第30話「戦慄の槍」

「おじさん、何を言って——」

「今すぐだ! 早くしろッ!」


 これまでにない怒鳴り声に夢月むづきは反射的に肩を震わせ——コントロールを光一に委ねた。自分はサブシステムの管理に回ってしまった格好だ。


 勝利を確信したベゼルの笑い声と、金属の軋む音、そしてコクピットからのアラームが不協和音を生み出している。


 だが光一の、操縦桿を握る手には震えひとつなかった。


『はははッ! このまま握り潰して——』

「調子に乗るなよ、小僧」

『——はッ?』


 マヒルガの手がわずかに硬直した。


 光一はまず、両手の槍を手放した。


『えッ!?』とベゼルが驚く間に——光一はヨルワタリの両腕を、マヒルガの腕の関節に突きつけた。自分にもダメージが及ぶ危険性にも構わず、零距離で〈ヤリダマ〉を連続射出。〈ヤリダマ〉が次々と爆発し——マヒルガの肘から先が千切れ飛んだ。


『なんだとぉッ!?』


 両爪を失ったマヒルガを足蹴にし、頭部に残った爪を強引に引き剥がす。


『貴様ッ!』


 アサヅミの光弾が迫る——


 両翼を最大まで展開。光弾目がけて槍つきのワイヤーと、〈ヤリダマ〉を斉射。貫かれた光弾は空中を黄色く彩り——数が減ったところで、光一はフットペダルを全力で踏む。


 アサヅミ目がけ、背部の大槍を手に持って。


『馬鹿をしますねッ! そんな取り回しの悪い武器で!』

「それはどうかな?」


 言うや、ヨルワタリはその大槍を、思いきりアサヅミに投げつけた。


『なッ!?』


 アサヅミはとっさに両腕でコアをかばい、かろうじて弾き飛ばす。


 落下していく大槍の柄に、ワイヤーが巻きつく。


 引き上げた大槍を再び手にしたヨルワタリは、接近戦を仕掛けた。


『おのれッ!』


 アサヅミは腰から剣を引き抜き、応戦。


 大槍と剣がぶつかり合い、連続で火花を散らす。光一は最小限の動きで、アサヅミの剣戟をすべてさばいていた。コクピットから外が見えているいうのに、光一の操縦には迷いも怯えも震えもない。


 そればかりか、挑戦的な声を発した。


「どうした? さっきのは撃たないのか?」

『——! その声、イレギュラーですかッ!』

「そりゃそうだな? 自分も巻き込みかねないしな? だったら——撃たせてやるよ」


 大槍でアサヅミの剣を上方に弾いてからの、前蹴り。


 すんでのところで剣で受け止めたアサヅミ——リューズは怒りをあらわに叫んだ。


『イレギュラー風情が……よくも私に、やってくれますねッ!』


 肩から光弾を浮かべるが——それとほぼ同時、光一は〈ヤリダマ〉をアサヅミの両の肩部に撃ち込んだ。


『——ッ!?』


 肩の宝玉に突き刺さった複数の〈ヤリダマ〉が爆発。装甲の一部が剥離した上に、バランスを大きく崩す。


 両肩を破壊し、ヨルワタリは大槍を構えたが——


『調子に乗ってんじゃねぇぞ、こらぁッ!』


 下からベゼルのマヒルガが、両爪を振りかぶってきていた。


 光一はわずかに身を反らしただけで——マヒルガの一撃は、虚しく空を切った。


「なるほどな」


 破壊したはずのマヒルガの両爪が復活している。それにアサヅミの肩部も、徐々に元通りの状態に戻っていく。


 ワイヤーを飛ばし、先ほど手放した中型の槍を二つとも回収。腰部のラックに戻し、光一はモニターのひとつ——敵の状態の確認をした。


「時を司る存在ならば、ダメージを元通りにするのも、奴らにとってはたやすいことか」


 再生能力を持つ巨人が二体。


 普通ならば勝ち目は薄い。


 それでも——光一の口調はあくまでも変わらない。


 今の光一に声をかけるのをためらいつつも、夢月は訊ねた。


「おじさん、どうするの……?」

「問題ない。君は俺の操縦をよく見ているんだ。ついでにマヒルガも。奴は単純かつ直線的で、芸がない。俺はアサヅミを砕けるまで破壊する」

『んだとぉッ!?』


 光一の言葉が届いていたらしく、ついで呼ばわりされたマヒルガが両足に力を込めた。


『パイロットが変わったぐらいで、調子に乗ってんじゃねぇぞこらぁッ!』

「待ちなさいッ! ベゼル――」


 リューズの静止を無視し、マヒルガが崩壊一歩手前のビルを踏み台にして突っ込んでくる。


 ヨルワタリは両爪を大槍で受け止め——しかし、パワーで勝るマヒルガに押されていく。地面に向かって激突しようという時——ヨルワタリの腰部の槍が、それを収めるラックごと回転した。二つの槍が射出され、マヒルガの腹部に両側から突き刺さった。


