第13話 さよなら

まだ太陽が昇りきる前、彼らはやってくる。

時間通りといえば、そうだがディアナは『もう少し遅くてもよかったのに』と思う。

前回とは違い馬車は一つのようで村全体が騒ぎたてるようなことにはならなかった。

ディアナは外に出る。握られた手の感触が思い出され、悪寒が走り警戒した。

しかし、その心配はなかったようで外にいたのは一人の騎士だ。

馬車の中にも誰もいないことだろう。

 ベルマもディアナと共に外に出ると、ディアナの代わりに騎士の相手をする。


 「早かったですね。」

 「今日中に連れてくるように言われております。……天官様はあれで融通が利かないところがありますので」

 「それは……。大変なお役目ですね。」


騎士はまだ若い青年のようだが、とても真面目な人という印象を受ける。

彼に任せれば街までの道中は安心だろう。とベルマは思う。

 「ディアナをよろしくお願いします。」

そんな会話が広げられていた。

遠い場所を見るように、その話を聞いていた。

そのときがきたと思いながらふわふわと別のことを考えている。

そんなディアナだったがいつの間にか服の裾を引っ張られていることに気がついた。

「サーシャ?」

振り返ると、サーシャがいた。

少し遠慮がちに服を引っ張るサーシャだが恥ずかしそうにしておりディアナと目を合わせようとはしなかった。

不思議に思ったディアナだが、視野を広げると二人の人影をとらえる。

「ジル?メイ?」

名前を呼ばれたメイは満開の笑顔でこちらに近づく

「目をつぶって手をだして。」

ディアナは素直に目を瞑り、手を出した。

ちいさな手とディアナの手に触れる。そのまま、腕に何か巻き付けられる感覚があった。

 「開けていいよ。」 

目を開く、手首にはブレスレットが巻かれていた。

ブレスレットの装飾は三色の木が使われていた。どれも少しずつ違う、歪な形をしている。

 「あのね、お姉ちゃんが寂しそうにしてたから、みんなで相談したの、どうやったら元気になるかなって、それでなにかプレゼントしようってなって、手作りがいいとか、どんなものがいいかとかいっぱい考えたんだよ?それでね、木の細工が得意なおじさんに教えてもらいながらみんなで作ったんだ。」

サーシャのほうを見る。

少し遠慮がちに首を縦に振る。

 ジルのほうを見る。

「男が女に装飾品を贈るなんて変な感じだけどな」


自分のためだけに作られたものだ。それが分かった。

それも時間をかけて、なれないことに挑戦をして作ったのだろう。

外観はお世辞にもきれいとは言えず、色の塗り方にムラがあるのも見てとれる。

子どもの工作のように傍から見た価値はほぼゼロと言っていいが、ディアナは宝石をあしらったアクセサリーをもらった時の女性のような顔をした。

 戸惑いと喜びで言葉を失ったディアナは三人のほうに目を向ける。

三人は自信に満ちた表情で、期待にあふれた視線をディアナにむけている。

ディアナはそんな三人を見て大きく目を見開いた。

気づいたのだ。自分が三人に慕われているという事実に。

 想いを伝えようとして、口を開こうとした。

「ぁ……。」

しかし、言葉にはならなかった。

ディアナの唇は震えていた。

 「泣いてるの?」

右目から雫が頬を通り、弧を描いた。

不安が伝播するように三人の表情が陰る。

声がでないディアナは、首を振り意志表示する。

涙をぬぐい、ぎこちない笑顔をつくるが、今度は左目から涙が出てくる。

一度意識をしてしまったら、それに反応するように涙は止まらなくなった。

声こそあげなかったが泣いてることをごまかすことはできなかった。

 『いけないことをしている。』とディアナは思った。


 彼女は人を悲しませようとしていた。他人ではない、自分を慕ってくれた三人だ。

それだけは絶対に嫌だった。

息を大きく吸い込み。止め。やっと、自分の言いたかったことを口にする。

 「ありがとう。」

そのときの彼女の顔はいつの日よりも輝いていた。

三人を抱き寄せ、言葉にならなかった分の感謝を伝えた。

ここから離れたくないと思った。ずっとこのままでいたいと願った。

いつもは見送る側で、反対の立場になることなどはないと思っていた。

これは彼女にとって当たり前のことだったのだろう。

だからこそ、寂しいと思うことはあっても泣くことはなかった。

彼女は今、はじめて泣いた。

喜びと寂しさの混ざった。温かい涙だった。


 しかし、時間が彼女のために止まることはない。

彼女から大切なものを奪うために進んでいく。

馬車は太陽が落ちだす前に動き始めた。


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彼女が勇者に至るまで 色彩 絵筆 @rasuku0120

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