1-5 ヒーロータイムと高校物理と急展開
翌日、日曜日。
「おはよ
「よう」
あたしは朝食を終えてから
「
「二度寝じゃね、出かけるまで時間あるし」
「ああ、赤ちゃん産まれた後輩に会いにくんだっけね」
咲子さんの寝室へ。三割くらい目覚めているがまた寝ていたい、みたいな感じだった。
「やっほ〜」
「ああ……
「咲子さん、もう午後だよ」
「嘘っ!?」
咲子さんは飛び上がってスマホを見る。午前八時過ぎ、昼間のお出かけには十分間に合う。
「うん、撮れ高ばっちりのお目覚め」
「……この嘘つき娘め」
「昔パパにやられた手口だよ、たまにはあたしも」
「だったら
頬を膨らませる咲子さんが可愛くて、抱きつきながら布団に寝そべる。やはりここが一番落ち着く、心の故郷だ。
「今日も甘えん坊ねえ、義花ちゃんは」
「家で甘えられる人いませんから」
何が嫌いとかじゃないが、パパにハグして一緒に寝るのは絶対に違うのだ。思春期以降、パパとのスキンシップは激減している。世間の娘は大体そうだろう。
「……けどそろそろ起きよ、サンアサそろそろでしょ」
「はーい」
咲子さんから離れてリビングへ、仁輔は特に気にした風もなく朝食を片付けていた。小さい頃の仁輔は、あたしが咲子さんに甘えると「義花にママを取られちゃう」と機嫌を損ねがちだったが、さすがに今は突っ込んでこない。内心ではあたしがガキだと思っているのかもしれないが。
テレビを点ける。日曜朝の子供向け番組トリオ、通称サンアサ。あたしも仁輔も卒業タイミングを逸しており、咲子さんも気づけばハマっていたため、時間が合えば一緒に観るのが恒例になっていた。
一本目、魔法少女アニメの『キュアメディック』シリーズ。今年の『キュアメディック・ダンスウィート!』は、魔法のダンスで悪魔を浄化する物語だ。
「ユナちゃん、やっぱりタクマくん付き合うのかねえ」
咲子さんはパンを囓りつつ、主人公と幼なじみ男子の今後について言及。
「それが一番ありうるよ思うんだけどさあ」
「義花はタクマくん嫌い?」
「あいつは悪くないんだけど、タイムラインの百合過激派はユナマキ展開しか認めないって空気で」
「ああ……私もマキちゃん大好きだからなあ」
あたしはすっかりキュアメディックを百合アニメとして観ているし、咲子さんも年々そちらに傾いている気がする。仁輔は当初はデザインが苦手そうだったし、今もキャラや衣装には興味が薄そうだが、アクション描写にはしっかり反応するタイプだ。
テーマがダンスなので、主題歌でもしっかり踊る。子供でも真似しやすい、それでいて究めると奥が深い振り付け……と、ダンス部の
二本目、個人寄り特撮ヒーローの『ペルソナイト』シリーズ。今年の『ペルソナイト
「だからやってることが先月と真逆なんだよなあ」
設定はともかく、作劇の傾向がどうもあたしと合わない。いくら子供向けとはいえ、整合性がガタガタすぎる。
一方の仁輔は素直に楽しんでいる。
「いやでも、ついに待望の幸村フォーム登場だろ?」
「それは良いんだよ、けど敵対してたソウル同士は調整が大変なはずじゃん。だから関羽ソウルと呂布ソウルを和解させるために二話も使ったわけで。じゃあなんで忠勝と幸村はノータッチなの、あと槍に偏りすぎ……これは玩具生産の都合だろうけど」
「まあそれは……って、うっわ、すっげ」
あたしの問題提起は、新フォームのヒーローが放つ必殺技に消し炭にされた……まあ、素直に盛り上がる仁輔の方が視聴者としては正しいのだろう。何故あたしの心はこんなに理屈で固まってしまったのだろうか、半分くらいパパ譲りだけど。
ちなみに。特撮や映画を観ているときだけは、仁輔は昔の元気さを覗かせる。とはいえ本人にとっては恥ずかしくもあるらしく、ヨソでこの盛り上がりは見せない。
「ってか来週の新フォーム、アーサーじゃんヤバい」
「仁はもうちょっと語彙を増やさんかい」
「それより今週のシノちゃんスマイルの可愛さ! ねえ!」