『がッ!?』


 巨体が傾いた瞬間、ヨルワタリは横から強引にマヒルガを蹴り飛ばした。地面に激突したマヒルガに向かって、両翼からワイヤーを射出。先端の槍がマヒルガの全身に突き刺さる。コアにもひとつ命中しているが——完全に破壊するまでには至っていない。


 ワイヤーを切り離し、続けざまに〈ヤリダマ〉を発射しようとした瞬間——光一はとっさにヨルワタリを急上昇させた。アサヅミの光弾が空を切るのを見下ろし――光一はアサヅミに〈ヤリダマ〉の照準を向ける。


「マヒルガは?」

「ワイヤーが刺さってるし、コアにもダメージ受けてるからしばらくは動けないはず!」

「じゃあ、次はアサヅミだな」

『くッ!』


 またしても両肩から光弾を射出。数が多く、アサヅミ自体が見えなくなるほどだ。


『これだけの数を、かわせるものならッ!』

「かわす必要はない」

『なにッ――』

「ヨルワタリ、ブーステッドシステムⅠを発動」

『承知したわ』


 両腕と両足が変形。翼が機体を包み込み、大槍が先端にセットされる。


 いったん上空に飛び——途中で軌道を変える。超高速でアサヅミに特攻——いくつもの光弾が迫ってくるが、螺旋を描くがごとく回避。一発さえかすりもしない。


『ぬ、おおおッ!?』


 防御に回した剣もろとも、ヨルワタリの大槍がアサヅミの腹部を貫く。だが、剣によってずらされ、コアを外していた。


『い、イレギュラー風情がッ!』

「その言葉は二度目だ。お前も、芸がないな」


〈リライト〉の特徴——時を巻き戻すことで、巨人は再生する。今しがた破壊したばかりの腹部もすでに再生を始めているが——光一はすぐさま大槍の両脇の、腕の〈ヤリダマ〉の銃口をアサヅミに向けていた。


『……!』


 光弾を撃ち出す間もなく、アサヅミの腹部周辺が〈ヤリダマ〉によって穿たれ、そのひとつひとつが爆発する。ほとんど零距離の攻撃だったが——コアはまだ無事だ。


(どうして……?)


