無職一日



◆無職一日



 翌朝、八月七日。寝坊した。

 起きたらタイムカードを切る10時数分前なので肝を冷やした。


 あ、だけどもう、遅刻することはないんだ!


 ボクは仕事を辞めなのだ。昨夜の社長の顔がフラッシュバックする。

 おっかなかったなぁ。


『バイト辞めたってホント??』


 龍田さんから連絡が来ていた。返信をしておく。

 決戦前に、一度会えたらいいな。


 ワタベさんは、10時半にやってきた。


「バズったよ」


 彼はボクが聖神世界の食材で作った五目炒飯を食べながら言った。


「昨日の夜にアップして、数万件のいいねやライク、拡散。破竹の勢いだね」


 ノートパソコンの画面をボクに見ながら、「この炒飯うますぎるな」と呟く。


「こんなに撮ったんですね。あ、ラッシーもありますけど、飲みます?」

「ありがとう。いただくよ」


 画面上にはたくさんの写真が整列していた。

 コメント欄には、


「可愛すぎる!!」

「ゲームの世界からそのまま来たみたい」

「この子の誰ですか?! 情報くれー!」

「天使かよ。いや魔王か」

「キルコ魔王ばんざい!」


 などといったものがたくさん。

 その中に、ボクとメルが並んで写っている写真がある。コレは? とボクはたずねた。


「ちょっと加工して、2人を並べてみた。平和な世界に生きたキルコ魔王と、メル扮するそうではない聖神2の魔王。あいつのSNSに載っけて、そっからの拡散もすごい。さすがやべこ、そしてキルコ君」


「狙い通り、聖神世界に勇者たちが流れてくれれば、こっちの軍勢に引き込める」


「キルコ君のはこれが一番人気あるね」


 ワタベさんは一枚の写真を拡大した。ボク一人で写っているもの。もともとのゲームで着ていたものとそっくりの衣装で、『聖剣神話をプレイして』と書かれたボードを掲げている。恥ずかしそうに顔の下半分を隠しながら。


「かわいい……」やべこがこぼした。


「ですよね? で、軽いストーリーというか、キャプションをつけててね。聖神世界が危機に瀕してるってしてみた。なんか、聖神でキャラクターデータが消えてるって現象があちこちで起こってたみたいで、それも利用した」