そして咲子さんは好みの役者ばかりに目が行きがちである。誰も話のツボが合わない、昔はあんなに一緒だったのに。
そして三本目は珍しく三人の好みが一致している。チーム寄り特撮ヒーローの『撃隊』シリーズ、今年は『デコボコ
これまでのスリムなヒーロースーツとは対照的に、身長もフォルムもバラバラなアクの強い造形。従来の『スーパー
「オチも販促も上手すぎて生まれ変わったわ」
「今の蹴りやっべ、なんであのスーツでこのキレ出せるんだ」
「はあ……ガコちゃん可愛い……」
めちゃくちゃ良くできていた。ルーツも価値観も違うヒーローたちの騒動で笑わせつつ、個性どうしの掛け算が思わぬ形でバトルに絡まっていく、コメディとしてもヒーロー活劇としても極上の作品である。脚本家の名から「
そうして一時間半ほどテレビの前で騒いだ後は。
「で、仁は今日何やるの?」
「物理から。期末が結構悲惨で」
「ん、あたしは大体わかるから……予習しとこ」
勉強である。仁輔は部活に時間を取られがちだし、あたしは一人だとサボりがち。相互監視も兼ねて二人セットで勉強した方が良い、という昔からの方針である。今のあたしは一人でも集中できるが、たまに寂しくなるもので。
「ドクター義花」
「What's up」
「これ、解説が短くてよく分からん。斜面を滑っていくやつで、摩擦をこうやって使うのなんで? 力だから運動方程式かと思ったけど」
「それでも出せるだろうけどさ……運動エネルギー、どうなってる?」
「一定……じゃないな、止まるってことは減ってるのか」
「そ、運動エネルギーが増減する原因は?」
「仕事……だから力と距離……力が摩擦力か」
「そう、ただし動摩擦力な。これでいける?」
「……これ垂直抗力だよな、なんで重力のコサイン?」
「なんでって……あ、Nはサインだってパターンで覚えてるな? ちゃんと図を書け、シータこっちだから斜面に垂直なのはコサイン」
「ああ、分かった……やっぱり図はマストか」
「鉄則だぞ。完全に理解しましたか仁輔くん」
「チョットワカッテキタ」
防大が理系重視なので、仁輔は高校で理系を選んだ。しかし昔から理数科目はあたしの方が得意、というか仁輔は苦手だ。あたしが仁輔に教えるパターンが定着していた、こちらにとっても復習になってちょうどいい。高校に入ってからは小中学生に勉強を教えるボランティアもやっているので、その練習にもなる。
お昼が近くなる頃、咲子さんが出かけていく。仲の良い後輩に赤ちゃんが産まれたので、育児の手伝いも兼ねて会いに行くという。
「じゃあ行ってくるから……今日のご飯当番って義花よね」
「そう、冷蔵庫で使ったらマズいのある?」
「いつも通り。タッパーに分けてあるのはお弁当用、それ以外は生物優先って感じ。ポトフ余ってるから飲んで……あ、お酒が減ってたら気づくからね」
「元から飲む気ないって、昔の
「はいはい、じゃあね」
あたしと仁輔が一緒にいるとき、食事の用意は当番制である。二人とも親と二人暮らしなので、それなりに料理は身についている。
ただ、やり方が合わない。あたしは神経質すぎるところがあるし、仁輔は大雑把すぎる。二人で一緒にやるとどこかでコンフリクトしがちなので、別々の方が楽だ。
ちなみに仁輔の飯も不味くはないのだが、メニューを任せると早さを求めすぎてバリエーションや彩りが欠けがちだ。毎日ソース焼きそばでも平気なのはあんただけだよ、せめて塩味を挟むとかあるだろ。
冷蔵庫を見つつ、メニューを練る。
「仁、揚げ物の我慢してる?」
「今はしてないけど」
「おけ……唐揚げにしよっか、岳志さんカスタムの」
「そりゃありがたい。俺なんかやる?」
「今日は任せてもらっていいよ、昨日のお祝いも込みだし」
岳志さんカスタムというのは、味噌・ニンニク・ショウガをたっぷり入れた唐揚げアレンジだ。咲子さんは「しょっぱすぎ」と敬遠しているが、父譲りの濃い味志向である仁輔は大のお気に入りである。ただ自分で作ると上手くいかないらしい。