 狙おうと思えば、狙えたはず。


 しかし、夢月の疑問はすぐに解消されることとなった。


 アサヅミは再生するべく身を引こうとして——ブーステッドシステムⅠを解除したヨルワタリの急降下からの蹴りに、地面に叩き込まれる。


 背部から大槍を両手に持ち、まず、アサヅミの両肩を刺し貫いた。次に頭部、腹部、脚部、腕部、そしてまた再生しようとしている肩部も。


『や、やめろ……ッ!』

「黙れ」


 再生する箇所から、すぐさま破壊。


 コアを外しているのは、意図的なものだ。


 何度再生しようとも、何度でも突き刺す。


 何度でも——そう、何度でも。


 何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも。


 破壊と、怒りと、恐怖とを、その身に刻みつけるがごとく。


 目を覆いたくなるほどの光景に、夢月はかつてない戦慄を覚えた。今、ヨルワタリを操縦しているのが自分の叔父だということが、信じられなかった。


 もうやめて、と言いたくなるほどの——一方的な暴力。破壊。蹂躙。


そしてリューズの、すがるような声が聞こえた。


『や、やめ、て、くだ……さい……』

「怖いか?」

『ッ――』

「あの子はもっと怖かったんだ。わかってるのか?」


 夢月はその言葉に、胸を突かれた。サブモニターを確認するのも忘れ——光一の背中を、じっと見ていた。


「本物の恐怖を教えてやる」


 死神の宣告と錯覚するような光一の声。


 それでも——リューズにとっては不幸かもしれない——アサヅミの再生は止まらないが、光一の方が速い。むしろ再生を待つように、突き刺す速度を緩めてさえいる。


『や、やめろ、やめて……!』

『くっそおおおおおおおおッ!』


 真横から、マヒルガが接近してくる。


 だが、光一はそれに見向きもせず、腕部だけ動かして〈ヤリダマ〉を発射。コアにダメージを受け、爆発。またしても完全に破壊はできなかったが——その場で崩れ落ちる。


『ちくしょぉおおおッ!』

『あ、ぁあ、ああ……』


 アサヅミは——リューズはもはや、まともに戦闘ができる状態ではなかった。いくら時を巻き戻せるといっても、それすら上回る速度での攻撃を食らえば意味がない。


 最後にヨルワタリは両手で、大槍の柄を掴んだ。


 狙いはアサヅミのコア。


 恐怖にまみれたリューズの顔を、夢月は幻視した。


「言い残すことはあるか?」

『……ま……』

「ないなら、死ね」


 そして大槍は、アサヅミのコアを地面ごと貫いた。


 アサヅミが散る。その残滓ざんしが地から広がっていき、空気中に溶けていく。


 夢月はもはや発するべき言葉を有していなかった。


 初めてヨルワタリに乗ったはずの光一が自在に操れたこと、そして自分でも敵わなかったアサヅミを撃破し、マヒルガを子供のように扱ったこと。


 そして——未だかつて見たことのない、叔父の一面。


 声をかけるのが怖かった。どんな顔をしているのか、見るのも怖かった。


 だが、光一は——


「見せたくないものを、見せてしまったな」


 心の底から悔いるような、鎮痛な響きの声だった。


「お、おじさん……」


 かろうじて、そう呼ぶのが精いっぱいだった。


 何か言わなきゃ——そう思っていた矢先に。


『さすがイレギュラーというべきね。リューズとアサヅミをこうも見事に破壊するとは』


 女の声がコクピット内に響いた。


 光一はとっさにヨルワタリを上昇させ、モニターにくまなく目を配らせた。だが、どこにも声の主は見当たらない。


 いや——いた。真後ろに。


 ヨルワタリは振り返り、弾かれるようにして距離を取った。


 その存在は、足を揃え、両手を広げ、背面にいくつもの放熱板を扇状に広げていた。十分針のものとは異なり、ひとつひとつが投擲用の槍に近い形状かつ、節に黒いラインが走っている。右半身は白く、左半身は黒い。女性的なシルエットを伴ったその姿は福音をもたらす女神のようにも、はたまたあらゆる喜劇悲劇を演出する悪魔のようにも見えた。


「……オウマ……」


 夢月が、その名を口にする。


 無慈悲に滅びをもたらした、〈リライト〉の中でも最強に近い存在。


「オウマ……逢魔が時、か。なるほどな……」


 憎たらしいほどに、光一はあくまでも冷静だった。


『た、助かったぜ!』


 コアが再生しつつあるマヒルガのパイロット——ベゼルが歓喜の声を上げる。


『こいつ、いきなり動きが変わりやがったんだ! リューズがやられた! どんだけ時を戻しても、片っ端からブチ壊していくんだよ! なぁ、頼むぜ! とっととこいつを——』


 そこから先の言葉は封じられた。


 オウマの背部の放熱板が三枚射出され、そのすべてが別々の方角からマヒルガを——コアもろとも貫いた。


 光一と夢月が目を見張る中、オウマのパイロットの淡々とした声が、非情に響く。


『あなたはもう用済みよ、ベゼル。……さようなら』

『な、んで……』


 それがベゼルの最後の言葉だった。震える爪をオウマに向けて伸ばしかけ——リューズと同じように、金の粒子となって消えていった。


『さて――』


 今の出来事に感慨など持たず、放熱板を戻したオウマのパイロットが告げてくる。


『今回私が来たのは、あなたに選択してもらうためよ。狭間はざま光一』

「選択、だと……?」

『ええ。あなたにとっては、最悪ともいえる選択を』


 言い終えると、オウマのコアから細身の、女性が出てきた。白地に黒のラインが走ったパイロットスーツを着ており、ヘルメットを着用している。


 そしてその手には——


「——夢月ッ!」


 先ほどとは一転、光一が血相を変えて叫ぶ。


 オウマのパイロットの腕に抱かれ、眠りについているのは——四歳の夢月だった。

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