第2章 あたしが恋に気づく話

2-1 あなたにマッチ、できてるかな?

 仁輔と恋人になった翌日。パパが出勤した後で、あたしも身支度を整える。高校が私服可なのをいいことに、薄手のパーカーと短パンだ。制服指定だった頃の名残であるセーラー服も可愛いのだが、この時期はさすがに暑い。


「ママ、いってくるね」


 家を出て、マンションのロビーで仁輔と合流。彼もジャージである。

「おう」

「おはよ」

 

 付き合う前からあたしたちは一緒に登校していたし、用がなければ下校のタイミングも合わせるようにしている。

 子供が、というかあたしが独りで外出するのは心配だ……という、親たちの方針である。それも、パパよりは咲子さんの。


 あたしたちが小さいときに何かあった訳ではないし、この辺の治安だって悪くない。ただ咲子さんはことあるごとに「独りの女の子は狙われるんだから」と、あたしたちに教えてきた。はっきり聞いたことはないが、咲子さん自身に怖い経験があったのかもしれない。


 ともかく。二人で登校するのは、十年以上も続くなんてことない日常である、けれど。

 隣の仁輔を見上げる。こいつ、あたしの彼氏、なんだよな。

 そういえば今日の仁輔は珍しく、握力トレーニング用のハンドグリップを手に持っていない……つまり?


「ねえ仁」

「ん?」

「手、つないだりしてみる?」

 仁輔は頬を赤くして目を逸らす。

「……したいのか義花が」

「いえ特には」

「じゃあいいだろ」


 ごもっともである。まあ、確認は大事ということで。

 いつもと同じように、あたしが少しだけ先を歩いていく。特に変わった話もせず、浮いた雰囲気もないけれど……いつもより少しだけ、心が軽かった。



 学校に着く、あたしと仁輔は別々のクラスへ。


「おはよ~義花」

「やっほ、ミユカ」

 結華梨はいわゆる「なんちゃって制服」のブレザーである、今日も可愛いに余念がない。


「ねえ、金曜にやった数学のこれ、義花わかった?」

「うん、教科書範囲なら」

「教えてくれない? 指されそうで怖い」

「対価をよこしなさい」


 結華梨は私の手を握って上目遣いしてきた、あざとうとい。

「可愛くてキレそう」

「今日もキレキレのレクをお願いね」

「さあ講義を始めよう、Are you ready?」

「できてるよ!」


 華やかな見かけに反して……という言い方も良くないが、結華梨はしっかり勉強する子だ、人の話も真剣に聞く。


「……ああそういうことか、今日も義花は分かりやすいなあ」

「上々、まあ仁も同じところで躓いてたから無理ないって」


 彼の名前が出たついでに、報告しておく。共通の知人には言っておこうと、仁輔とも決めていたのだ。


「そうそう、あたしら付き合うことになった」

「あたしら……義花と津嶋くん!?」

「それ」


 結華梨はガタッと立ち上がり、慌てて腰を下ろして小声で言う。

「……ほんとに、ほんとに今まで付き合ってなかったんだね?」

「ミユカにはそう言ってたじゃんか」


 あたしと仁輔が前から付き合っていたと思われている、それは自覚している。そのうち大半の人は訂正するほど仲良くないので放っておいたが、結華梨のように親しい人にはちゃんと説明していた。


「そうなんだけど……なんかさ、もう既に夫婦の間合いだったというかさ。恋人っぽいじれキュンはとっくに卒業してそうな雰囲気だったから」

「多分じれキュンはこれからも来ないなあ」

「やっぱりね~。けど、そっか」


 結華梨に抱きしめられる。

「おめでとう、義花。嬉しいよ」

「うん、ありがとう」

「親友と推しだからなあ、ウチも盛り上がっちゃうよ」

「あたしらはそういうムード薄めだぞ……」

「そのぶんも結華梨が盛り上げるの!」


 結華梨が自身を名前で呼ぶ、つまり昔の癖が戻るときは、テンションが上がっているときだ。ちなみに目上や関係の遠い相手への一人称は「わたし」にしている辺り、結華梨は考えて使い分けているのだろう。


「義花も安心でしょ、あんな頼りがいのある人が一緒で」

「そうねえ……いや、そんなに頼りがいあるように見える? 結構不器用なとこあるぞ仁は」

「高校生であんなにしっかりしてる人なかなかいないって! 柔道ガッツリ練習してるのに成績も落ちないし、強そうに見えて優しいし……照れ屋なのも可愛いしさあ。選抜総選挙あったらCD10枚は積むよ。いや今どきCDは無いかも?」