「ゴートマに勇者をとられた人たちだと思います」


「だろうね。さっ、じゃあ昼間の撮影と参りましょうかぁ~」


 食べ終えたお皿を洗いながら、彼は大あくび。


「そうだ、ちょっと疑問なんだけど、ゲームの中では敵……魔物が尽きることってないけど、ゴートマ軍の魔物も無限に湧くとかないよね。どう、戦士やべこさん」


「それはないと思います。ゴートマが使うのはあくまでゲーム世界とは別の、聖神世界にいる魔物ですので」


「でもさ、現に勇者たちはゲーム世界のデータなんだよね? あっ、いやゴメン」


 話している相手がそのゲーム世界からやってきた人であると気付いて、彼は口をつぐんだ。


「大丈夫です。私のことはお気になさらず。理由は分かりませんが、ゴートマはゲーム世界から魔物を引っ張ってきたことはありませんね」


「なるほど、ありがとう。理由は分からないけど、幸いだね」


 聖神2から勇者も引っ張ってきてないし。


「ゴートマは本当の魔族ではなく、あくまで名有りの魔物、ゴブリンです。勇者1人に隷属魔法をかけるのも、現世とあちらの送受にもかなりの魔力を使うんです」


「コストに見合わないってことか。聖神世界で殖やせるのにわざわざ他所から魔物を呼ぶのは」


「だけど、王冠の力を得た今、それも可能なんじゃ?」


 ボクは不安を口にした。


「それはないと思います……」客間からプルイーナが出てきた。


「そうそうっ。ゴートマね、すごく油断してると思うよっ? かつての側近のわたしたちが言うから間違いないっ!」


 エクレーアが冷蔵庫を開け、中を物色。日に日に図々しくなってくる闇黒三美神の2人。


「2人は今日は?」ボクはたずねた。

「リビエーラを探しに行きます……」

「やっぱりわたしたちは3人そろってなきゃねっ」

「そうか。じゃあボクらは向こうに行くけど、戸締まりちゃんとしてね? 火の用心ね? 車に気をつけてね?」

「りょ、です……」

「おけまるっ」


 大丈夫かな……。


 2人を置いて、ワタベさんと聖神世界にジャンプ。



 聖神世界も季節は真夏で、炎天下の中、撮影を行なった。


「はい笑ってー」

「にこっ!」 


 カメラに映らないところから、レヴナが氷魔法と風魔法を使って冷たい風を送ってくれるも、日差しが暑いのなんのって。


 でも、これも戦力を増やすためだ。


 レヴナが言うには、新しい勇者が増えてきているとのこと。


 ストーリーの始まりの街、王都にぴよきちさんやハナコさんを向かわせたらしい。王都はヤジキタと近くはないが、大きな街道で繋がっている。


「王都って人が多いんだよ。主人公戦士のツラをしたやつもたくさんいんだ。だから、なんでプレイヤーが操作する勇者って分かるんだ? って聞いたんだよ」


「うん」


「したらあいつドヤ顔で、『そりゃ分かりますよ。えぇ、見たら分かります』だとよ」


 さすがひよこ鑑定士レベル100越え。


「まぁハナコなんかはさ、戦えそうなやつをどんどんスカウトしてるみたいだけどな」


「聖神世界の住人?」


「おう。世界の危機って話したら、力になってくれるってやつも、結構いるとかでさ」


「助かるね」


「ちょっと写真を確認するから休憩で。その後レヴナさんや他の皆さん、いきましょう」


「は~~い」


 レヴナがニコニコしながら返事をした。今日は聖神で扱える全ての職の勇者を撮るらしい。イタコ職のレヴナの写真もなかなか反響があったみたいで、そうすることにしたとか。


 撮影を終えたらすぐに訓練。

 ワタベさんは現世に送る。一旦現世に送った時、丁度プルイーナとエクレーアが部屋に帰ってくるところだった。


「いませんでした……」

「お昼ご飯食べに戻ってきたよっ」

「そう思って向こうからご飯持ってきたよ」

「さすが我らが魔王……」

「毎日おいしいご飯にありつける幸せっ」

「でもエクレーア、帰ってきたらランドセルをおろしなさい。あと手洗いうがいを」

「えぇ~~っ」


 エクレーアの大きな殻は未だに玄関の外に置いてある。エクレーアはこの頃、殻ではなく中古のランドセルをしょって町を歩いているらしい。スク水でランドセル、かなり危なっかしい出立ちだ。2人は何度かナンパされていると言う。その度に、ご飯をおごってもらい、さりげなく魔法で撃退しているとか。


「お願いがあるんだけど、2人にボクの魔法のお稽古をつけてほしいんだ」

「そんなことならお安い御用ですよ……」

「スパルタでいくよっ」


 レヴナも魔法は得意だけど、氷魔法と雷魔法は2人から教わりたかった。


「2人は聖神世界の魔物なのかい?」ワタベさんがパソコンから顔を上げた。

「そうです……名有りの魔物ですよ……」

「こう見えて強いんだよっ?」

「そうなんだね。ヤマタノオロチの氷属性のプルイーナさん。それからスラッグソニアのエクレーアちゃん」

「よく何の魔物か分かりましたね……」

「かな? って思っただけだよ。僕も聖神はやりこんだからね。ところでさ、キロピードっていうのは何者なの? 闇黒騎士キロピード」

「それが分からないんです……」

「そういうのをおくびにもださないんだよっ」

「そうか。魔物の種類が分かれば弱点をつけるのにね」


 ワタベさんはパソコンに視線を戻した。


 その後、4人で遅いお昼ご飯を食べ、再び聖神世界へ。


 氷魔法と雷魔法を教わった。といっても、最低級のものもろくに習得できなかった。


「アイス!」氷魔法はミゾレみたいなものしか出せなかった。


「エレキ!」雷魔法は強めの静電気だった。


「落ち込まないでください……」

「普通ねっ? 魔法っていうのは数日で覚えるものじゃなくてっ、ちゃんと知識を蓄えて毎日練習してやっとできるようになるものだからねっ!」

「三日後に決戦なのにこんなんじゃ……!」


 自分の中にある力がムクムクと膨れ上がるのは分かるのだけど、それを使いこなせない。お父さんやお兄ちゃんたちと同じ力を感じつつあるのに、その魔力の激しさと繊細さを扱うにはどうしても経験が足りない。


「ファイヤ!」

 も、燃え上がるというよりかは小さな爆発が起こるだけ。


「心配すんなよキルコ」

 レヴナが手に小さな竜巻を回しながら慰めてくれた。


「魔法が使えないから、剣が振れないから、その代わりに俺らがいるんだろ? 信用しろよ。そして魔力を注いでくれ。ゴートマなんてタコ殴りにしてやるからよ」


「……ありがとう」


 4106と、HPが高いくらいしか取り柄のないボクがたった数日で敵大将と渡り合う力をつけるのは、現実的に不可能だろう。攻撃や、魔法防御、素早さといった他のステータスも106から変化がない。


 山田瑠姫子という山田の愛娘がモデルのボクは、山田の強い思いではっきりとステータスが固定されてしまっているのかもしれない。


 メルの予想では、106で富む。娘にお金持ちになってほしいなんて願いなのだろうか。 


 そうだとしたら、今のボクには足かせだ。今のボクは強くなりたいんだ。


 体さばきとしては日に日に良くなっているみたいだ。数字で能力を表されても、それに心と体がついていってないのだろう。ボクはきっと、106の強さも発揮できていない。


 やべこは今朝、攻撃力が005になったと興奮していた。今までは百の位が9だった。だから上2桁が00となるとそれはつまり、値が4桁に突入したことを意味する。


 ボクにできるのはとにかく魔王としての自覚を持ち、己を奮い立たせ、勇者のみんなに魔力を供給するぐらいだ。やべこやレヴナを筆頭に、既に規格外の勇者は多くいるらしい。


「キルコ様、本日体調はいかがですか?」

「悪くないよ。なんで?」

「決戦も間近なので。今日は恐れ多きも――――」


 やべこは夕方の訓練でボクに深々と頭を下げた。


「殺す気で教鞭を執らせていただきます」


 聞き返さずにはいられなかった。


「殺す気?」

「はい。しかしレヴナに協力してもらい、防御を完璧にしてもらいます。命懸けの闘いにおいて、相手に殺意を向けられることに慣れていただきたいのです」


 ゴートマと対峙した際、雰囲気に飲まれて動けなくなるのは最悪だ。命を賭した闘いで、それはまさに命取り。やべこはとにかく慣れろと言う。


 訓練場にはボクと、多くの低レベルの勇者が集められた。

 木刀を握ったやべこから凄まじい圧を感じる。これが殺気なのか。味方として彼女の背中を見ている時は心強かったのに、立場が逆になった途端、受ける印象も覆った。


 恐ろしい。


「真面目なやべこは殺気も真面目だなァ」


 レヴナが108の数珠を展開させる。こちらも鋭い闘気を練り上げていた。やべこと対峙したから分かるが、レヴナがやべこに向けている気もまた殺気であった。


「やべこよぅ、本気でいいぜ。全部防いでやるからさ」

「頼みますレヴナさん。皆さんも私を殺す気でかまいません。とにかく生き延びてください」


 やべこが握る木刀に火がついた。同時に彼女の姿が火花を残して消えた。


 訓練場のあちこちで激しい衝撃音が上がる。数珠が勇者たちの身の回りを踊るように飛び回り、時折り明滅する。音はその際に発せられていた。目にも止まらぬやべこの攻撃をレヴナの数珠が防いでいるんだ。


