メッセージ



◆メッセージ



 西の棟を駆け回る。やべことレヴナには二人組で中央棟に向かってもらった。


 この入り組んだ城で人を探すのは至難の業だと唇を噛んだけれど、廊下の先、黒いゴートマが過ぎるのを見つけた。


 ボクはやべこたちに、西の棟に戻ることを命じて、ゴートマの後を追った。


 ゴートマは建物を破壊しながら進んでいた。

 彼を堰き止めているのは闇黒三美神。一番奥にメルがいる。


「ゴートマ!」


 そう叫んだ時、ボクの体は浮き上がり、宙で散々シェイクされてから、壁を突き破り、近場の部屋に転がされた。


 なんだ今の…………ゴートマの魔法?


 立ち上がったところにゴートマがいた。みぞおちを蹴られる。


「ぐぁ!」

 更に転がることを強いられ、続け様に炎の魔法をお見舞いされる。

 HPが高いおかげで、魔法の直撃にも耐えた。

 そして気づく。


 あれ、ここ……ボクの部屋だ。

 ボクが9歳、追放されるまで過ごした部屋だった。


「魔王はオレだ。オマエじゃない」

「いや、ボクが魔王だ」

「違う! オレが魔王なんだ。オマエなんかじゃないんだよ! 山田ぁ!」


 山田だって? 山田って、聖剣神話を作った、あの?



 思い出してきちゃったかぁ。

 じゃあもうアンタもお終いだねぇ。



 またさっきの声だ。

 闇黒三美神が部屋に入ってきた。その途端に、透明な力で彼らも反対の部屋まで吹っ飛ばされる。

 ゴートマの魔法じゃなさそうだった。


「いったい何の話をしてるの、ゴートマ」


 ゴートマの目には正気が戻っていた。それは黒焦げになる前よりもっと人間的な光だった。今彼はヒビ割れた水晶鏡を胸の前に浮かべ、ボクに向けている。


「キルコ坊や、生まれなかったはずのキャラクターよ。オマエはね、山田の勘違いの子供なんだよ。オマエは生まれなかった子だ」


 水晶鏡が光った。話に聞き入っていたせいで、魔法が間に合わない。


「ならば消えるべきだろう?」


 ゴートマはそう口にした。その口から血を吐いた。

 突然現れたメルがゴートマに剣を突き刺していた。切っ先が鏡に当たり、攻撃が跳ね返り、その斬撃が更にゴートマを傷つける。水晶鏡は割れた。


「オマエ、一体どこから……?」

「ゴートマ、アンタってさ、山田のコンビである土井の分身なんでしょ? それなのになんで隠し通路を知らないかな?」


 メルは隠し通路を通り、意識の外、警戒心の埒外から接近し、攻撃したのだった。


「オマエは何者だ」

「聖剣神話の大大大ファンで、キルコの友達!」

「聖剣神話、そうか。これはゲームだ。アイツはオレより出生し、ゲームでも魔王になりやがった。成功という聖剣を手にした。いつも2人でやってきたのに、アイツはオレを裏切りやがった」


