3月27日 夜中に起きて、刑務所の視察は有意義だった。

 日付けが変わって直ぐ、ドリアードに起こされた。

 一服したいけど我慢、アクトゥリアンにカフェオレを出して貰い、準備へ。


 従者は、また新しい女性。

 服は主さんから貰ったやつ、例祭服をと指定された。

 アレクが迎えに来たので、従者とラスベガスの刑務所へ。


『何で腕が無いんだったろうな』

「あげちゃいました」


『で、新しいのはどうした』

「従者さん、説明宜しく」

「あ、はい。フィンランドで桜木様から情報開示が行われたので、その件は停止中でして」

「その腕には核弾頭でも搭載するのか?」


「マジか」

「いえ、新しい情報開示が有ったので精査をと、ですので」

「なら、たかが左腕の義手すら危ないと思われる様な、情報開示が有ったんだな」


「私の権限内ではその様な事は無いんですが」

「なら、なぜ腕が無い」

「憤怒さん、一応非公認元魔王だし」

『情報開示請求をした、ソッチからも申請が有ったと報告してくれよ』


「はい」


 圧が凄いよ憤怒怠惰グループ。


(あまり苛めんで下さい)

「この程度、覚悟してるだろう」

『個人にじゃ無いんだ、勘違いするバカなら即時交代させるまでだろう』


「でも、穏便に」

「仕方無い、お前の居ない場所でするか」

『それか聞かれぬ場所だな。さ、1日の工程表、それから週、月、年単位の予定表だ』


 紙媒体で渡された資料。

 0の日本のニュースで見るのと、そう変わらない様にも思える。


 朝食

 労働

 昼食

 運動

 夕食


「普通っぽい、メシ良い匂いやね」

『食ってみるか、メシ』


 先ずは未成年用の拘置所へ。


 正面はアクリルか何かの透明な壁、大部屋から個室まで有る。

 満杯では無いので安心。


 そして一緒に食事。

 コレは少し不便、トレイをテーブルに持って行くまでが不安定で不便だが。

 点滴の時もそうだし、慣れよな。


「あら、あの子、ココなのね」

『母親の要望だ、午後には共同拘置所で面会。就寝前にココに戻る』


「そう、美味いやん」

『ココの親兄弟、家族や親戚が作ってる。子の罪は親の罪』


「ココに生まれてたら、間違い無く暴れてココに入ってたろうな」

『その前に引き離して保護する、実の親が全てじゃ無いんだ。それこそ養育権、監督権、子供の事を知る権利すら取り上げられる』


「要らないって人間には最高やん」

『以降の妊娠出産の権利も取り上げられ、他人の子供とすら接する機会も取り上げられる。他人は勿論、甥の世話をし満たす事も許されない』


「どうしたらそうなる?」

『お前は、既に取り上げられてるんだ、もう充分だろう』


「甘い」

『子供の名前を考えてたのは知ってるんだぞ』

「男でも女でも良い様に、明、潤」


「本当に観たんだね」

「アレは少し優男過ぎる」

『いや、若いんだ、仕方無いだろう』


「急に親戚みが」

『そうだな、選ぶのにも口を出すぞ』

「刑務官に良いのが居るんだが」


「もう少し落ち着いたらで良いですかね、ココの話しをお願いします」


 夕飯後の僅かな自由時間、そして就寝。


 学業を学ぶ場合は運動時間が半分になる。

 そして労働や運動は本人の体調や天候で入れ替わる事も有れば、固定の者も居る。


 医療はAIと新人医師や看護師が参勤交代で行っている、新人研修の一貫らしい。


 掃除や洗濯は自分達、食事はボランティアが健康、衛生管理を守って作っているんだそう。


 イベントも普通に行われる、クリスマスや冬至の行事が普通になされ、七面鳥も出る。

 違いは食事、労働、役割をこなせなければ簡易食で部屋も大部屋。


 そして不定期な人員の入れ替え、悪巧み防止。


 思ったより普通。


「普通」

『独居房も見るか』


 ココも普通、仕事は限られるが普通。

 勉強したり、労働したり、運動したり。


 機械まみれかと思ったが、普通に人間が居る。


「普通」

『なら、次は医療拘置所だな』


 ココでは基本的に、犯罪者が犯罪者の面倒を見る。

 資格取得は任意だが、食事や環境のグレードに直結する。

 そして普通にこなせば、刑期も短縮される。


 労働も学業も運動もこなせない者を、介助者が面倒を見る。

 時には補助も。


「1つの村みたいやね、何処にでも有るん?」

『あぁ、分散させてな。1箇所に集めた場合、感染症や災害が有ったら困る』


「じゃあ監獄島は無いのね」

『構想は有ったが、無色国家に譲った』


「あぁ、ペニシリン否定派だっけか、そこにだけは軟禁されたく無いな」

「何か不便は無いか?」


「問題無い」

「腕が無いのは不便だろう」


「足が有るから大丈夫、足の指は器用じゃし」


 足癖が悪くても怒られないのがポイント。

 足でドア閉め放題。


 そして母子棟。

 妊婦から経産婦まで、何処よりも医療やケアは手厚い。

 子は宝、宝は資源。


 女媧さん、一緒にハワイに行ってたら、何か変わったんだろうか。


『何を思ってるんだろうか』

「子は宝、宝は資源だよなって。3の女媧さんは、クソ人間でも良い資源だから程良くいなしてた。一緒に遊びに行こうって話してて、そうしてたら何か変わったかなって」

「コレからでも、ハワイに行けば良い」


「そうなると手は欲しい、コレで泳ぐのはちょっと不安」

『我儘だな』


「でしょう、我儘なんすよ」




 一通り見終え、アレクが迎えに来ると、桜木花子は浮島へと帰って行った。

 あの従者じゃ、正直不安だ。

 憤怒も、その気配を感じてくれてるかが問題だが。


「怠惰、あの従者はどうかと思うんだが」

『あぁ、お前が気付いてくれなかったらぶん殴る所だった』


「従者なら、泳ぐのに手が欲しいのは我儘では無いとフォローすべきだろうに」

『資源にも引っ掛かってたしな』


「心配しか無いんだが」

『孫、曾孫辺りか』


「その気持ちは否定しきれないが」

『過敏に受け取る人間には、あの反応は耐えられないだろう』

《御本人は魔王候補復活と思ってらっしゃるらしく、そう気にしてはおられないかと》


「天使よ、最悪の方向だな」

《そう思ってらっしゃる方が行動し易いのでは、とも》

『そうして、果ては候補に戻る気か。人間側は』


《夢にも思って無い様で、候補になりたがる者など居ない。と》

『最悪だ』

「あぁ」




 アレクに浮島へ送り届けられ、温泉へ。

 そしてそのまま洗濯へ。


 流石に不便だわ。


『あのぅ、お手伝いしたぃのですが…』

「大丈夫、最悪は慣れないとだし。ありがとうナイアス」


 清浄魔法を掛けるだけでも良いらしいが、水に漬け、絞り、干すだけなのだが。

 絞る、がクソ難しい。


 温泉の洗い場に戻り、足と手で絞るが。


 もう、びちゃびちゃでも良いか。


 テラスで干していると、ウーちゃんがやって来た。


『君を乾かす位は良いよね』

「ありがとう、皆優しいね」


 部屋へ戻り本格的に寝る。




 名前を聞かれる事も、要望も、頼られる事も一切無い。

 突拍子の無い事も、何も無い。

 私達従者の為なのか、もう諦めてらっしゃるのか。

 私が嫌われているのか。


【どうですか】

「柏木さん、どうもこうも資料とは別人ですよ。寧ろ大人し過ぎて不安です」


【人見知りでらっしゃいますからね。視察はどうでしたか】

「憤怒さん、怠惰さんに睨まれました。多分、擁護しなかった事が原因かと、ハッキリ言って凄い辛いんですが」


【12時間の辛抱です。神々はどうですか】

「見る事も聞く事も叶わずで、本気で、嫌われてるんじゃないでしょうか」


【何かしたんですか?】

「何もして無いです、だからでしょうかね」


【悪い事をして無いなら、どっしり構えてて大丈夫ですよ】


「はい、失礼します」


 いや、無理ですよ。

 夜勤ですし、何も出来る事が無いんですし。


 あれ、私、実は騙されてるんですかね。




 従者からの報告にしても、明らかに過眠傾向。

 食欲は勿論、意欲も低下。

 今日は用事が有ったから良いものの、これで寝て起きて何も予定が無ければ、どうなる事か。


【先生、どう思われますか】

《良い傾向に見えませんが、それでも国連は》


【装い偽る事は可能であると、警戒は暫く続くでしょう】

《なら、精神科医を噛ませる必要は無いですよね》


【ですね、旧時代的なのですよ。専門家の一意見としか見倣さない、専門家だけでは総合的に判断を下す事は難しい、と】

《人間ならば、そうでしょうね》


【ネイハム先生のお名前も、ちゃんと付けて有る筈なんですが】


《もう遅いですし、一旦切り替えて休みましょう柏木さん》

【そうですね、では】


 こんな時に限ってロキ神もドリアードも沈黙を続け、接触は無い。

 桜木花子にも接触している様子は伺え無いが、接触していないとも言いきれない。

 桜木花子の寝室には、マーリンが居る筈ですし。




 国連命令で、ハナさんは軟禁状態。

 なのに僕は普通に過ごせって。


 ホテルで勉強と運動、今はオヤツの時間だけど。


 精霊や神々も何も話してくれ無いし、どうしたら教えて貰えるんだろう。


『ドリアード、片眼を差し出せば』

《ならんよ、プライバシーじゃしぃ》

『そう急くな、待つべき時も有る』

「それに、ハナさんが悲しむか怒るかするかと」


《苦痛は感じておらんから大丈夫じゃ、今はぐっすり眠っておるでな》

『あぁ、向こうは夜中ですもんね』


 時差は有るし、話しも出来無いし、会えもしない。

 誰のせいなんだろう。


《なんじゃ、まだ心配か》

『コレ、この状況って、誰のせいなんですかね?』




