第29話「龍虎と燕」

「やぁああああああッ!」


 背部から大槍を両手に構え、勢い任せに突っ込む。


 狙いはアサヅミ。

 あのリューズという男はよく覚えていた。未来の時代——何もかも崩れ、燃えていく街を、人を、見下ろして平然としていた。そうするのが当然といわんばかりに。そして今もこの時代に来て、蹂躙じゅうりんして、あまつさえ自分のいた時代と重ね合わせるようなことを言った。


 その余裕と巨人ごと、突き刺してやる。


 街の上空を滑るように飛空し、アサヅミの胸部——コア目がけて大槍を突き出した。


『甘いですね』


 大槍の先端すれすれにアサヅミは半身になりつつ、後ろに飛ぶ。


 だが、それは予測済み。


 最大まで開いた翼の先端から、小型の槍がついたワイヤーを何本も伸ばす。アサヅミを捉えるつもりで放ったものだが——突如、斜め下からきゅん、と閃光が走った。


 ワイヤーが断ち切れ、夢月むづきは目を見張る。


 こちらより高い位置に、両爪を振ったばかりのマヒルガの姿があった。背部から火を噴かせて巨体を回転、こちらに向かってくる。


「一対二だ! 真正面から相手をするな!」

「おじさん、黙ってて!」


 光一の忠告を無視し、マヒルガ相手に大槍を突きつける。同時にスラスターを噴かした一撃はしかし、両爪と牙とでたやすく掴まれた。


「……!」

「狙いが丸わかりなんだよ! それに——パワー自慢なんだ、こいつはぁ!」


 突如、背後から強烈な衝撃がコクピットを揺さぶった。


 後ろを見ればアサヅミが、両肩の宝玉から眩いばかりの光弾を撃ち出している。アサヅミとマヒルガ、二体に挟まれた格好だ。


「ここは退け! 体勢を立て直せッ!」

「——くッ!」


 悔しいが、光一の言う通りだった。


 マヒルガの爪から無理やり大槍を引き抜き、いったん上空に飛ぶ。アサヅミは両手を広げて宙に浮かび、マヒルガはビルの上に着地、両者ともこちらを見上げる形だ。


 ふと、アサヅミが片手を差し伸べ――四指をくいくいと曲げた。


『来ないんですか? お嬢さん』

「ッ……!」

『このままでは何も守れませんよ? 狭間はざま光一も、あなたのご家族もね』

「————」

「聞くな! 冷静になれッ!」

「いいから、黙っててよッ!」


 大槍を振りかぶり、なおもアサヅミに攻撃を仕掛ける。


 光弾を放たれるが、狙いがまるで見当違いの方向だ。そのことを疑問に思うこともなく、アサヅミのコアまでもう少しというところで——予期しない方向から、衝撃が来た。


「——ッ!?」


 見れば、ヨルワタリの周囲にいくつもの光弾が浮かび、囲まれていた。ひとつひとつをコントロールできるのだと気づいた時には遅かった。


 無数の光弾が、四方八方から襲い来る。


「この、このッ!」


 回避しつつ大槍で弾くが、数は少しも減っていない。アサヅミの両肩自体を潰すしかないとわかってはいるが、まるで近づけない。


『俺を忘れてもらっちゃあ困るぜ!』


 真下からの声——マヒルガの爪が迫る。とっさに身を退いたものの、脚部から胸部を切り裂かれ、コクピットから外が見えるほどの深手を負った。


 さらに、立て続けにアサヅミの光弾が炸裂する。


 翼に直撃し、頭部にも浴びせかけられる。機体のダメージが徐々に蓄積していく。


 夢月のヘルメット内にも、背筋にも、汗が伝っていく。


『はははッ、大したことねぇな!』

『仕方ないでしょう。相手はただ怒りに任せるだけの、子供なのですから』

「う、うぅう……ッ!」


 取り回しの大きすぎる大槍を戻し、腰から中型の槍を両手に持つ。


 光弾を弾くことはできているが、防戦一方だ。


(なんとかしなきゃ、なんとか……!)


 このままでは負けてしまう。


 何も守れないまま、〈リライト〉の好きにさせたまま。


 光弾の隙間から飛んできたマヒルガの両爪が、ヨルワタリの頭部を捉えた。


『ははッ、捕まえたぜ!』

「ぐ、ぅう……!」


 きしんでいく。潰されていく。


 モニターにノイズが走り、機体にダメージが蓄積していく。


(スラスターを噴射して……いや、槍を……でも、アサヅミの光弾が……!)


 判断に迷っている。揺れている。


 こうならないように何度もシミュレーションしたのに、気づくと息が乱れている。


 どうしたらいいのかわからない。


 このままだと、やられるしか——


「……見ていられないな」


 夢月の動揺を読み取ったかのように、光一が口を開いた。熱くなった体が一瞬にして冷えつくほどの、無情かつ無慈悲な口調。


「コントロールを俺によこせ」

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