 ゴートマは力なく倒れた。

 メルは折れた剣を捨て、ボクを抱え起こす。


「大丈夫?!」

「うん」

「良かった!」


 ぎゅっと抱きしめられる。

 ボクはいつもと違う気持ちになった。抱きしめ返そうとして、闇黒三美神の声に遮られる。


「早く逃げるぞ!」

「ゴートマが何かしたようです……」

「急いで急いでっ!」


 お城が揺れている。不穏な揺れ方だ。

 ボクらは一番近い出口、西門から外へ出た。


『キルコ君! 返事してくれ! おい! メルはどうなったんだよ! 頼むから返事をしてくれよ!』

『ちょっとワタベさん! 落ち着いてください! きっと大丈夫ですから!』

『まだメルに気持ちを伝えてないんだ! くそ! キルコー! 生きててくれー!』


 現世のボクの部屋が荒れている。


「もしもーし……。キルコ・デ・ラ・ジィータク・シュタインでーす」

『キルコ君!』

「おいワタベ。なんだよ伝えてない気持ちって。まさかアンタ、アタシのこと好きとか?」


 メルが挑発した。ため息が聞こえた。


『なんだ。生きてたのか。君の財産、もらおうと思ってたのにさ』


 ワタベさん、もしかしてメルのこと…………。


 今こんな気持ちを抱いていいのかと思うけれど、ボクはちょっと、焦った。


「メル」

 ボクはメルの名を呼んだ。

「なに?」

「じゃあ向こうに送るから」

 必要性はなかったけど、そうした。

「なに? 手なんか握って」

「こうした方が集中できるから」

 剣も魔法もない、あの町をイメージする。

「先に帰ってて」


 ボクのお城、みんながいる部屋だ。家賃12万円の駅から徒歩20分のボクの牙城。最近はいろんな人が出入りして、賑やかで、大好きな部屋。


「えっ? 一緒に行くでしょ?」

「やることがある」

「ちょっと、キル――――」


 メルをジャンプさせた。無事に送れた自信はある。ボクは魔王。これくらいヨユ――――、


『キルコ! なにカッコつけて残ってんだよ! 大将討ち取ったんだからもう終わったでしょうが!』


 うん。無事らしい。


『キルコ君。もう屍荒原もほとんど制圧してるよ』

「わかりました。じゃあ三美神は正門に戻って、みんなの加勢をして」

「オマエは?」

「ゴートマと、それから女神様と話してくる」

「女神様とは……?」

「誰のことっ?」

「とにかく、行って」


 ボクの強い口調に、三美神たちは従ってくれた。


「頼むから無理するなよ。頼むからさ」

「無事に帰ってきてくださいね……」

「わたしバッドエンドの物語って大嫌いだからねっ!」


 ちょっと前までは、王冠をめぐって闘う仲だったのに。


「うん」


 ボクは自分でも頼りないほど小さな声で、応えた。

 西門をくぐり、自分の部屋へと急いだ。




「ゴートマ!」

 ボクの部屋に戻ると、ゴートマはいなかった。

 王冠が落ちている。ボクは拾い上げた。

「………………」

 どうしてか被る気になれず、何の気なしに窓辺へ。


「あッ……!」


 ボクが散々なぞった死樹海迷宮が燃えていた。これが父の言っていた最終兵器なのだろう。罠にハマらない勇者は、炎と煙によって葬るというのが仕掛けか。


 寂しい気持ちで迷宮を眺めて、ある事に気がついた。

 ああ、これが、最終兵器兼、ある仕掛け……か。


 なおさらゴートマを探さなきゃ。


 初めに思いついたのは玉座の間だ。

 駆け込むと、ゴートマは玉座にしなだれかかるようにして倒れていた。


「ゴートマ、あの迷路を見た?」


 そばに駆け寄ってたずねた。彼は数秒の後、


「えぇ」

 と答えた。


 ボクは彼のそばに腰を下ろした。

 ゴートマに王冠をかぶせる。


「信じがたいですがね」

「そうかな」


 死樹海迷宮が燃えていた。お父さんの仕掛けはゲームをプレイしただけでは分からなかった。西の棟のボクの部屋からしか分からないんだ。

 燃える木々を繋げると、ある文字になっていた。


 ドイ39


 土井サンキュー。

 デジタルな、かくかくした文字でそう書かれていた。

 この世界はゲームを基に作られている。メルでも気付かなかった仕掛けがあった。

 レームドフが今際の際で城を壊し、燃やした死樹海迷宮。それをボクの部屋から見たと仮定して初めてそう読めるという仕掛け。

 古いRPGは視点が固定されている。聖神の場合は北が上で南が下。画面も小さいため、燃える迷宮の炎の位置など、普通にプレイしていたら分かるはずもない。


「思い出しました。この世界は、聖剣神話を模した異世界。オレはここに、山田と共にやってきた。8年以上前だ。しばらくゴートマであるうちに、忘れてしまいましたよ。ただ魔王になりたいだけの男。山田に嫉妬したゴブリン。オレのことは知ってますか?」


「土井さんですよね。山田とコンビの」


「そうです。学生時代からずっと、2人でゲームして、バイトして、バカ話して、そしてゲームを作ってきました。だからですよ、聖神1で、彼がリーダーとして選ばれたのがね、許せなかったんです。ケンカが増え、それでも仕事をしました。ケンカしながら出来上がったのが、聖剣神話1です」


「そうなんですか」


「山田はね、君の実の父と言ってもいいんですよ。この世界のレームドフは山田自身です。オレはゴートマで、土井。君は、この世界ができた瞬間からキルコだった。君は初めから8歳の少年だった」


 初めから8歳? そして9歳の誕生日を迎え、謀反が起こって————。


「あの、この世界は誰が作ったんですか?」


 ゴートマは……土井はボクを見て薄く笑った。それから宙を振り返るように仰ぐ。


「ねぇ女神様! そばで見ているんでしょう? これ以上引き伸ばしてもプレイヤーを焦らすだけですよ」


 沈黙があった。

 そして、諦めたように宙に光が瞬いて、1人の女性が現れた。

 彼女は、さっき聞いた声で話した。


「ネタバレしすぎ、土井のおじさん」


 彼女はコットン地のスウェットに身を包んでいる。いかにも寝起きみたいな、そんな格好だ。

 彼女が、女神様……?


