第11話 昔話

「さて、何から話すべきだろうか」

腕を組み悩む姿勢をとるベルマだが、その表情は数分前よりも穏やかで落ち着いている。

そのことにディアナは安堵していた。


「本当ならこの話はディアナにはしないつもりだった。それは私がディアナにはいつまでもここにいてほしかったのかもしれない。」

「えっと、それはどういう……。」

「だから、これは私の自己満足のようなものだ。自分のこれまでのことをディアナに話し自分は間違っていなかった。そう思いたいんだ。そのことをどうか許してくれ。」


いつになく真剣な彼の雰囲気にディアナは黙って頷いた。


彼の表情からは覚悟が伺いとれた。自分もそれを受け取り真剣に話を聞くことが彼のためにもなるだろう。そう思いディアナは彼に後を任せることにした。


「少し長くなると思うが聞いてほしい。」そう言い彼は昔話を始めた。


「まずは、私の生まれの話をさせてくれ。私の生まれはここから、それなりに離れた場所にある町だ。町の名まえは『ラベルタ』というのだが、聞いたことはないだろう?」


 ディアナは静かに頷いた。一方で、ベルマさんがこの村の出身ではなく別の場所からきたという話に驚いてしまう。


 「町の様子は、この村とはまるで違っていてな、毎日のように街の外から人が訪れては様々なものを売っていたよ、住民も多かったし、それだけ物もよく売れたんだろうな。街のシンボルとしては大きな教会があったよ。黄金色の立派な鐘があってね、定刻になると時間を知らせるために鐘の音が町全体に響き渡るんだよ。」


 ディアナはそれを聞いて近くにある街のロゼリアを思い浮かべた。行ったことはないが人づてに話は耳に入っており、そんな賑やかな様子を思い浮かべた。


 「とても賑やかな場所だったんですね?」

 「まあ、一方で人同士の揉め事は多かったと思うがね。」


 ベルマはかすかに冗談っぽく笑ったが、無表情なディアナを見て顔を戻した。


「あるとき街を災害が襲ったんだ。誰にも止められなかったし、事前に対策する方法もなかったよ。」

 「地震とか、ですか?」


ベルマは首を横に振る。


 「いや……病気だよ。それも人から人にうつるタイプのものだ。建物は作り直せば元に戻るが人はそうはいかない。はじめは一人、子供が高熱にうなされて倒れたんだ。医者はいたが治療法はわからなかった。医者は必死に病原を探ったが一週間もしないうちに倒れた。二人目の被害者になった。二人とも一か月もしないうちに死んでいった。」

 

 ディアナは流行り病という言葉に馴染みはなかったがそれだけの説明で恐ろしいものだと感じた。


「そこからは早かったよ、日をまたぐごとに四人、五人と増えていって遂には町の半分くらいが感染しているという状況になったな、私の知り合いも何人か死んでしまった。」

「に、逃げたりはしなかったんですか?ま、街からでるとか。」


想像以上の事態にこわくなってきたディアナは食い気味にそう質問する。


「町から逃げ出したい人は大勢いた。だけどできなかった。王様が国を締め切ってしまってね。街の外に人を出さないようにしてしまった。」

 「そう……。ですか。」

しゅん……。と悲しそうにするディアナをベルマはうれしく思った。終わったことに対してここまで真剣になれる人間はそうはいないだろう。

(本当にやさしい子に育ってくれた。)


