, We're PERSOKNIGHT――〉
「「仁義!!」」
かつて自分たちが唱えたヒーローの名前を叫んで、互いの魂の一部を交換しあった。
あたしはヒカル・リンカーをはめた左手を、仁輔へ突き出す。
仁輔も左手を伸ばし、拳が重なり合う。
「行け、仁」
「おう。負けんなよ、義花」
そして津嶋仁輔は、九郷義花に背を向けて旅立っていく。
あたしはしばらく目を閉じてから、すぐに着替え出す。
「ねえパパ、ちょっと走り行ってくるわ!」
仏壇のママにも「頑張るからね」と声をかけ、マンションを出る。
仁輔と結華梨とトレーニングを続けて、あたしの体は見違えるようによく動くようになった。けどここで辞めたら意味ない、ここからは一人で鍛え続けるんだ。
スマホと無線接続されたイヤホン、選択されたプレイリストは仁輔と一緒に観てきた特撮の曲ばかりだ。
ストレッチしてから地面を蹴る、一人だけど孤独じゃない。あいつと一緒に走ってきた、これからも別の道を一緒に走っている。お互いの道に、誰より自分を愛してくれる人もいる。だから心配はいらない、お互いを信じ続けていればいい。
大事にしてくれた人に迷惑をかけ続けて、たくさん傷つけて、押しのけてまで咲子さんとの道を選んだ。
それでも――だからこそ、その人たちに報いられる道を、あたしは進み続けたい。
誰かの正義に反していていい、あたしが思う正義を貫ければいい。
この魂が守りたいと願うモノを、この命を使って守れればいい。
さあ覚悟は決まった、人生に挑め。
哀惜と悲痛を越えていけ。
贈られた愛を力に変えて、人の未来を懸命に守れ。
この愛と命を、誇れるように。
胸に宿る誰かに、恥じないように。
駆け抜けろ、その恋の仁義の花道。
*
『元カレのママと付き合う女の話』-完-
*
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元カレのママと付き合う女の話 市亀 @ichikame
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