あたしが食事の準備をしている間、仁輔はストレッチや筋トレに励んでいた。なんでその姿勢を維持できるんだと問いたくなるようなポーズの数々を次々と、今日も熱心である。
「そういえば義花さ」
「ん?」
「康さんって今どうしてんの」
「出かけるらしいよ、本買ってカフェで読んでるか映画行ってるかじゃない?」
「ああ……今さらだけど、一人で寂しくないのかね」
「元からパパは一人きりが好きなオタク気質だよ、管理職になっちゃったけど」
詳しくは知らないが、パパは今の職場で部長クラスとそれなりに重い立場だ。社内外の様々な立場をまとめる気苦労は相当なものらしい。なら休日は一人で気ままに過ごせた方がいいだろう。
「それに最近のパパ、なんかあたしに気を遣いがちなんだよね。あたしの接し方が悪いのかもしれないけど……だから、休日は気ままにリフレッシュしてほしい」
クラスには父親とまともに話さないという女子もいるので、そこと比べれば仲の良い父と娘だろう。これでも二人きりの家族だ、感覚としては仁輔や咲子さんも家族のうちとはいえ。
しかし中学を過ぎた頃からか、あたしとちょっとした言い合いになっただけで、パパは妙に怖がるような顔を見せるのだ。あたしはパパと気が合うと思っているのだが、向こうは娘をデリケートだと思っているのかもしれない。
「そっか……けど、あんまり距離置きすぎると康さんも寂しがるぞ」
「うん、それは分かる」
家を離れる前にはちゃんと向き合おう、そう思いつつ鶏肉を揚げはじめる。
「仁、そっち台拭き」
「おう、何飲む」
「麦茶……ああ今はジャスミン茶だっけ、それ。氷はいい」
テキパキと配膳し、二人で向き合う。
「用意サンキュ」
「うい、」
いただきます、がぶり。仁輔はすぐに唐揚げを頬張る。
「……うめえ」
「やったんご」
「いやマジで、理想に近い」
「へえ、そんなに?」
あたしも食べてみるが――味噌の主張強すぎるな、調子に乗って入れすぎた。まあ仁輔が気に入ったなら及第だろう。あたしの皿にあった唐揚げを一つ、仁輔の皿に移す。
「いいのか?」
「うん、あたしじゃ食い切れん」
「よっしゃ」
……仁輔のテンションが上がる瞬間、特撮ともう一つあった。今みたいに、好物を食べるとき。バリバリガツガツと食べ進める仁輔は、内心かなり盛り上がっているはずだ。こちらも作り甲斐がある。
「……ごちそうさま、マジ旨かった」
「そりゃ何より」
「片付けはやるよ」
「頼んだ。あ、コーヒー要る?」
「アイス? なら飲む」
仁輔が食器を片付ける隣、コーヒーを淹れる。どちらが先にブラックに慣れるか競っていたの、中一くらいだったか。
「しかし仁、ほんと旨そうに食うねえ」
「意識してやってるわけじゃないけど……母さんのが移ったかね」
「それはありそうね、けど咲子さんこそ料理しがいあるんじゃない?」
その先、何の気なしの発言だったのだが。
「――これからも仁に食べてもらいたくなるもん、あたしも」
がちゃん。仁輔の手から皿がこぼれ、シンクに落ちる。
「どした、割れて……はないな」
「いや、すまん、手が滑った」
しかしその後、どうも仁輔の様子がおかしい。テーブルを挟んでコーヒーを飲む間も、どこか心ここにあらずである。
「仁よ、何があった」
「いや、別に」
「どう見ても挙動不審なんだが、なんか変なモノ食わせたか心配だよ」
「あ~それはない、だから……いや、うん、その」
「ええ……なんか真面目な話?」
「……真面目、だな」
「うん、聞くよ」
仁輔はしばらく黙ってから、頷いて姿勢を正す。
「……義花、」
「うん」
「話っていうか、お願いなんだけど」
「おう」
「俺と恋人になって、ください」
「おう……えっ、はあ!?」
あの名曲は間違ってなかった、ラブストーリーは突然らしい。
……けどこのタイミングだとは誰も思わないだろ!?
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