第12話 旅立ち

一週間後の約束の日、ディアナは荷造りに勤しむ。

外出や遠出といったことには無縁であった彼女は、なにを持っていくかで悩んでいた。

部屋を一通り見まわし、忘れ物がないかも確認した。忘れ物はなかった。

その事実に愕然とする。


手元にはお手製の革製リュックが用意されている。継ぎはぎだらけで、見てくれこそ褒められたものではなかったが、ディアナ自身の裁縫技術もあり、作りそのものはしっかりしたものとなっていた。

しかし、それは荷造りを終えた段階であってもしぼんだままであった。

その様子はどこか悲しげで何かを訴えているようにも見える。

 彼女は仕方なく、リュックに応急処置用の道具と裁縫セットをいれる。それでもリュックを満たすにはほど遠く少し残念に思った。


「そういえば」とひとりごとを呟く。


 それは自分よりも前にここを後にした子のことを思い出そうとして呟いたものだ。

彼らは、どんなものを持って出ていったのか、思い出す。想う。

手にあったのは、ぬいぐるみ?いや、何も持ってない子もいたかもしれない。

外に出て見送りをすると、横にいるであろう、里親の人達を不快にさせてしまう。そんな理由で見送りそのものはまともにしたことはなかった。


 「元気にやれてるのかな?」


 彼らとの最後にした会話、顔を思い出す。

育児院を出る子がいるときには、いつもパイを焼いた。

それは『ありがとう』と笑顔で受け取られる。


 「元気にしているのかな」


 彼らと、また会えるかもしれないと思うと不安だったこれからの生活に楽しみができた気がした。

 そろそろ、行こうと机の上にある。黄金色のものをとった。

それは、昨日ベルマから贈られたネックレスであり、ディアナにとって特別なものだ。

今日という日に不安を覚えないわけではない。

不釣り合いだと思いながらもそれを身に着ける。

すると、なんだかブローチが自分を守ってくれそうな気がして少し元気が出た。

部屋の扉を開け食卓へ向かう。

そこには、いつも通りの光景が広がっていた。

とは言っても、別に誰かがいたわけではない。机があって、人数分の椅子があって、窓からは陽の光が差し込んでいる。

 なにか探るわけでもなく椅子を触る。知らない土地に来た人のように何度も同じ場所を見た。食器は棚にきれいに並べられており、鍋はきれいに磨かれている。昨日、きれいにしたので当たり前だ。気になるところはない。

 だが、心残りはある。何をするわけでもなく、そこに立ち尽くした。


「おはよう。」

 「おはようございます、ベルマさん。」


ベルマはいつも通りの様子だった。

寝起きのようで髪は少しぼさついている。


「準備はできたかい?」

「はい、昨日のうちに整理もしていたので大丈夫だと思います。自信はあまりないですけど」


ベルマはディアナが背負っている。控えめな膨らみ方のリュックを見て満足そうに頷く。


「あっちのほうにはここよりも物が揃っているはずだから、心配の必要はないよ。忘れ物があったときは送ってあげるから手紙でもだしなさい。」

 「はい。」


きっと、彼女が手紙を出すことはないだろう。

忘れ物などないことはわかりきっていて、この小さな村よりも今から行く街のほうが必要なものを揃えやすいという事実もあるだろう。

そんなことを思いながら彼女は自分とベルマが離れになることを実感する。

こんな風に会話をすることもなくなるだろう。自分が食事をつくり、食べてもらい、感想を言ってもらうこともないだろう。


そう思うと今までの自分の生活がかけがえのないものに見えてくる。

最後の朝食になるのだ。

気合をいれて作ろうと思った。

ディアナは調理場に向かい食材を選ぶ、いつも通りにしか作れない。

扉の向こうの廊下から足音が聞こえてきた。

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