また会えたら



◆また会えたら



 現世に戻ったのは日が暮れる頃だった。

 8時に龍田さんと会う予定だ。

 待ち合わせの少し前、駅前に行くとミワさんとばったり会った。

「ばったり」ミワさんは実際にそう口にした。「どこか行くんですの?」

「龍田さんと会うんですよ」

「あぁそうそう! だからわたくしも駅前に来たんでしたわ。忘れてましたぁ」

「誰と会うかも分からずに駅前に来たんですか」

「いえ、何をするかも分からずに来ましたの。駅に行けば何か起こるだろうって」

 まぁ駅はイベント発生率が高いかもしれないけれど……。

 時間を覚えていただけマルをあげるべきか。

 5分遅れて龍田さんはやってきた。「ごめん!」とスッパリ謝る。

 一行は歩き出さず、駅前にとどまった。「まだ誰か」来るんですかと言いかけて、

「ゴメン!」

 スッパリした謝罪の言葉と共に現れたのはなんとリビエーラだった。

「リビエーラ! 今までどこにいたの?」

 彼女は二丁拳銃を下げていなかった。古着っぽいシャツにジーンズ。ぱっと見ただの気さくそうなおねえさんだ。彼女は気まずそうに自分の肩を撫でた。

「いや、タッちゃんちに居候を……」

「そうそう。タコ部屋状態だよ、今のウチ」

「すし詰めですわねぇ。タコのおすし」

 立ち話もなんなので、鳥華族に入店。

 偶然にも上井君がボクらを案内した。

「ワタヌキさん、ご足労わるいね。どうしても会っておきたかったから」

「いやボクも龍田さんとミワさんとリビエーラには用があったから。むしろいっぺんに済んじゃってラクだよ」

 ボク以外はダンベルみたいに大きなジョッキでビール。ボクはミックスジュース。で、乾杯。

 こないだも乾杯したけど、やっぱり乾杯は楽しい。

「一応その、ワタヌキさんの送別会ってことで。マイコを辞めたのも寂しいけど、引っ越しもしちゃうんでしょ?」

「え? 引っ越し? いやそんなつもりはないですけど」

 戦地には赴く。

 たしかに生きて帰れる保証なんてないから、遠回しには引っ越しだ。

「そうなの? なんだよミワ。話がちげーじゃん」

「あら? わたくしとしたことが何かと勘違いしたようで」

「わたくしとしたことがって、常習犯のくせに」

 3人ともぐびぐびとビールを飲みながら話した。仲が良さそうだ。

「キルコ君、これさっきのお返し」上井君が串焼きを持ってきてくれた。「あっ、こないだはライブに来ていただき、ありがとうございます」

 彼はリビエーラと龍田さんに頭を下げた。

「いいえ、あれに行ってから気持ちが変わって、最近楽しいんで、むしろありがとうってカンジです。まぁ変な拾いもんしちゃいましたけど」

 拾いもんの本人はジッと上井君の名札を見て、「パリピなお名前ですわね」と言った。

「パリピ?」

「ひらがなで『うえい』だなんて。うぇーいってことですものねぇ」

 龍田さんは大笑いしていた。上井君は「あぁたしかに」と呟いた。

「すいませんね、ウチのアホが」

「いや、なんか元気出ました! ありがとうございます! うぇーい!」

「うぇーい!」

 愉快なオナゴ2人に見送られ、仕事に戻る上井君。

 リビエーラがやれやれと苦笑する。

 送別会は楽しく進んだ。3人の酔いも進んだ。

「ワタヌキさん、あと2週間したら、ネットにうちとミワの曲が挙がるから聴いてね」

「え? デビューしたんですか?」

「まさか。でも曲作って、録って、音楽のサブスクに誰でも挙げられるのよこの時代。審査が通れば、世界中の人が聴ける状態になるってこと。その審査が2週間」

「すごいですね!」

「誰でもできるんだって」

 そう言いながらも、龍田さんは誇らしげだった。

「リビエーラはなにか歌ったの?」

「俺は他にトリオを作るわけにはいかないから、見てただけだ」

「ああ」

 闇黒三美神、ね。

「楽しみですわねぇ」ミワさんが微笑む。それから思い出したように手をたたいた。「そうそう、忘れてましたわ」

「なに、ミワさん」