 結華梨にとって仁輔は身近なアイドルである、結婚報告にキレるタイプのオタクじゃなくて良かった。


「あいつが入れるアイドル無いっしょ……いや、武道男子を集めたBudo-Manとかあアリかも?」

「あはは、ダンスやってる人は格闘アクション上手いし、逆もいけそうじゃん?」

 その後も、あたしと仁輔の話を結華梨はすこぶる楽しそうに聞いていた。「奥手なマッチョがデレるときしか得られない栄養素がある」などと熱弁している。テンションの上がる方向は謎だったが、歓迎されていることには変わりない。



 仁輔は柔道部、結華梨はダンス部、あたしは部活ではなく学生ボランティアに参加している。様々な事情で勉強に支障が出ている子供へ学習支援を行う、ミライステップというNPOだ。元は被災児童を対象に東北で始まった活動だが、今では全国に広まっている。


 今日の放課後も担当日だったので、市民会館の一室へ。

「室長、お疲れ様です」

「はい、九郷さんお疲れ様」

「ヨシカちゃんだ、おっす!」

「はい、こんにちは」

「こんにちは!」


 あたしたち高校生組は年下の子を任されることが多い、今日の相手も小学生たちだ。勉強の苦手を克服するというより、勉強に興味を持たせる段階。学校の授業には馴染みにくく、家で勉強する習慣もない子をフォローしよう、という趣旨である。


 今日あたしたちが使うのが、算数嫌いに数字を慣れてもらうためのカードゲーム、カズバトルである。カードの効果に四則演算を取り入れ、「どんな式にすると自分の攻撃を強くできるか」「相手からのダメージを減らすにはどのカードを使えばいいか」を考えさせる。

 ミラステの学生スタッフが考案して話題となり、玩具会社がフィランソロピーとして協力してくれたことで本格的なイラストとなった。


 あたしは小3男子のレンくんと組み、小5女子のメイちゃんに相手になってもらう。メイちゃんの方はそれなりに算数慣れしているので、上手く誘導してほしいとこっそり頼んでいた。

 はじめのレンくんは攻撃を連発し、お互いのライフがみるみる削れていく。ゲームが進んだところで、レンくんはあたしに聞く。

「ねえヨシカちゃん、ライフが……350、になっちゃった」

「うん、減っちゃったね~」

 以前のレンくんは残りライフを気にせず攻め続けていた。あたしが声をかける前に気づいたのは成長だろう。


 次はメイちゃんの攻撃ターン。

「技カード、【シャイニング・バレット】でダメージ200。さらに強化カード、【渾身の一撃】で2倍……セット!」


 レンくんは防御ターン。反撃するか、防御カードでダメージを減らすかを選べる。

「さあレンくん、どうしよっか」

「えっと……メイちゃんのダメージを計算する」

「いいぞ」

「……メイちゃんが400だから、食らうと負けちゃう」

「正解、じゃあダメージ減らそうか」


 レンくんはしばらく計算した後、「相手からのダメージを2で割る」カードを選んであたしに見せた。「相手からのダメージから100を引く」よりも得であることも理解している、あたしは「いいぞ」と肩を叩いた。


 次のターンではレンくんが回復カードを引き当て、ライフの優劣が逆転。さらにメイちゃんがあえて単調な攻勢に出たことで、レンくんが勝者となった。

 喜ぶレンくんを称えつつ、彼のいないところでメイちゃんにも声をかける。


「メイちゃんありがとう~、いいリードだった!」

「でしょ、メイ天才だもん」

 ハイタッチ。昔の彼女がもっと余所余所しい態度だったことを思うと、今の打ち解け方は眩しい。


「……メイ、ヨシカちゃんみたいにさ、人に楽しい教え方できる人になりたいんだよ」

「マジか、すごく嬉しい」

「けどヨシカちゃんみたいに映えないJKにはなりたくない」

「映えないって言い方ないじゃんか!」

訂正。もうちょっと人への態度を省みてほしい。


 子供たちが帰り、スタッフ陣の後片付けも終わる頃、仁輔から「迎えにいく」と連絡があった。高校からだと遠回りになるのだが、今くらいは甘えた方がいい気がした。

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