回想④ キミとの記憶 / 津嶋 咲子
*
「あー! がーあ!」
ベビーサークルの中で、動物のぬいぐるみと戯れている。一番のお気に入りはトラらしい、揉まれしゃぶられボロボロになりつつあるが、手放す気配は全くない。
仁輔が一人遊びに夢中になっている隙に、咲子は実穂と一緒に育児用品のカタログをチェック。
「へえ、スリーパーか……パジャマの上に着るのね、あったかそう!」
「そうそう、汗も吸ってくれるの。夏とか仁が汗びっちょりになってたから買ったんだけど、最初からあった方は良いって」
「確かに欲しいね……けど、こんなに色々欲しがったらパパに悪くないかな?」
妊娠が分かった頃から、実穂は
「実穂はお金のことなんか気にしなくていいんだよ、康さんだってガンガン頼ってほしいに決まってるじゃん」
「そっかあ……そうだね、これもお願いしてみる」
実穂はノートに商品名を書き加えながら、楽しげにお腹の中へと呼びかける。
「バッチリ準備してるからね、安心しておいでね、
もう女の子らしいと分かっており、実穂と康信は名前も決めていた。男の子だったら「
「んん~~、ああ~!!」
仁輔が叫びだした、呼ばれている。
「はい仁、いま行くからね~」
まずはマットの上に寝かせる。おむつは大丈夫そうだし、授乳はしたばかり。遊びに飽きたのだろうか。
ひとまず抱っこして揺すってみると、仁輔はしがみついてきた。撫でてあげると、なんだか満足そうである。
「ママはここだよ~、仁のことずっと見てるよ~」
「まー! まー!」
「うんママだよ、言えて偉い!」
仁輔を抱っこしたままソファに座ると、実穂も隣に。
「仁くん、やっほー」
実穂が呼びかけると、仁輔もそちらを向き、手を伸ばす。咲子と一緒にいることが多いからか、仁輔は実穂にもよく懐いていた。それこそ、
「可愛いねえ、仁くん」
仁輔の手を握りながら、実穂は顔を綻ばせている。
こうやって二人で仁輔を見ていると、つい考えてしまう。
まるで、私と実穂の子供みたいだね――なんて。
夢でしかないと知りつつ夢みていた、実穂と結婚する未来が、叶ったみたいな。
「……あっ」
実穂が声を漏らして、意識が現実に戻る。
「苦しい?」
「ううん、義花が動いたの」
実穂はもう妊娠9ヶ月目だ、お腹はかなり大きくなっている。
「義花ちゃん、もうすぐ会えるからね。ママも早く会いたいからね、今はちょっと待っててね」
お腹を撫でながら、実穂が語りかける声。世界の何よりも、優しくて温かい音。
実穂のお腹へ、咲子も呼びかける。
「すっごく素敵なママだからね、楽しみにしててね、義花ちゃん」
「ええ、大げさだよ咲ちゃん」
「私にとっては本当なの、ねえ仁?」
昔から好きでたまらない実穂だけど、妊娠してからは天使っぷりが加速していた。心身ともに不安定でイライラしがちだった咲子に比べ、実穂は体調が悪いときでも穏やかだったのだ。咲子が実穂を支えるつもりが、咲子が救われてばかりだった。
実穂は子供にとって、どれだけ慈しみにあふれた母親になることだろう。咲子からすれば、義花が羨ましいくらいだ。
「ねえ。義花が3月じゅうに生まれれば、仁くんとも同じ学年じゃない?」
「だよねえ、だったら私も嬉しいな……ああでも、早生まれって色々大変じゃん」
「そうなんだよねえ、仁くんがお兄ちゃんになるのも楽しそうだし」
仁輔と義花が、大きくなって――という未来を考えてみたとき。
ふと、思いついてしまった。咲子にとって、一番幸せな形。
「ねえ実穂、すごく仮定の話なんだけどね」
「なになに?」
「検査の通りに女の子が生まれてね、仁と二人で大きくなって……もしかしたら、恋人とかになるのかなって」
実穂は吹き出す。
「あはは……咲ちゃん、さすがにちょっと気が早くない?」
「分かってるよ、もしもの話だって。あんまり昔から身近すぎると兄妹みたいになりそうだし」
「私は想像つかないな~……けどもしそうなって、二人が結婚したらさ」
「そう、私たちも親族じゃない?」
実穂との間に、初めて法的なつながりが出来る道。
「そっかあ……うん、そうだね、夫婦の親同士で揉めたりとかも多いし、咲ちゃんたちだったら安心だねえ」
実穂も嬉しそうだった、その理由は咲子とは全然違うけれど。
「けど、夫婦とかじゃなくてもさ、この子たちにとって幸せな関係なら、私は何だって良いよ」
実穂が正しいのは分かっている、親が押しつけるべきじゃないと分かっている。
ただ、きっと咲子は、子供たちが明確に否定するまで諦められない。
咲子の内心など知らず、実穂は仁輔にお腹を近づける。
「ねえ仁くん、もうすぐお友達が来るからね、たくさん仲良くしてあげてね」
「はーい!」
仁輔の手を上げて、咲子が代わりに答える。
「ちょっと咲ちゃん、それはズルいよ」
「だって仲良くしたいのはみんな同じでしょ……ねえ仁、格好よくて優しいお兄ちゃんになろうね~」
仁輔は何も分かっていなさそうな顔で、けどじっと実穂のお腹を見つめていた。
*
それから仁輔が昼寝して、咲子が食事の用意をしていると。
「ねえ、咲ちゃん」
ソファで休んでいた実穂が切り出す。
「うん?」
「もし、もしも、私に何かあったら、この子のこと宜しくね」
手が止まる。
「……急にどうしたの実穂」
「なんでもないよ。ただ私、昔から病気多いじゃん? この子が大きくなるまでずっと元気でいられるか、ほんのちょっとだけ自信ないの」
あり得ない話ではない、それは理解できる。けど、それを考えることを心が拒んでいる。
それでも、真剣な話だとは分かったから。
実穂のそばに寄り、抱きしめる。
「分かった、義花ちゃんが幸せになれるように、私も全力で頑張る。だから実穂も、もし私に何かあったら、仁をお願いね」
「うん、約束します」
「じゃあ、もう一つ約束」
実穂と額を合わせながら、咲子は願いを語る。
これだけは絶対に譲りたくない、心の一番深くにある願いを。
「実穂と私。おばあちゃんになっても、ずっと元気で一緒にいようね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます