愛してる



◆愛してる



「あぶないことはしちゃいけませんよぉ!」


 ボクと瑠姫子の間に入り、あたふたと腕を振る美しい女性。


「瑠姫子ちゃん! これはやりすぎですよ。それに私は向こうの世界の留守番を頼んだはずですよ?! それがなんでこんなコワイことになってるんですぁ!」


 涙が溢れた。


「パルフェさん!」


 最初のお隣さん。ボクにとっても優しくしてくれた人。


 お部屋の手続きや、バイト先のあれこれとか、社会的透明人間が生きるために手助けをしてくれた、美しいブロンドの、女神みたいなおねえさん。本当に、


「女神…………だったんですか?」

「あ、やっぱり覚えてますぅ? おねえさんのこと?」


 当たり前だ。忘れるはずがない。

 変わらず綺麗で、天然感あるれる人……女神。


「何で来たの!? ここはワタシの世界でしょ。勝手に入ってきやがって」

「管理をまかせたけど、ここはわたしが作った世界ですよぉ? 異世界管理者の新人だったわたしが、新たな異世界を作るためのその練習として作った世界ですぅ」


 パルフェさんは瑠姫子の剣幕におどおどしながらもハッキリ告げた。


「新たな異世界の、その練習として作った……?」

「最近は異世界も増えましたからねぇ、女神もその分多く採用されているんですよぉ? でも研修もそこそこに実地に投入されてしまってぇ……」


 女神の世界にも採用とか、研修とか、そんなのあるの?


「黙れよ、駄女神が」

「ひっ!」パルフェさんが頭を守るように身を縮めた。

「じゃあ瑠姫子は女神でもなんでもないの?」


 瑠姫子は舌打ちし、何も言わない。

 パルフェさんがそれとなく瑠姫子から距離をとる。


「わたしは異世界のデザインに困っていたんですよぉ。そしたらある日、自ら死を選んだ瑠姫子ちゃんがあるゲームを紹介し————」

「余計なこと言うな!」

「ひっ! ごめんね、ごめんねぇ? でもねぇ? この世界の運営を任せたとは言え、そんな危ないことをしとうとしてるの、おねえさんは看過できないの。神様は魂と異世界を管理する。誰かを救ったり殺めちゃ駄目なんですよぉ。たとえあなたがわたしの間違いで自殺を止めちゃった魂でもね?」

「だから余計なこと言うな!」


 バキン!

 部屋の太い石柱が折れた。折れた箇所はドットになっている。


「ワタシはこの世界の神! 絶対的な存在なんだよ! 自殺だとか間違いだとか言うんじゃねえよ! ワタシが生きてんのはアンタのせいだろが! 助けたら責任とれ!」


 石柱がパルフェさんに向けて飛んでくる。

 ムカムカする。


「パルフェさんを悪く言うな!」


 魔法を放つ。石柱はバラバラに砕けた。


「うるさいよ、出来損ないが。ワタシは悪くない。悪いのは世界。神様のせい」


 なんだよ、それ。


「じゃあ瑠姫子はなに?」

「だからワタシは、この世界の女神様」

「そう。ボクはここの魔王」

「あ、そう? でも残念。スケールが違うのよ? アンタらはレベル数百とか、そんなんでイイ気になってっけど、ワタシはね、アンタらの鑑定で見るところ最強ステータスなんだよ!」


 ボクは手を組んで、人差し指を向けた。


「そんな脆弱な魔法効かねえわ。教えて上げる。ワタシのステータスはねぇ! 全てぇ9千9百9十9だァ!! 分かる? 9999のフォーナイン。アンタのと比較してあげるわ。その差に腰抜かせ!」


 瑠姫子は鑑定スキルを使用したようだった。パルフェさんが「やめなさい!」と止めるけど、魔法で吹き飛ばしていた。パルフェさんには戦闘能力はないらしい。


「アンタのレベルは……」


 瑠姫子が言葉を継げずに、陸に投げられた魚みたいに喘いだ。開いた口から、空気ばかりが漏れて、言葉になっていない。


「炎のマナよ、集まれ」

「そんな……あり得ない! こんなことって!」

「極大ファイヤ!」


 派手な光を発し、炎の球体が瑠姫子を包んだ。


「アァァァーーーーーーー!」


 長い悲鳴が伸びて、やがて途絶えた。


「だからやめなさいと言ったのにぃ……」


 パルフェさんが泣きながら言った。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよぉ。ありがとう。見かけによらず丈夫だからねぇ。優しくて強い男の子になったのね、キルコちゃん……、いえ、キルコくん」

「あの」照れ臭くて、嬉しいのを隠しながら聞いた。「ボクのステータスって?」


 ぼとり――――。

 瑠姫子が、球体から落ちて、黒焦げで地面に横たわった。

 パルフェさんはボクの質問に答えながら、瑠姫子に歩み寄る。


「ああ。あなたたちの世界で鑑定は、HPは4桁。MPや攻撃力などは3桁、レベルは2桁までしか見られなかったでしょう?」


「はい」


「でもね、規格外の鑑定であなたを見ると、全てのステータスが、114106なのよ? それで頑張って力をつけてたあの子も、ショックで腰を抜かせちゃったのねぇ」


「え? じゅ、11万……?」


「そ。全部の値が11万越え。ほとんど引き出せてなかったみたいだけどねぇ。この数字、なんの数字か分かる?」


「いえ……」


「分からないわよねぇ」パルフェさんは微笑んだ。


「ポケベルだ!」

 答えたのはゴートマだった。


「ピンポーン! これはね、むかしポケベルっていう機械があったんだけど、今のケータイみたいにたくさんの文字は送れなくてね? 数字で暗号みたいなやりとりをしてたの。それでこの数字は、語呂合わせで言うところの、『愛してる』って意味なのよ」


 114106のステータス。


 愛してる?


「瑠姫子ちゃんは、望まれなかった子供だと嘆いていたけれど、違うのよね。全部を否定して、自分を不幸だと思って、呪って、恨んで……。止めたかったのに、わたしは力がない女神だから、こんなことに……」


 彼女は悲しそうに瑠姫子を撫でた。


「パルフェさん……」

「まだまだ新人だからねぇ。初めて異世界の一つを任されるとなってオロオロしてたところで、あの子を助けたの。でもそれは女神としてはご法度。それが弱みで、あの子にぐいぐいこられてというか、つけこまれてというか、異世界作りに協力させる流れになってねぇ」

「異世界って?」

「あなた、異世界マンガって読まない? それなのよ、簡単に言うと。わたしが担当になったのは、殺された人、殺した人が向かう世界の一つだったの。でも世界を作るのって大変でしょ? だから人気ゲームだという聖剣神話をモデルにしたの」


 パルフェさんは瑠姫子を愛おしそうに撫でる。


「これはね、自業自得というものだから。わたしはなにもできないわ」


 彼女の声や、瑠姫子を撫でるその手には、この上ないほどの慈しみがあった。

 ゴートマがパルフェさんに歩み寄る。


「あの、その異世界には、オレが殺させてしまった山田はいるのでしょうか」

「それは――――」


 パルフェさんが答える前に、ゴートマは氷の刃で体のあちこちを刻まれた。


「ごめんな、みんな……」


 ばたりと倒れるゴートマ。

 瑠姫子の仕業だった。


「この出来損ないの世界、ぶっ壊してやるよ。さぁほら、親友のとこに行きな。土井のおじさん」


 ゴートマは玉座に座り込むように倒れた。


「アッハハハハハハハハハハハハッ!」


 瑠姫子が高笑いを上げる。


「瑠姫子ちゃん! いけないわっ! 目に余るその行為、もう管理者の権限を剥奪します!」


 パルフェさんが似合わない鋭い声を発した。

 黒焦げになった瑠姫子は、じとっと湿った笑みを浮かべる。


「もう遅い。この世界の破滅にまきこまれて死ねや。ワタシは悪くない。みんなが悪い。ハズレばっかのこんな世界!」



 世界が歪んだ。

 ドットになって砕けた。

 ぐにゃりと折れ曲がって、くしゃくしゃになっていく。


 暗く、沈んでいく。


 ねぇ————やめてよ。八つ当たりって言うんだよ。

「うるさいよ。ワタシには願いがあるんだ。神になるって願いが」

 じゃあもっと優しくしなきゃ。

「崇められる存在になるのよ」

 神様として崇められたら幸せなのかな。

「生まれた時からチートのアンタにゃ分からない」

 違うよ。ボクは現世に追放された。チートだなんて、異世界転移の漫画じゃないんだから。

「アタシはきっと、転生を失敗した人間」

 みんなそうだよ。

 ねぇ。

「なんだよ。アタシの影を借りた出来損ないクン」

 ボクのチートのステータスは、キミに向けられた言葉だったんだよ?

「………………」

 愛してる。あの数字はキミのための言葉。

 聖神2からキルコが女の子になったのは、山田の言い訳なんかじゃきっとない。

 瑠姫子、キミのことをちゃんと見つめ直したからだよ。

「親父は非道な魔王。聖剣という成功に手を伸ばし、死んだんだ」

 世界を隔てるものなんかないよ。隔てたのは自分。

「認められない」

 じゃあ、ボクは譲るわけにはいかない。

「認めない」

 譲らない。瑠姫子、キミの名前はこのままボクがもらう。


 キルコくん!


 暗い世界でパルフェさんの声が聞こえた。

 彼女を探す。明るい人だからすぐ見つかった。さすが女神様。


「あなたを現世に送るわ。がんばるけどあなたも協力してね」

「みんなは?」

「かわいそうだけど、みんなはゲームのデータとそれにまつわる思い出の塊なの。現世の存在じゃないのよ」

「ボクもそうだよ!」

「わたしは駄目な女神だから、あななだけは助けたいの」

「闇黒三美神は? ボクと同じ、聖神世界出身だよ?」

「ごめんね。そんな余裕ないの。わたしは力の弱い女神だから」

「じゃあボクがなんとかする」


 パルフェさんは、おそらく反対しかけて、そして口を閉じた。


「あの偽女神はどうなるんですか?」


「あの子は……」パルフェさんは悩んだ。そして何かを信じるみたいな明るい顔で、「わたしがなんとかするわ」と答えた。


「せめて三美神だけでも、いや、駄目だ。みんなを脱出させなきゃ」

「帰れなくなるかもよ? いいの?」


 仕方ない。

 責任をとるのが、魔王様だ。


「はい。帰れなくても、やるしかありません」

「しょうがないわねぇ」彼女は歌うように言った。「おねえさんに力を貸してね」


 それから、意識を集中した。

 1人でも多くの勇者たちが、自分のゲーム世界に帰れるように。集中して、たどって、たぐりよせる。


 みんないろんな人の匂いがする。

 1人残さず、この世界のために闘ってくれた勇者たちを集める。


 みんなが、みんなの思い出として戻れますように。


 それからだ。あのお騒がせの闇黒三美神。あの3人は特徴的だかはすぐに見つかった。


 彼女らは現世に。みんなが待ってるボクの世界に…………送る。


 うまくいったかな。

 あとは残った聖神世界出身のみんなもどうにかしないと。


 送れるかな。どこか、壊れてない世界に。


 よし。


 あとはボク自身だ。

 世界が一点に収縮していくのが分かる。急がないと。


 けれど、もうとても疲れてしまった。


「パルフェさん?」

「なあに? キルコちゃん」

「ジャンプ、できますか?」


 縮まって、狭まっていく暗闇。


「どうかしらね。2人で力を合わせたら、どこかには」

「やってみましょう。女神様と、魔王で」


 出来損ないの小説はクシャクシャに丸められる。

 そんな捨てられてしまった世界からボクらは跳んだ。


 ジャンプした。


 暗闇をものすごいスピードで進んでいく。

 どこにいったらいいのか分からない。

 せめて、目標でもあればいいのに。

 誰かがボクのことを呼んでくれたら。


『キルコ、今日も窓から迷宮を眺めていたのか?』


 あ。


 お父さん。


 いや、山田の声。レームドフであり、山田であり、ボクと瑠姫子のお父さん。


 異世界の練習として作られた世界、そこに作られた、ボク。


 信じられないけど、でもボクは、ボクが信じた世界で生きたい。


 それだけだ。


『こっちだ、我が子よ』


 お父さんの声に従った。

 お父さんって殺されたから、その異世界ってところにいるのかな。

 じゃあボクはどこに行くのかな。


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