16話 世は不公平

「あ、雛出てきた」

「あの、多喜たきさん。これっていつもこんな感じなんですか?」

 耐え切れず、僕は傍らの多喜さんを振り返った。


「ん? 何が?」

「いやその、やり方みたいなのって決まってたりしないのかなって思って。いつもの必勝パターンみたいな?」

「ないない、そんなん。いっつも現場を見てから決めるんだよ」

 そうか、意外に場当たり的にやってるんだな。まあ、予言の状況なんて毎回変わるんだろうし、無理もないか。


「そういえばいつ落ちるんでしたっけ、あれ」

「わかんないんだよ。今回は日付が書いてなかったからね。予言にもね、詳しい日付が付いてくるパターンと付いてこないパターンがあるんだよ。教えてくれる時は何時何分何秒まで言ってくることもあるね、まあ、滅多にないけど」

「やっぱり親切な予言はそうそうないってことですか」

「うーん、時間指定の予言が一概に親切とも言えないけどね」

 ふわふわの髪の毛を指に巻きつけながら多喜さんが唇を尖らせる。


「細かく教えられてる方がむしろ厄介な場合もあるんだよ。その時間までずっと待って、ちょうどのタイミングで動かなきゃいけないから」

「なるほど、そんなもんですか」

なんだか色々大変なんだな、スーパーヒーローってやつも。

「でも、じゃあ今回は時間指定がないから手っ取り早く巣を巣箱の中に入れちゃえばお終いってことですか?」

「いやいや。それじゃ巣が落ちたことにならないでしょ? それやっちゃうと多分その後に巣箱ごと落ちちゃうと思う。『落ちる』までは確定なの。わたし達がやるのは落ちたことによる被害を最小限にすることだから」

「そっかそっか。じゃあ、あれですか。例えば落ちても安全なように下にネットを敷くみたいなことですか?」

「そう。考え方としてはそっち。後は十センチだけ落としてキャッチするとかね。それだと落ちてはいるからセーフだと思う」

「ほほー、そんな手が。何か面白いですね」

「え、そう? 面白いの?」

 僕の言葉に多喜さんは不思議そうに首を傾げる。


「いや、面白がってちゃだめなのか。じゃあ、どうしましょう今回は。どっちの作戦で行きましょう」

「十センチかな。一人だと難しいけど海堂かいどうくんが手伝ってくれるならいけると思う」

「わかりました、十センチ作戦で! いっちょやったりましょう!」

「おー!」

 僕の言葉に多喜さんが笑いながら拳を挙げた。なんだかレクリエーションみたいで気分がいい。巣から顔を出した雛もピヨピヨと賛成を唱和してくれているように見えたのは、僕の気のせいだろうか。




「いたたたたたたたたたたた! あいたたたたたた! いたたたたたたたたた!」

 気のせいだった。めっちゃ怒ってた。

 親子総出で巣に近づく不審者への攻撃が凄い。

「大丈夫、海堂くん? 変わろうか?」

 僕のすぐ下で枝にしがみつく多喜さんがけろりとした顔が言う。

何でこの人は鳥に襲われないんだろう。一段枝を下りただけで天国と地獄じゃないか。

昔から僕はそうなんだ、動物に嫌われる。近所では子犬に吠えられ、動物園ではアルパカに唾を吐かれ、水族館では小魚が逃げる。多分、多喜さんはその逆なんだろう。

「お願いします、変わってください」

なんて泣き言が言えるわけもなく、僕は嘴の打撃に耐えながらもう一段枝を登った。


海堂くんのスーパーヒーロー活動デビュー戦、その作戦は極めてシンプルなものだ。先に登った僕が巣を落とし、ちょっと下で多喜さんがキャッチする。最初は雛や卵を安全な場所に避難させて巣だけ落そうとしたけれど、

「イタイイタイ! 嘴ってこんな痛いんか。いたたたた」

 親鳥の猛烈な迎撃のためそんな呑気なこと出来そうもなく。もうこのままいくしかない。


「届きました! 落としますよ、多喜さん!」

「ちょっと待って。雛が可愛い。写真とってもいい?」

「絶対後にしてください! いきます。三、二、一―――はい、落とした」

「はい、取った」

 僕は落ちた。

巣に触れた瞬間親鳥の最後の一撃を頭に受け、足を踏み外して落下した。

さいわい、うまく足から着地はできたけれど冷や汗をかくほどには肝を冷やした。

多喜さんは無事か?

 即座に枝を見上げると、

「はーい、今日からここが新しいおうちだよー。ぴよぴよぴよー」

 余裕の笑顔で巣箱に顔を寄せて自撮りをしていた。


 不公平だと思わんか、親鳥よ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る