 渡された剣を振ろうにも相手が見えない。いや、見えないからじゃない。

 ボクらの間を駆け抜けていく殺気に圧されているのだ。

 触れるだけで出血しそうな、その鋭い気迫に。


 ミワさんにカエルにされて、蛇の魔物に睨まれていた時と似ている。

 固まってる場合じゃない。とにかく体を動かすんだ。剣をふるんだ。


 やべこを捉えるつもりは毛頭なかった。力量の差は分かる。ただボクは立ち込める殺気に向かって思い切り剣を振り下ろした。


 眼前で炎が弾けた。剣の向こうにやべこがいた。ボクの剣を木刀で受け止め、微笑んでいる。


「その調子です」


 ボクに倣って、周りの勇者も恐怖の硬直から抜け出して、剣を振り下ろす。やべこはそれらを受けていく。あちらこちらから煙が上がる。やべこが止まった頃、燃えていた木刀は焼け焦げ、ばらばらになった。


「以上です。お疲れ様でした。どなたもケガはされてませんね」


 晴れやかな顔のやべこを見て、これでよかったんだと安堵する。

 その後も指南役の勇者を交代していき、ボクを含め低レベルの勇者たちは特訓を続けた。


 夕方は息抜きだ。訓練場を後にし、エンタメ性の溢れるダートムアの繁華街へ。

 中央広場でさまざまな出し物が催されている。

 いつ行っても退屈しない場所だ。

 主人公勇者の格好をした人が多いのは、ぴよきちさんが勧誘してきたからだろう。皆一様に、物珍しそうに歩き回っている。メルがやべこをコントローラーで操った時のように、彼らの向こうにはプレイヤーがいるのかもしれない。


 ゲームのストーリーから逸脱してこんなところに連れてこられるのだから、プレイヤーたちら困惑と興奮の渦中にいるに違いない。アプリやオンラインゲームと違い、聖神みたいな古いゲームに新しいイベントなど起きるはずがないのだから。


「あのぅ……もしかして」


 大道芸人のステージを見ながら、ブルボーアという牛なのか豚なのか猪なのか判然としない魔物の串焼きを食べていると、後ろから声をかけられた。


「キルコ……君ですか?」「ばか、んなわけないだろ」「でもドット絵でもそう思える」


 芸人職の勇者が3人並んでいた。


「もしかして、ルールおぶチーズカッターズのお三方ですか?」


 彼らは大いに驚いていた。なんだか顔も彼らに似ている。

 ボクはザッと、おおまかに、物語のあらすじを話した。

 昨日はうちでゲームしていた3人だけど、今日からは自分らの部屋に戻って、中古のゲーム機を買い直して(お金は払わせてもらった)、聖神をプレイしてくれていた。


 今までコマンドバトルや、誕生日会と参加してきた彼らだけど、ここでようやく超常的な現象に驚いているようだった。遅すぎないか? とも内心思うけど。


「芸人の3人で冒険ってキツくないですか……? 攻撃コマンドほとんどないんですよね」


「いやぁでも」「おれら芸人だし」「そこはゆずれないなと」


 聖神は4人のパーティで冒険するから、4人目に加入するキャラは大忙しだろう。


「ありがとうございます。こんな変なことに協力してもらって」

「いいよ」「楽しいしね」「夏が見せた夢だと思っておくから」


 それから一緒に串焼きを食べた。ラッシーをふるまった。4人でステージを見て過ごす。


 お隣さんより、距離が近くなった気がした。ネタを見ている時よりもよく笑った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る