「そろそろ事が起きる頃ではないのでは?」

「事って……」

「貴方の眷属であるわたくしの力が、ものすっ……ごくぅ高まっておりますの。それは大きな変化があった証拠。何か起きるのでしょう?」

 言葉に詰まった。

「なにが? なんの話?」龍田さんがボクらの顔を見比べる。

「タッちゃん、キルコ君もわたくしもこの世界の住人ではないのですわよ」

「えー、急にSF? なんの冗談?」

 龍田さんは笑ったけど、ちょっと引きつった表情だった。

「その話は、外でしようぜ。店の中じゃまずいだろ」

 ボクらはお店を出て、ひと気の少ない路地に入った。

 それからリビエーラが口を開く。

「実は俺の方からも言わなきゃならないことがあるんだ。やっと決心がついた。タッちゃん、キルコ、俺は実はな――――」

 炎熱かわずリビエーラは、聖神世界についてと、自分の秘密を1つ話した。プルイーナとエクレーアは、その秘密を知っているのだろうか。

 龍田さんは酔いのせいなのか、顔を赤くしてリビエーラに詰め寄った。

「なんなの? 闇黒三美神って? 異世界って本気で言ってるの? ミワならともかくリビエーラまで変なこと言わないでよ。笑えないよ」

「ゴメンな。気持ちの整理がつかなくて、言えなかったんだ。でもやっと言えるようになったんだよ。それはタッちゃんのおかげなんだ」

「で、明後日がその異世界で魔王の座をかけた戦いがあるって?」

「そうなんですよ、龍田さん」

「急に変なこと……、信じてとか言う方がおかしいって。飲み過ぎなんじゃないの。信じられないし、嘘でも本気でも、なんか裏切られた気分。気分悪い。きぶん。きぶっ」

 龍田さんが突如として口を押さえた。

「ちょちょちょ! 耐えろタッちゃん! ここじゃだめだ! おいミワ手貸せ!」

「あらあらぁ~」

 2人が龍田さんを支える。

 普通は信じられないよね。せめて体験しないと。

 メルやワタベさんが稀有な人種なんだ。チーズカッターズも信じてくれたのは、数年かけてどこかおかしいと思ってたからなんだろう。その違和感の積み重ねがあったから信じてくれた。でも普通は違う。龍田さんは普通だ。ボクらはそうではない。

「キルコ、明日お前んち行くから! その……今更で悪いけどよ、俺も仲間に入れてくれ!」

「わたくしも行かないわけにはまいりませんわぁ。ではごきげんよう~」

 3人は夜の町へと消えていった。

 龍田さんに嫌われちゃったのかな。

 それは、やだな。

 こんなふうに別れることになるなんて。

 ボクは明後日、戦地に赴く。

 ボクはそのことを、死と結びつけたりなどしていないけど、その行為には、遠くへいってしまうという悲しい意味合いが感じられた。

 でもボクはもう覚悟ができている。

 ボクは全てを賭して、命も居場所も、仲間たちも懸けて、ゴートマと戦う。

 龍田さんとは、また話せたらと願うばかりだ。

 今までの暮らしの中でそういう人はたくさんいた。ちょっと話して誤解だらけ……またはお互いをほとんど知らないまま、別れていった人たち。

 元気でねと心で願って別れた。同い年ぐらいの子や、大学生の先輩とか。もう会えないのがさだめだと諦めていたけど、龍田さんは特別だった。また、会えたらいいなと、強く思う。

 ボクは大好きな町をゆっくりと歩いて帰った。

 2週間後の龍田さんとミワさんの曲がネットに挙がったら聴きたいし、3年後はみんなでお酒も飲みたい。下北沢はお店の興亡が激しいから、その頃には鳥華族はないかもしれないし、うぇーい君が引っ越しているかもしれない。

 とにかくだ。

 更に前向きな気分になれた。

 ボクの未来はバラ色で、楽しい想像しかできない。

 どうなるかは、明後日の決戦次第。

 楽しみとは違うけど、ボクは妙な高揚感を抱いていた。

 これが終わったら…………終わる。

 そしてやっと始まるのだと。


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