回想② たったひとつの歪んだやり方 / 九郷 康信
*
自衛官であるため週末に出勤することも多い
「ただいま……何があったの、これ」
一人でスーパーに買い出しに行っていた
大泣きしている仁輔と、彼を抱っこして大笑いしている岳志。
ソファの
「おお、帰ったか康……聞けよ、お前の娘がどえらい宣言したぞ」
岳志に言われ、康信は娘に近づく。
「どうしたの、義花」
「……ふん!」
ぷいっとそっぽを向かれた。康信には素直な義花には珍しい。
康信が目線を上げて咲子に問うと、彼女は義花を撫でながら言い聞かせる。
「ほら義花、パパにも聞かせてあげて」
「やだ、パパもムリって言うんでしょ」
よほど大層な夢を語りでもしたのだろうか、ならどうして仁輔は泣いているんだ……?
「義花の夢ならパパも応援するから、ほら聞かせて」
義花はしばらく康信を睨むと、咲子の腕をガッシリ抱えながら叫ぶ。
「あたし、大きくなったら咲ちゃんと結婚するの!」
まさかの、咲子へのプロポーズである。吹き出すのを寸前で堪える、どうやら本人は大真面目だ。
義花の二度目の宣言に、ますます岳志は笑い、仁輔は泣く……まあ、そうなるよな。
5歳の女児に妻を奪う宣言をされたなら、大の男は怒るわけにもいかず笑ってしまうだろうし。
いつも一緒にいる女の子が自分の母親と結婚するなんて、6歳の男児にとっては一大事である……仁輔が怒って義花とケンカになるよりはマシだったかもしれないが。
ともかく、父親として義花と話せねばなるまい。
「そっか……義花はどうして咲ちゃんと結婚したいんだ?」
「結婚って、一番好きな人とするんでしょ? あたし、咲ちゃんのことが一番大好きだもん」
義花は咲子のことを、康信に倣って「咲ちゃん」と呼んでいた。最初に覚えた呼び方は「ママ」だったところを、後になってから直させたのだ。合わせて岳志のことは「岳ちゃん」と呼んでいる……小学校に上がる前に、さん付けにさせても良いだろうか。
「そうだね、義花は咲ちゃんのこと大好きだもんね。けど、咲ちゃんはもう岳志と結婚してるよね?」
「知ってる、だから離婚すればいいんでしょ」
迷いなく義花は言い放つ……なんつう言葉を覚えてきたんだ。
「パパとママ別れちゃうの、やだあ!!」
仁輔が泣きながら抗議するが、義花は早口で言い返す。
「だって保育園のミカちゃんのママ、二回目の結婚してるんだよ? 前のパパよりもっと好きな人できたからしたんだよ、じゃあ咲ちゃんが岳ちゃんより好きな人できればまた結婚できるじゃん」
非常に失礼な発言を続ける義花の前に、当の岳志が腰を下ろす。
「そうか、咲子が俺より義花を好きになる自信があるんだな!」
「あるもん」
「義花、俺はな、自衛隊でたくさんの人のリーダーをやっているし、柔道だって強いし、お金だっていっぱい稼いでいるんだぞ? 義花は勝てるか?」
「じゃあ、あたしはいっぱい勉強して科学者になってノーベル賞もらうの、パパより岳ちゃんより偉くてお金持ちになるの!」
「そうか~~、こりゃ俺も頑張らなきゃなあ!」
長い付き合いなので、岳志のノリは康信にも理解できている……共感はできないが把握している、というべきだろうか。
「岳志よ、なんでそんなに楽しげなんだ」
「なんでって、子供がデッカい夢語ってるのは楽しいだろ」
「……まあ怒ってないなら良いよ、はい義花はこっち来なさい」
義花を咲子から引き剥がし、康信の膝に座らせる。
「いいかい義花。咲ちゃんは岳志のお嫁さんなんだよ。義花がどんなに咲ちゃんのこと大事でも、岳志と咲ちゃんがお互いを大事にしていることは、忘れちゃいけないんだ」
日本では女の人どうしでは結婚できない――という現時点での事実は、ここで言いたくなかった。それを持ち出したら、きっと咲子が傷つく。
義花は俯きつつ言い返してくる。
