濁ったキヨシ



◆濁ったキヨシ



 ダートムアでの大きな動きが王都にまで波及した。

 国の長の耳にまで届いてしまった。

「王都? 綺麗なとこだよ」

 レヴナが言っていた通り、王都は整備の行き届いた街だった。

 ハデな王城を中心にして、同心円状に街づくりがなされている。

 ボクはぴよきちさんと、王の御前にいた。

「世界の破滅を目論むゴートマとの決戦があるとな?」

 王都のギョージ王に謁見。

 王というだけで緊張して、先ほど食べたばかりのグラブクラブというカニの魔物のパエリアを吐きそうだ。

「はい。決戦は明後日です」

 緊張する。ぴよきちさんも隣で青ざめた顔をしている。王都で職務質問され、狼狽しているところを捕まったらしい。

 たまたまそこをボクが通りかかって、知り合いだと言って助けたら、「心配だから」とこうして謁見にも来てくれた。

「場所はどこじゃ」

「決戦の地は前魔王レームドフの城です」

「なるほどのう。実は新魔王城付近で魔物たちが騒いでおると報告もあってな。わしは、これはなにか事が起こる予兆だと踏んだんじゃ。数年前に真の勇者たちを滅ぼしてから、やつらに大きな動きはなかったからの」

 真の勇者とは、聖神世界に元々存在していた勇者パーティだろう。聖剣を手にレームドフを倒し、逆にゴートマに倒された。

「それでの、キルコ・デ・ラ・ジィータク・シュタイン。おぬしにはわしの軍門に下ってもらうことにした」

「はい?」

 予想だにしないことだった。

 ギョージ王は王冠の据わりが気になるのか何度も頭に手をやった。デザインの悪い王冠だ。

「当然であろう? おぬしはわしの王都出身の若者たちを勝手にスカウトし、勝手に戦力としておるのだから。なぜタダで使えると思ったのか、不思議で仕方ない。王都はわしの物。王都の中の物もわしの物じゃ」

「いやしかし……」

「いやしかしも高利貸しもないわい! 王に口答えするとは何事じゃ!」

「す、すいません」

 この高圧的な物言い、なんか覚えがある。

「キルコ君、なんかこいつさ、レヴナが憑依させてた人に似てるよな」

「あぁ、ワタヌキキヨシさんだ」

 そうだ。あの人にそっくりだ。声も似ている気がしてきた。いや、そのものだ。

 戸籍上はボクの、四月一日瑠姫子のおじいちゃんにあたる人。

 ギョージ王。ギョージとキヨシ、字面も似てる。ひょっとすると王様のモデルはおじいちゃんだったりして。

「なにをぶつぶつ言うておる! 今日中に兵隊どもをわしの兵舎に連れてこい、馬鹿者が!」

「キルコ君、頑張れ。ちょっと力が弱まってるよ」

「力が?」

「そう。あんなやつの言うこと気にするなよ。堂々としてくれ」

 ぴよきちさんが王の叱責にびくびくしながらボクに言った。

「そうだよね」

「あーそれとのぅ、見捨てられし村ダートムアの再建ごくろう。あの村もわしの王都の者を使って建てたので、当然――――」

「王様」

「王たるわしの言葉を遮るでない! 一昔前ならそれだけで即刻打ち首であるぞ!」

 ボクは沈黙の間をおいてから言った。

「王様の要求は飲めません。ボクも王です。レームドフを継ぐ魔王です。交渉ならお話もしますが、これはそうではない。一方的な要求などちゃんちゃらおかしい。ボクらを軽んじないでいただきたい」

「なッ! なんとッ!」

 怒髪上がりて冠を衝く…………ギョージ王の頭に乗っていた王冠が床に落ちた。

「この者たちを引っ捕らえい! 引っ叩け! 市中引き回しの刑に処せィ!」

 王の怒声により、ぞろぞろと兵隊たちが現れる。それぞれ大きな剣やら槍やら斧やらを装備した屈強な大男だ。

「あぁ、どうしよう……。王様にたてついちゃったよ。武器も前の部屋にとられちゃってるし、ヤバいよ、どうしよう」

「大丈夫な気がする」

「何言ってんの。王都騎士団だよ? 聖神のストーリー終盤に闘う奴らでレベルは50以上」

「ぴよきちさんのレベルは?」

「え? えっと、推定180だけど」

「君に決めた!」

「えー!」

 騎士団員が一斉に襲い来る。

「しょうがないなぁ……」ぴよきちさんはボクの前に立った。

 姿勢を低くし、高速で敵の間を走り抜ける。

 連続する打突音。団員たちが宙で踊り狂った。

「ぴよきち奥義、『軍鶏しゃも』!」

 騎士団員が床に落ちる。

「すごい! ぴよきちさんだって強いじゃないですか! なんですか今の技? あんなの攻略本には載ってませんでしたよ。まさかマレーシアの地で?」

「いや、テキトーに暴れた」

「えー」

 背後に殺気を感じた。咄嗟に身をひるがえし、尻尾を急伸させる。貫いちゃうから先は尖らせずに丸めた。怯んだ敵をぴよきちさんが追撃。

「ぴよきち奥義、『烏骨鶏うこっけい』!」

 強烈なカカト落としが決まる。これで全団員を倒した。

「それは?」

「今のもテキトーに」

「えー」

 今までぴよきちさんの戦闘力は未知数だった。ちゃんと闘えるのか心配していたけれど今ので安心した。ボク自身も成長を感じる。

「おいッおぬしら! これがどういうことか分かっておるのか! 反逆じゃ! 宣戦布告じゃ! タダでは済まさぬからな!」

 ギョージが壁のスイッチを押した。

 床がパッカリと開いて、ボクらは遥か下へと落ちていった。

「うわああああああああああ!」

「ぴよぉおおおおおおおおお!」

 臭くてドロッとした水の中にダイブ。

 汚ない! 臭い! 不潔!

 水面から顔を出し、吸い込んだ空気も、汚くて臭い。ぬめっとした通路へと這い上がる。

「ねぇ、これもストーリーにあるんですか?」

「うん……ごめん、忘れてた。でも君も攻略本読んでたんじゃないの?」

「忘れてました。遠い昔の話だと思って」

 そこは下水道だった。

 迷路のような構造の暗くて汚ない道を2時間かけて踏破し、明るい外の世界へと生還した。

 道中、魔物たちに襲われたけれど、ぴよきちさんがテキトー拳法で撃退。

 ドロドロのボロボロでダートムアに戻ってきたボクらを見て、レヴナは、

「王都ってそんな汚かったっけ?」と言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る