「あの赤い髪の人が来たのはそんなときだったんだ。」

 「赤い髪……。ですか?」


 自分の髪を触りながらそう呟く。自分と同じような境遇なのだろうと気の毒になる。


 「そう、ディアナのお母さんだ。」

 「え?」と驚きの声をあげて目を見開く。


 『私のお母さんって、いたんだ。』そんな考えが頭をよぎる。

自分は周りとは違うのだと思っていた、自分にはそんな人はいないといつしか思うようになっていたらしい。

よって、この当たり前の事実はディアナにとって意外なものであった。

 周りにいる子供たちは様々な理由を抱えていた。今いる三人も例外ではない。

例えば、家が火事になった、気がついたら知らない場所に捨てられていた、親とうまくいかず

家を出た。

 様々な理由があった。

しかし、そのどれもに親の存在を匂わせる部分がある。

 ディアナの境遇とは少し違っていた。だからこそ、この事実を不安に思う。

しかし、反面嬉しくも思った。


 「はじめは、みんな彼女のことを怪訝にしたよ。彼女が来る頃には人通りもほとんどなくて誰も町に入らなかった。それに何より、髪の色が赤かったからね。」


ディアナは「そうですか」とがっかりしたように肩を落とす。


 「でも、彼女は優秀な医者だったんだ。はじめは、ある男だった。症状を見て薬をつくるとその効能で次の日には体がすっかり良くなってしまうんだ。」


 それを語るベルマは『ふふ』と笑いとても楽しそうだ。


 「そして、彼女は初めに治した男と共に薬を町中に配り歩いたんだ。日を跨ぐごとに町は流行り病などなかったように活気を取り戻していった。」


 スケールの大きな話だったが気になる一部分をディアナが聞き流すことはなかった。


 「あの、話の腰を折るようなんですけど、その男の人って」


察しが良くて助かるよ、と笑いながら


「ああ、ディアナのお父さんだ。」

やっぱりと思うのと同時に胸が熱くなるのを感じた、今までに感じたことのない気持ちだった。

 「勇気のある男だったよ、あの状況で一人彼女の治療を受けることを許した。ちなみに私の

友人だったりする。」


 そこまでは予想外だったディアナはまたしても目を丸くした。

ベルマさんの話は常に自分の予想の上を行く、驚かされてばかりだった。


それから、ディアナは父のいろんなことを聞いた。母のほうはベルマもよくは知らないようでただ、『明るくよく笑う人』という印象のみでディアナは少し残念に思った。

そして一つ疑問が生まれる。

「それなら、私はなぜ捨てられたのでしょう。」


その言葉は頭に浮かんだ瞬間に言葉になった。

ベルマは言葉に詰まった。しかし、覚悟はしていた。

そもそもこの話が本題で一番言いたかったことである。


 「あるとき、こんな噂が広まった。」


さっきまでの空気をなかったことにするくらい重いトーンでベルマは話す。


「彼女、君のお母さんが元凶なのではないか、と。」


 理由はいくつかあった。彼女が薬の製法を明かさなかったこと、街の医者がお手上げだった病を数日で直してしまったこと。そして、髪が赤かったことだ。

 街から、病のほとんどが取り除かれ、余裕が生まれたころに流れ始めた噂らしい。

それを聞いた時、ディアナは自身のことよりも理不尽に感じた。

街をひとつ救っても、それだけの証拠も何もない、事実でもなんでもないことで私の母は吊るしあげられた。その事実が信じられなかった。


 「そうして、追われるように彼女は国を出るはめになった。父親は捕まり、後には君が残った。」

 「そんな私をベルマさんが拾ってくれた?」

 「君のお父さんに頼まれてね、どこか、遠くで育ててほしいと、泣きそうな顔でね、あんな顔を見るのは初めてだったし、友人の頼みを断ることはできなかった。以上が君が育児院に来ることになった理由だよ。」

 

話を一通り聞き終わり感傷に浸る。

だが、彼女はこれに対する、明確な返事をもつことはできなかった。


「ありがとうございます、正直、何を話していいかわからないです。初めてで、その複雑な気持ちです。」

「いきなり、こんな話をしてしまったんだ。無理はないよ。ただ、どうしても知っておいてほしかった。許してほしい。」


 そして、「すまなかった。」とベルマは思い切り深く頭を下げた。


「私があのときになにか行動を起こしていれば、君たちは幸せに暮らせていたかもしれない。」

「そんな、頭をあげてください。」


突然のことにディアナは動揺する。

それでも彼は続けた。

「私はずっと君に謝りたかったんだ。友人から君を託されたにもかかわらず、その責任を私は果たすことができなかった。日を跨ぐごとに君は成長していき、私の君への後ろめたい気持ちも募っていった。毎日のように嫌な思いをさせてきた。許してほしいとは言えないがせめて謝らせてくれ。」


ベルマが頭をあげることはなかった。

彼は自分の想いを好き勝手に話したのだ。

だからディアナは自分も好きに話すべきだと思った。


「私は、ここにいれてよかったと思います。小さい頃からここにいて、なにをするにもベルマさんが付き添ってくれました。嫌な思いをしなかったと言えば嘘になりますが、この場所は私にとって、とても優しい場所なんです。こんな私になれたのはベルマさんとここにいた、他の子達のおかげで、私はとても感謝しています。ありがとうございました。」


 ベルマは顔をあげ「ありがとう」という。

その声色は重しを外した時のように軽く、表情からは安堵が浮かんでいた。


「これを君に。」


それは、先程までベルマが眺めていた小さな箱であった。布地のやわらかな素材で包まれた外装から中にとても高価なものが入っていることは想像するまでもない。

 開けてみると緑色の大きな宝石を金の装飾で縁取ったネックレスが入っていた。


「綺麗……。」

「君のお母さんから託されていた。本当はずっと前に君に返すべきだったのかもしれないがその勇気は私にはなかったよ。」

「着けてみても?」

「ああ、君のものだ。」


言ってはみたものの付け方がわからなかった。

そのまま頭に通そうとするが入らない。


「貸しなさい。」


ベルマはネックレスの金具を外し、ディアナの背後からネックレスをかける。


(小さかった頃からは、想像もできないよ。本当に大きくなったな。)


かけられたネックレスを見るが自分からは全体像がわからない。


「どうでしょうか?」

「……とてもよく似合っているよ。」

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