15話 スーパーヒーロー活動

「はい、それでは今から第一回秘密のスーパーヒーロー活動を開始したいと思いまーす」


「イエーイ」

 青空の下、高らかに発せられた多喜たきさんの宣言に僕は拍手で花を添えた。


「えー、本日は誠にお日柄もよく、絶好のスーパーヒーロー活動日和となりまして。えー、そのー………なんでこんなことになったんだっけ?」

「もういいじゃないですか、その話は」 

 僕にだって、さっぱりわからないのだから。


ざっくりまとめると売り言葉に買い言葉ってやつだろう。売ったのも買ったのも僕一人のような気がしないでもないが、とにかく僕達は今、説明できない神秘的な過程を経て多喜さんの女子寮のすぐ横の公園にいる。

小さな公園だ。

遊具は鉄棒とブランコと滑り台が一つずつ、あとはベンチがあるだけのマンションの添え物のような三角の広場。


「ごめんね、海堂かいどうくん。わざわざこんな所まで来てもらって。電車賃をあげようね」

「いいですよ、僕が勝手に来たんだから。それより、今回対応する事案の予言をもう一度見せてもらってもいいですか?」

「ふひひひ、対応する事案?」

 口元に手を当てて肩を震わせる多喜さん、

「ごめんごめん、笑っちゃいけないよね。こっち来て。座って」

 僕の視線に気づくと、ベンチに導いて膝の上でノートを開いた。

「ぐうっ」

相変わらず不意に見せられると眩暈を覚えるような文字列だ。

僕は一度強く瞼を閉じてから、多喜さんの指が示す一文に焦点を合わせた。

 

 『ぴよぴよぴよ 鳥の巣が落っこちるよ ぴよぴよぴよ すぐ横の三角公園でぴよぴよの巣が落っこちちゃうよ ぴよぴよぴよぴよぴー 』


「………なるほど、これが今回の事案ですか」

 そりゃ笑いたくもなるわ。

「ち、ちなみに今回の……じ、じ、じあ……あははは……じ、事案の…だはははは! ……事案の場所はあそこね、ぐはははは!」 

だからって笑いすぎですけどね! 

指が震えてどこ指してるかわからないですよ。

多喜さんの指はブランコの横の公園樹木に向かって伸びている。

でも、鳥の巣って……。


「ありますか?」

「あるよ。ほら、あそこ」

「あそこ?」

「違う、あそこだって。違う、全然違う所見てるよ。もう!」

 焦れた多喜さんは僕のこめかみに人差し指をあてがい、

「ここ!」

 ぐいんと僕の首を動かした。


「あ、ほんとだ」

「あるでしょ。で、見て。グラグラしてる。今にも落ちそうになってるでしょ。わかる?」

「わ、わかります……」

 わかりますから、そろそろ顔にくっつけた指をどけてもらえませんかね。左のこめかみに感じる体温が妙に恥ずかしいんですけど。

「あと、右の枝にも巣があるんだけど――」

 右手も来た! 挟まれた!

「あれはもう空き家だから気にしなくていいよ。あれ、なんか海堂くん、顔熱いね」

熱くもなるわ、男なら。


ひざを折るようにしてずるりと多喜さんの指から逃れ、そのまま指差された木へと近づいていく。幹には人間が作ったと思われる巣箱が括り付けられていた。

木の板を張り合わせ丸い入口が穿たれた巣箱。鳥の巣箱と言われて誰もが一番に頭に浮かべるオーソドックスな木製巣箱、その三角屋根の上に鳥の巣はあった。


「いや、中、中! 中に作れよ。何で上に巣を作っちゃうかな」

「ね、面白いよね。わたしも見つけた時すごい笑っちゃって。写真撮っちゃった、ほら」

 三角屋根の上に巣なんて作ったら滑り落ちるに決まっている。事実、多喜さんの撮った写真と見比べてみても、ずり落ちが進行しているのが分かった。


「なるほど、こりゃいつ落ちても不思議じゃないですね。で、どうしましょう、これ」

「うーん、どうしよう」

 二人並んで巣を見上げる。

「結構高いですもんね、どうしましょう」

「どうしようかねー」

 二人並んで首を傾げる。

「落ちたら卵とか無事じゃすまないですよね、どうしましょう」

「どうしよー」

 二人並んで腕を組んだ。


「あ、雛出てきた」

「あの、多喜さん。これっていつもこんな感じなんですか?」

 耐え切れず、僕は傍らの多喜さんを振り返った。


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