「久しぶりだね、瑠姫子ちゃん」

「瑠姫子……?!」


 瑠姫子。

 四月一日瑠姫子。

 ボクの戸籍のお姉さん。


「そ。ワタシはね、アンタだよ。キルコ・デ・ラ・ジィータク・シュタインだよ、魔王様」


 彼女をとりまく空気で、ボクや三美神を吹き飛ばしたのは彼女だと理解した。


「ねぇ、この後どうすればいいー?!」


 瑠姫子は、伸びをするみたいに両手を広げた。


「あなたがこの世界を作った?」

「そう。ムカつく親父とその親友とかのたまうオヤジを懲らしめるために作った世界。ま、他に目的はあるけどー?」

「なんで? ボクの戸籍はあなたなんですか?」


 瑠姫子は戸籍上は30を越えているのに、20代前半のような若さをしていた。


「んー、知りたい? これから死ぬってなってても、知りたい?」

「はい」

「あっそう。バカらし。ワタシはね、山田の娘よ。となっているけれど、ホントはアンタの子供なのよね? ゴーーーートマさーん?」


 瑠姫子はゴートマを睨んだ。


「それは間違いなんだ。瑠姫子ちゃん」

「は?」

「キロピードのおかげで、今やっと思い出した。オレはキミらの家庭を壊した張本人だ。それは間違いない。そう、山田にこう言ったのが始まりだったんだ。『オマエの娘はオレと清美さんとの間にできた子だ』と」


 瑠姫子は不満げな顔で、「そうよ?」と相槌を打った。


「でも違うんだ。言えなかったけど、それは嘘だ。オレは清美ちゃんを遠くで見ているしかできなかった男だ。ただ真面目な清美ちゃんが泣き、うるさいワタヌキの爺さんが騒ぎ立てて、もう引き返せなかった。オレは山田を苦しめたいだけだったのに」


「嘘でしょ? アタシは本当にあのクソ親父の娘なの? アンタの嘘でウチの家庭は滅んだの? 嘘のせいで、アタシはアンタら2人に恨みを抱いて、ぶっ殺して、でこの世界にいるの?」


「そうだ。君の存在は正しかったんだよ。嘘はキロピードだ。オレと清美ちゃんとの間にできた嘘の子供。嘘によりこの世界に生まれた存在がキロピード。そしてキルコ、キミはね、本当は男として生まれるはずだった山田の子供なんだよ」


「違う!」

 そう言ったのは瑠姫子だった。


「お父さんは男の子が欲しかった。でも生まれたのは娘。でもそれじゃあアタシがかわいそうだから、言い訳みたいに聖神2はキルコを女にしてる。アンタは実は嘘ついてた? ふざけんなよ! じゃあ全てはアンタらのすれ違いから始まってんのかよ! ワタシがなぁ、どれだけ傷ついてきたと思ってんだよ!」


 ボクは、女神様にイライラしてきた。


「アンタらのせいだぞ! ワタシがこうなったのはよう! おい!」


「違う!」

 今度はボクが叫んだ。


「は? つくりもんがなんだって? アンタはただ8歳の男の子として……、本当は娘じゃなくて息子が欲しかったアタシの親父の願望から生まれたつくりもんの男の子なんだよ」


「山田は、レームドフは、男の子が欲しかった?」


「そうだよ! 知ってるだろ? キルコの男説。それは本当なんだよ。はじめは男の子として設計してた。でもゲームが出来上がる直前に娘が生まれた。つまりさ、ワタシはハズレだったんだよ!」


「うん。ハズレ、おめでとう」


「…………は?」


 瑠姫子は目の端を痙攣させた。

 ボクは静かに言う。


「生まれた環境に文句なんか言えないよ」

「生まれた途端、王族のガキが何言ってんだよ」

「今となってはそうだから言える。ねぇ、ボクは生まれた時から8歳だったんでしょ? そして追放されて、現世で寂しく暮らした」

「いや……」

「ねぇ、これってハズレじゃない? 女神様の言う、ハズレなんじゃない?」


 沈黙が流れた。

 瑠姫子の息遣いが大きくなっていく。

 ボクは見えない力で、壁に叩きつけられた。


「死ね」

「死んでたまるか!」


 マナを集めたところで、懐かしい声がした。


「待ちなさーい!」


 神々しい光と共に1人の女性が現れた。

 本物の王冠を久しぶりに見た時と似た感覚だった。


 ああ、本物だ……!

 本物の女神様だ!


 久しぶりです、パルフェさん。

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