2-3 町中華で会おうぜ!
そうして、あたしと仁が夏休みに入った頃の夜。
「
パパに聞かれ、あたしはソファから体を起こした。
「夜に出る用はないけど、何?」
リアタイしたい推し声優のライブ配信はあったけど、まあアーカイブでもいい。
「
「分かった、
「だな、じゃあ予約取るぞ」
「了解~」
気軽に返事してから、ふと思い至る。
あたしと仁が付き合ってから初の、二世帯の集合である。
両家顔合わせみたいな雰囲気……に、なるのだろうか。いつもみたいなラフすぎる格好は、ちょっと微妙か?
「……ミユカに相談しよう」
でも買い物に連れ出されそうだから止めとこうか……やっぱり相談しよう。
幸い
*
九郷家と津嶋家の付き合いは長い。
まずは男性ペア。40年ほど前、うちのパパと岳志さんは小学校の頃に仲良くなった。得意なことも性格も正反対だった割に気が合ったらしく、高校までずっとつるんでいたという。高校卒業後、岳志さんは防大を出て自衛官に。パパは県外の大学で理学を専攻してから、地元の健信製薬に入社した。当時は研究職で、会社が発展するきっかけとなった製品の開発にも関わったという。
続いて女性ペア。30年ほど前、うちのママと咲子さんは中学校の頃に仲良くなり、高校卒業まで部活も一緒だった。卒業後も一緒に健信製薬に入社。ママが総務部、咲子さんが工場の包装ライン。二人とも部署は違ったが、パパの後輩に当たる。
社内で関わるうちに、パパとママが結婚。ママが先に惹かれたらしいが、詳細は知らない……ママは理科が好きだったらしいし、パパの活躍は眩しかったのだろう。
そして咲子さんはパパを通じて岳志さんと知り合い、やがて結婚。
咲子さんが仁輔を、ママがあたしを産み、親子そろって家族ぐるみの付き合いに……となりかけた矢先に、ママは亡くなってしまった。
そんな悲しい別れだってあったけど、親世代は今も仲が良い。
パパと岳志さんはずっと親友らしい、遠慮のないムードのままだ。パパと咲子さんは上司と部下にあたるものの、長年の近所付き合いだし休日に一緒に行動することも多いフランクな距離感だ。
そして勿論、咲子さんと岳志さんの仲も悪くない。
普段は離れていても、強い信頼で結ばれている……と、あたしには見えている。
*
マンションのロビーで津嶋家と待ち合わせる。
「よっす、義花」
「岳志さんお疲れ様です!」
相変わらず、岳志さんからは逞しいオーラが漂っている。四十代後半に差し掛かっても引き締まったフォルム、他人が見ても身体を使う仕事だと察するだろう。この体格は仁輔とよく似ている、けれど。
「久しぶり、岳志」
「よう康……おりゃ!」
岳志さんはパパに飛びかかり、脇腹をつまむ。
「ちょ、やめろ岳志」
「お前また太ったじゃねえか、ダイエットの誓いどうしたんだよ!」
もがくパパと、げらげら笑う岳志さん。それなりの要職についている四十代ふたり、やってることが小学生並みである。
「ほら義花、男共は放っとこ」
「は~い」
あたしと咲子さんが先に歩き出し、仁輔は岳志さんを引っ張って追いついてくる。
「全く父さんも、康さんの前だとずっとガキっぽいんだから」
仁輔が呟く。陽気な両親とは対照的に、クールぶりがちな息子だった。
「冷静おつ、しかし仁は子供できる前に明るく振る舞う練習をだね」
「練習ってほどじゃ……いや必要か」
あたしたちの会話に、岳志さんは目を丸くしている。
「なんだ、もうすっかり夫婦みたいな間合いじゃねえか」
「ですね、もうちょい初々しくて良いのではって自分で思います」
「その話はいいから……ほら父さん、この前の学生選手権の」
仁輔は強引に、話題を柔道へ逸らそうとする。実際にこのときは、岳志さんもその話に乗っていた、けれど。
*
約一時間後。
「そしたらね~、義花が百点取ったなら俺も取るんだ~って、毎晩半泣きになりながらねえ!」
「そうそう、それで僕らの家にも来て、康さん教えてくれって」
