14話豆鉄砲を当てる話

つまり、多喜さんは予言の内容を『低減』させたのだろう。


折れた枝が直撃すると予言された坂本の足を同じく折れた小枝で叩き、包丁が刺さると予言された伊鶴先輩の指を小道具のナイフでつつく。予言の名目はそのままに、被害の程度だけをごく低レベルなものに置き換えたのだ。


「すごいこと考えましたね」

「そう? ただ森田君だっけ? あの人の場合はいい方法が思いつかなくて」

「確かに。軽い火傷なんて負わせられないですからね。だから水をぶっかけたと」

「火傷にはとにかく水かなって。でもまさか海堂かいどうくんまで巻き込まれると思わなくて。大丈夫だった?」

「はい、僕はなんともないですよ」

「本当に? だって爆発したんだよ?」

「大丈夫ですって。ほらぴんぴんしてるでしょ」

「でも、怖かったでしょ? 夢に出てきたりしなかった?」

 それはまあ、正直出てきたけど。


「大丈夫だった? ごめんね。もっといい方法考えたらよかった。わたしあの時色々パニくってたから。ごめんね」

「いや、いいですって僕のことは。それより多喜たきさんの方ですよ。大丈夫なんですか?」

「わたし? なんでわたし?」

 ……いや、なんでって。


 目を丸くして唇をすぼめる多喜さんの頭上には、釣鐘よりも大きなクエスチョンマークが浮かんで見えた。

本当に何もわかっていないのか、この人は。

「だってその、多喜さんって、ずっとそうして来たってことですよね?」

「そうして来た?」

「だから、その、予言を使って人知れず陰ながらみんなを守ってきたってことですよね?」

「あはははは、何それ? 人知れず守るって、まるでスーパーヒーローみたいじゃん、わたし。あはははは」

 なんで、笑ってられるんですか。


「いつからやってるんですか、こういうこと」

「いつから? うーん、予言が変えられるってわかってからだから、やっぱり一年くらい?」

「……ずっと?」

「うん、ずっと」

 嘘だろ。一年も前からずっと? 誰に頼まれたわけでもないのに………。

「……ずっと?」

「うん、ずっと」

 誰にも感謝されないのに、むしろ変人扱いされるのに、嫌われることだってあるのに、一円の儲けにもならないのに……。

「……ずっと?」

「うん」

 たった一人で……。

「……ずっと?」

「あははは、しつこいな。何回聞くのよ」

 だからなんで、笑ってられるんですか。そんな、何の屈託もないような笑顔で。


「……なんで、そんなことができるんですか?」

「いやー、わかんないよ、わたしにも。ただここでセリフの練習してたらふわーって未来のことが言葉として浮かんでくる感じ?」

「そっちじゃなくて! 予言のメカニズムについて聞いたんじゃなくて! なんでできるんですか、そういう無償の人助けみたいなことが」

 一回や二回なら僕にもできる。多分やる。

でも、多喜さんはこの一年ずっとやっているのだ。変人というレッテルが学部中に知れ渡るくらい毎日、ずっと。


「んー、なんでって言われてもなー。だって、嫌じゃない? 知ってる人が痛い目にあったり苦しんだりするの、嫌でしょ。止められるなら止めたいじゃん。それだけだよ」

「それだけ……」

「うん、それだけ」

 それだけで多喜さんは。

ねえ、何が違うんですか。それってやっぱり、スーパーヒーローのやることじゃないですか。

「まあ、とにかくさ、わたしの自主練習にはそういう理由があるの。そりゃあ、夜は怖いし、坂を上るのは疲れるけど、夜のここでしか予言は降りてこないから。だから。もうしょうがないの。もう、わたしのことは気にしないで」

 あっけらかんとして笑う多喜さん。その笑顔は透き通っている分だけ悲しく見えた。


「いや、何言ってるんですか……気になります、気になりますよ、気になるにきまってるじゃないですか、無茶言わないでください!」

「えー、怒られたー。でも、これは止められないし」

「もういいですよ。止めろとはいいません。どうせ言っても止めないんでしょ?」

「うー、止めない。ごめーん」

 ごめんじゃないですよ。何ですか、その顔は。ウィンクしながら手を合わせたって全然謝意は伝わりませんよ。

「な、なんか、顔怖いよ、海堂くん。もしかして、怒ってるの?」

「…………」

 怒ってる? なるほど、確かにそうかもしれないな。

うん、そうだ。間違いない。

自分でもどういう感情の流れなのか全くわからないけれど、僕は今、猛烈に腹が立っていた。

「怒っちゃやだよー、海堂くん。笑って笑って。ニコニコ、ぶりーん」

 なんですか、そのポーズは。可愛いつもりですか?

「ほら、一緒にニコニコ、ぶりーん」

 可愛いですよ、悔しいですけど。でも場違いです。今じゃありません。

多喜さんの、この小憎らしい顔を変えてやりたいと強く思った僕は、意を決して口を開いた。


「わかりました」

「お、笑う気になった? いいね。じゃあ、いくよ。ニコニコ――」

「僕も手伝います。多喜さんのスーパーヒーロー活動」

「ぶりー……ええっ⁉」

 

どうやら僕のこの発言については、予言ノートは何も教えてくれていなかったらしい。

ざまあみろだ。


まんまと豆鉄砲を食らわせることに成功した。

  

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