5-2 ヒーロータイムで、あたしと握手
金曜の21時頃、
「よう」
「はい、上がって」
「お邪魔します……
「そ、けど呼ぶまで出てこないからゆっくり話せって」
リビングへ。
「じゃあ仁、本題いく?」
「その前にさ」
仁輔はテレビの脇の棚から、ブルーレイのケースを取り出す。
「
予想外すぎる提案だったが、すぐに意図は分かった。
「……なるほど、そういうね」
あたしたちカップル的な何かの、最後の時間だ。あんまり悲しい気分で臨みたくはない。
それに、今のあたしたちに必要なのはこの作品の終わり方だ。
最終決戦となる第48話。
生徒たちの心の闇に付け込んで悪の手先に改造しようと、学園の陰で暗躍していたラスボスと再び対峙。かつて惨敗した敵に、ヒーローとしても人間としても強くなったソウタとヒカルが挑む。
負の感情を刺激する敵の技が、二人の心を容赦なく蹂躙する。それぞれの悲しい記憶だけじゃない、互いに向けてきた反感が強烈に刺激される。毎回、どこかでケンカしてきた二人だ。二人で一人のヒーロー、その力の根源であるチームワークが乱される。
「ここ泣けたよな」
「うん、決して仲良しじゃなかったからこその、ね」
それでも。ケンカの度に仲直りして、信頼を深めてきた二人だ。
精神攻撃をはねのけていく様子が、これまでの回想と共に描かれる。
シーンのチョイス、編集のリズム、台詞と音楽とアクションのアンサンブル。かつて夢中で観ていた、今でも色あせない名シーン。
心を一つにした双流の反撃に追い詰められ、弱ったボスは自爆装置を発動させる。アジト諸共、
そこで
「ここ、最後まで双流モードで決めてほしいって義花は言ってたよな」
「二人で一人ってのが双流らしさだって当時は思ってたからね」
「今は?」
「ソウタが泥臭く戦っているのを背にしながら集中し続けるヒカルも、ヒカルの邪魔はさせないって意地で戦い続けてるソウタも、お互いらしくて大好き」
「だよな」
遂にソウタは変身も解けて、生身で怪人にしがみつく。殴られながらも、ヒカルに近づけまいと踏ん張る。
「こういうの嫌がる人も多いかもだけどさ」
「言っちゃえ仁」
「男はさ、大事なもの守ろうって歯を食いしばるのが、一番格好いいと思うんだよ」
「その守りたいってのが女なら尚更?」
「俺はな。だから当時は、ソウタはヒカルのこと大事だから必死で守ってるんだと思ってたし、それも間違いじゃないんだろうけどさ。ここでのヒカル、そういうのじゃないじゃん」
「それぞれ別の方法で全員の命を守ろうって話だからね、
ヒカルは年相応に可愛らしい一面を覗かせつつ。知識の習得と頭の回転に秀でた、
「けどさ。ヒカルがソウタに負けない腕っ節の女子だったら、それはそれで格好良かったしファンも増えそうだけど、あたしはここまで好きにならなかったよ。やっぱり、高校生の男女バディだからできた構図かなって思うし、だからあたしにとってこんなに大事な話になってる」
ソウタとヒカルは、生身では普通の高校生である。軍人とかファンタジー世界観なら武闘派ヒロインも似合いそうだが、双流の世界観ではこっちで正解だっただろう。
ヒカルが自爆装置を止め、ついにボスは抵抗を諦める。
そして
「ぶっちゃけ俺は寂しかったよ、もう
「言ってたね、けどあたし……と咲子さんも、もう戦わなくていいって安心してた」
「俺も今はそう思ってるよ、普通の高校生に戻るから良いんだって……それはそうと、映画で出てきたのは嬉しかったわな」
「あたしは本編との矛盾を許せないまま大人になったねえ」
味方組織に勝利を労われ、二人は夕焼けの中を家へ帰っていく。
お互いを讃え合いながら、きっと格好いい大人になれるんだと決意を新たに。
相棒の中にいる自分に負けない、強い自分になるんだと約束して。
「俺さ、ここでソウタが告白するんだって思ってたのよ」
「ってか最初からずっと意見ぶつかってたよ、仁が恋人エンドであたしが友情エンド」
「これは友情エンドだって今では納得してるけどさ。昔の俺、頑張った男子には恋人ができてほしいって思ってたから」
「恋人ifの二次創作は結構あったからなあ……いや、そういう話じゃないか」
「じゃないな、俺の話だから」
「うん、後で聞く」
そして最終回。
ヒーローを辞め、普通の高校生として夢へ向かって歩く二人。
台詞も仕草も全部覚えている、大好きなエンディングだけれど。
そこで描かれた前向きな別れを、いつか自分たちも迎えるだなんて、思いもしなかった――あたしと仁輔が離れる未来なんて、全く。
仁輔がここで『ペルソナイト
全然文脈は違うけれど、こんなふうに未来に向かって別れたいという希望。
エンドロールが終わって、あたしはすぐにテレビを消す。
「……じゃあ義花、本題いくぞ」
「うん、聞きます」
ソファに隣り合って座ったまま、別れ話が始まる。
これまでと変わらないようで、決定的に遠い数十センチを空けて。
「俺はずっと昔から、義花のこと大好きだった。毎日、義花を中心に世界が回ってた。もう一緒に住んじゃえって思ってた」
それは、あたしが咲子さんに抱いていた気持ちとどこか似ているけれど。