ビールを浴びて酔いの回った大人たちに、仁輔は昔の思い出をほじくり返されていた。今のは小学校時代、算数を猛勉強していた頃の話である。
「昔の仁、なんだって義花に負けるの嫌だったからなあ、覚えてるか?」
岳志さんに訊かれた仁輔は、無言でおざなりに頷いてから餃子に箸を伸ばす。大人たちに突っ込んだら負けと悟っているのか、仁輔は食べることに集中していた。
「けどさ、昔はあたしも調子に乗りすぎてたじゃん? 仁への煽りになってた面はあるよ」
あたしは小学校の頃、勉強で躓いたことがほとんどなかった。授業を聞いただけ、というより教科書を見ただけで大体理解できたし、テストだってほぼ満点だった。
それ自体は良いのだが、周りにアピールしたがる癖は問題だった。そりゃ友達だって出来にくい。
「あの頃の義花、速攻で宿題終わらせてゲームしてる癖に、ずっと俺より点数良かったし、母さんにも褒められてたじゃん」
「そんなんだったね、ムカついてた?」
「俺は頭が悪いんだなって思ってた」
「ごめんて」
仁輔の頭を撫でようとすると防がれる、それを見て大人たちはさらに笑う。ひどい出来上がりようだ。
そこへ、店の大将さんが料理を持ってくる。
「ほいご両家、サービスサービス!」
「お、回鍋肉! 悪いね大将」
「岳志くんはうちの子にとってもヒーローだからなあ、じゃんじゃん食って」
この中華料理店、張雲飯店はあたしたちの行きつけである。
大将が三国志好きだったため、蜀の張飛と趙雲を合体してこの店名に。前に「関羽はいいんですか?」と聞いたら、「俺をひどく捨てた元カノが関羽ファンだったから外した」との回答だった、いっそ陸遜にしても良かったのでは。
「咲子さん、なんかあっさりしたの頼まない?」
「そうね……お兄さん、クラゲの春雨サラダお願いします」
「はい、ありがとうございます!」
バイトの店員さんは厨房へ、代々信野大の学生が働く店だ。そういえば十年くらい前、すごく可愛いお姉さん働いていて、その人に会いたくて行きたいとねだっていた記憶がある。確かワカナさん、元気にしているだろうか。
食事がデザートに差し掛かる頃には、大人たちのテンションも一周して落ち着いてくる。
「けどさ、安心したよ僕らは……実穂もきっと喜んでる」
しみじみと語るパパに、咲子さんも頷く。
「ねえ。実穂は結構ロマンチストなところあったから。天国での楽しみには事欠かないよ、きっと」
そう言いながら涙ぐむ咲子さん。「生きて一緒に祝いたかった」はあえて言わなかったと知っているから、あたしは笑って咲子さんの肩を叩く。
「仁、あんまり義花に面倒かけるなよ」
岳志さんの口調は真剣だった。仁輔につられて、あたしも背筋を伸ばす。
「お前が自衛官になったとして、どうしても奥さんに負担かけやすいんだ。一緒にいるときくらい、物わかりのいい男でいろ」
「……うん、肝に銘じます」
あたしは「仁は大丈夫だよ」と言いながら彼の頭を撫でた、今度は避けられなかった。
「けどさ、二人とも」
パパが口を開く。
「どうやって生きていくかって話、周りの意見は気にしなくていいからな。
仁は自衛官にならなくたっていいし、義花も別の仕事を目指したっていいし……結婚とか子供とかも、二人で決めたこと信じればいいから」
「うん、分かってるよパパ……パパたちの意見も聞くけど、最後はあたしたちで決めるから。でしょ、仁」
仁輔も頷く、それを見て親たちも安心したようだった。
けど、あたしも仁輔も。なるべく親たちが納得するような道を、世間に胸を張れるような生き方を目指すのだろう。大人に言われたからじゃなく、自分たちが目指す大人の在り方として。
夜風に吹かれる帰り道。
じゃれ合いながら先を歩く岳志さんと仁輔さんを、笑いながら見つめている咲子さんの横顔を眺めながら。
大きくなったらこんな女性になりたい、その想いはやっぱり確かだった。
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