「二人はたまにケンカするって、仁は言ってたよ。本当は仲悪いんじゃないの」
「けど仲直りした、今日だって仲良くしてるだろう? 咲ちゃんが岳志のこと嫌いだって、義花はそう思うのかい?」
「……思わない」
義花は、ちゃんと説明すれば理解してくれる子だ。勢いで叱るよりもじっくり話した方が、この子には効く。
「じゃあ、義花が咲ちゃんを岳志から取っちゃうのは、いいこと?」
「……ダメ」
「じゃあ、義花はどうすればいいか分かるよね」
義花は頷くと、岳志の前へ駆けていく。
「岳ちゃん、いやなこと言ってごめんなさい」
「おう。けど、咲子と仲良くしてくれるのは俺も嬉しいぞ」
「うん! ……だからあたしね、咲ちゃんとも家族になりたいの」
義花が抱えていた気持ちがやっと分かってきた。
義花にとっての「家族」には、仁輔と咲子も入っている。接する時間の少ない岳志は微妙なラインだが、津嶋家の人間が「家族」ではないという事実は実感と合わないのだろう。何かのきっかけでその不協和に直面し、「咲子と家族になりたい」が「結婚したい」に接続された……という思考回路のようだ。
すると、咲子が義花に語りかける。
「あのね義花。私と義花が家族になる方法が、一つだけあるの」
「え、教えて!」
「うん。義花が仁のお嫁さんになるの」
「ぎゃああああ!!」
仁輔が咲子に突っ込もうとして、岳志に抱き上げられる。
「ママのバカ!! なんで言っちゃうの!!」
「なんでって、仁は前から散々言ってるじゃん。義花のこと大好きって」
「けど結婚とか義花には言ってないもん!! 俺が言いたかった!!」
義花は立ち上がり、「仁と話すの」と岳志のズボンを引っ張る。床の上に戻ってきた仁輔の手を取り、義花は告げる。
「いい? あたしと結婚したいなら、すぐ泣いたりしないで」
「……うん、がんばる」
「それから、すぐ怒るのもダメ。あたし以外のみんなにも優しくして」
「うん」
「そしたら、結婚してあげてもいいよ」
「……義花、俺のこと一番大好きになってくれる?」
「一番はずっと咲ちゃん。だから将来……えっと、義理の、お母さんになってもらうの!」
「うう……じゃあ俺は二番?」
「二番はキュアメディックのユイちゃん。三番は……今はエミ先生かな……」
義花の基準は、相当に男に厳しいらしい。
「おい康、パパの好感度は結構低いらしいぞ」
「らしいな……」
父親が不遇なのは置いといて、仁輔はとてつもなく悔しそうだった。
泣くのを堪えている仁輔を、咲子が後ろから抱きしめる。
「大丈夫だよ仁、仁が色んなことに頑張れば、きっと義花の一番になれるから」
「……ほんとに?」
義花はしばらく考えてから頷く。
「うん、頑張ってるときの仁は格好いいし……岳ちゃんみたいにムキムキになったらすごいから……その可能性もちょっとだけあるかもね」
「……かのーせい?」
「できるかもってこと!」
義花が上から目線すぎるのはどうかと思ったが、仁輔を納得させるには十分だったようだ。
「うん、めっちゃ頑張るから……義花、ちゃんと見てろよ!」
それから仁輔は岳志に駆け寄り、一緒に筋トレするとねだる。
その勢いで父子はスクワットを始め、リズムに合わせて義花は手を叩く。
「はい、頑張れ頑張れ!」
笑いながら三人を眺めている咲子。康信は彼女の肩を叩いて、そっと念押しする。
「咲ちゃん。もし二人が別の相手を好きになっても、ちゃんと応援してやるんだぞ」
二人が男と女で結ばれたいとは限らないことなんて、咲子自身がよく知っているはずなのだから。
「うん、分かってる。大丈夫だって」
そう答えた咲子の胸の奥に、どれだけ深い情念が渦巻いていたのか。
そのときの康信は、全く量りきれていなかった。
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