「大人になっても義花の隣に立てるように、それが俺の目標だった。迷ったら義花が望みそうな方を選んだ」
その気持ちの正体に、彼はずっと前から気づいていた。
「……実際、仁のそばは心地よかったよ。ずっと自然でいられた」
自然でいられたのは、気楽でいられたのは、あたしの方だけだった瞬間も多かっただろう。
「勉強とか大嫌いだったけど、義花は楽しそうにしてたから自分もやらなきゃって頑張れた。義花と一緒に勉強するために置いていかれたくなかったし、高校も同じにしたかったから」
「仁、
防大に行くためには理系の学力も必要だから、というのが当時聞いていた理由だったけど。一番はそこじゃなかっただろう。
「柔道はじめたの、父さんの影響もあるけどさ。勝つと義花は喜んでくれたし、乱暴だと怒られたから厳しく躾されて正解だと思った」
「仁は本当によく頑張ってきたよ、今だって尊敬してる」
「ああ……それに、もし義花が危ないときは俺が守るって決めてたから、それができる自分になりたかった」
「前は当たり前すぎて気づかなかったけどさ、今思えばすごく心強かったよ。仁の隣だったから、色んな心配しなくて済んだ」
言うべきか迷って、正直に伝える。
「仁の隣で、あたしは幸せな女だったよ」
「……なら良かった、けどさ」
仁輔はゆっくりと息を吸ってから、告げる。
「これからは義花と一緒じゃなくてもいい、やっとそう思えるようになってきた。
もっとぶっちゃけると、一緒になろうって頑張った末に、すれ違いが許せなくなりそうだから……いつか憎んじゃいそうだから、義花とじゃない方がいい。
隣で傷つけ合うより、もっと遠い距離の方が、お互い幸せだよ」
「そうだね、そう決断してくれてありがとう、振り回して本当にごめんなさい」
これでいい、やっと決めてくれて安心した――はず、なのに。
「……けど、ごめん、ぶっちゃけ、寂しい」
本当は、心の拠り所にしていたんだよな。
津嶋仁輔の特別でいることを。甘やかしてくれることを、守られることを。
仁輔は無言で、あたしが泣き止むのを待っていた。
ここで慰めたら自分の決心が揺らぐ、そう思っているのだろう。それで正解だ。
「ずっと仁に、無駄足を踏ませちゃったかな」
「すげえ遠回りだったけど、無駄じゃないよ。この前に
仁輔は結華梨の名前を呼び慣れていなさそうで、けど彼にとって彼女がもう特別であることは分かった。
「義花を中心に成長してきた今の俺を、彼女はすごく褒めてくれるんだよ。そこで一回、義花抜きで周りの人のこと考えてみたんだけどさ。義花以外にもいっぱい居たんだよ、俺を認めてくれる人は。
心も体も技も。義花が好きって気持ちで磨いてきたものは、義花がいなくなったところで消えないから。別の誰かに認めてもらえるし、別の何かに役立つのは変わらない。だから、無駄じゃない」
「……やっぱり、本当に良い奴だよ、あんたは」
「普通だよ、俺にとっては」
「そういうところだっての」
あたしに都合のいい男子であれと、仁輔に押しつけてきてしまったのだとしても。
それを持ってあたしから離れる彼の背を、あたしはちゃんと押しておきたい。
「仁の将来について、結華梨とは話した?」
「ああ。悩んでるところだけど自衛官がいいって話したら、応援してくれた。もし結婚できたら俺の転勤にもついていきたいし、子供生まれても家は任せてほしいって」
「超乗り気じゃん」
「俺もビックリしてるし、ゆっくり決めなきゃとは思ってるけどさ。みんなを守るために頑張る、そういう人の心を支える自分でいたいって……結華梨がそう言ってくれたの、すげえ嬉しかったんだよ」
「仁のことすごく分かってるじゃん。けど結華梨、本当はずっと仁にそばにいてほしいとかはないの?」
「離れてほしくないのが本音だけど。そういう人にこそ、本当に必要な人のために働いてほしいんだって」
「……そっか、格好いいな、結華梨も」
だとしたら、あたしに言えることは。
「ねえ、仁」
「おう」
「あたしのこと守りたいって思ってくれて、守ってくれて、本当にありがとう。
けどこれからは、守ろうとしなくていいし、心配もしなくていい。
あたしじゃなくて、みんなを守る大人になってください」
「目指すさ、父さんみたいな大人を」
「頑張れ、ずっと尊敬してるから……それとね、」
手を差し出す。
「これからも、仁の友達でいさせてくれないかな」
仁輔はしばらく黙ってから、あたしの手を握り返す。
「今さら他人になれるかよ、俺らが」
初めてかもしれない、どこか畏まった握手を交わして、どちらからともなく笑い出す。
「……これで仲直りでいいすか、仁さん」
「まだ完全に許してはないけどな」
「ですよねえ……うん、信頼を回復できるよう努めます」
そして、次はあたしの番だ。
「その第一歩として、仁に伝えたいことがあってね」
「この流れで? ……何よ」
「あたし真剣に、産婦人科のドクターを目指そうと思うんだ。特に産科、命が生まれる最前線に行きたい」
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