『この団扇、出来る気がしないんだが』

「アンタ器用な方だから大丈夫よ、分からない所が有ったら早目に言って頂戴。失敗してからの方が面倒だから」


 虚栄心に指輪の事を褒められ、そのまま世話になる事になったのだが。

 中つ国の団扇を仕上げろと、無茶な。

 した事も無いのに。


『ハナが心配には』

「心配よ、ただ心配したからって何にもならないじゃない。だから何かするのよ、あの子、アンタがコレ作ったって言ったら喜ぶわよ」




 あら良い笑顔。

 単純、バカねぇ。

 可愛い弟。


 でも、ごめんなさいね。




『マイケル補佐』

『いえ、元ですよ大使。どうでしたか』


『アナタが提唱した、会議へ神々や精霊を同席させる案、ダメでした』

『そうですか』


『もう1つ、国民への開示も否決されました。残念です』

『良いんですよ、否決された事に意義が有るので。では』


 天使様、お聞きになっていますでしょうか。

 国連はもう、すっかり腐敗している様です。




『嘆きが聞こえてきました、国連はすっかり腐敗していると』

《天使や、もう少し、具体的に教えてくれんかの?》


『国連会議への神々や精霊の同席、その情報を国民へ開示する案も、否決されたそうです』

《ほう、天使は含まれるのかの》

【聞いてみましょう】




 教会支部で祈りを捧げていると、緊急の呼び出しが。

 万人を遠ざける会議室へ向かうと、天使様が。


《マイケル元補佐、この天使様をご存知でしょうか》

『死の天使様かと』

【そうです、死の天使です、どうも】


『あの』

【神々と精霊は会議へ同席不可なら、天使はどうなるのか、と】


《それは、その、天使様も同席は不可能でして》

【何故でしょう、何故不可能なのか民は知りたくは無いのでしょうか】

『私、私も、それを知りたいのですが』


《それは》


 神々や精霊が所属する国によって、不平等、不均等が起こるから。

 理屈は分かるのですが、それを解消すれば。


【情報が正しく各国の神々や精霊に伝われば良いだけでは?】

『そうかと』

《ただ、それを人間側が確認出来なくては》


【疑いますか、良いでしょう。では、伝令の天使をココへ呼びましょう】


 ガブリエル、ジブリールとも呼ばれる大天使様。

 濃い黄金色の髪、緑色の翼と瞳。

 白い百合を持つ天使様、皆様お隠れになっていただけの様で安心しました。


『ガブリエル様、いらっしゃって頂けたのですね』

『ずっと居ましたよ』

【では、任せましたよ】


《あの、各国の神々や精霊へお届け頂くのは》

『大丈夫ですよ、ドリアードもクエビコとも知り合えましたので』


《その、人間側の準備が》

『お気になさらず、何も用意して頂かなくて結構ですので。さ、続けて下さい』


 会議は休憩へ。

 どうして、そこまで恐れて。


 もしや、こんなにも、まさか。

 疚しい気持ちを持つ人間が、まさかココに関わっているのでしょうか。




 国連からの指示で、桜木さんの従者では無くなってしまった。

 今は女性の従者が12時間交代で付き添っているらしいが、凄く心配で、その事ばかりを考えてしまう。


 人見知りなのに、ちゃんと食事は、眠れているんだろうか。


 桜木さんの従者として復帰できるまで、休み。


 いつも通りの事をこなし、もう時間が空いてしまった。


 何もする事が無い。


 桜木さんの言う様に、少し実家で過ごしてみようか。


 兄は気を使ってか午後から休みを取ってくれた、兄嫁さんは先に食事を取り、既に姪っ子とお昼寝中らしい。


 お昼を食べ、ただボーッとするだけ。


 何にも、する事が思い付かない。


「で、何で呆けてるんだ」

「僕、どう過ごしてましたっけ」

《映画は?新作出たでしょう》

『俺はもう観たぞ、母さんと』


「偶には2人で行くか」

「お義姉さんは」

《大丈夫、いつも通り構い過ぎたのよ》

『隣の子も連れてったらどうだ』


「あぁ、小雪ちゃんな、ちょっと行ってくるか」


「兄さん何か変ですけど、本当に構い過ぎで嫌われてるんじゃ」

《まだ安定期じゃ無いんだけど、2人目》

『今回はアレの匂いがダメらしい、頼む、ちょっと連れ出してやってくれ』


「それなら」

「行くってさ、吹雪も、予約取ってくれ」


「はい」


 隣の家の子と、その妹と映画に。


 何にも、頭に入って来なかった。


「面白く無かったか?」

「いや、良いプロパガンダだとは思いますけど」

《凄い酷い言いぐさだけど、まぁ、今の状態ですもんね》

「ショナ兄ちゃんは、何か心配か」


「そうですね、召喚者様が心配です」

「悪いの違うのか」

《んなワケ無いでしょうよ、他人が勝手に魔王だって言い張っただけなんだから》


「じゃあ、何で心配か」

「国連だろう、もう脱退で良いんじゃ無いのか」

《ね、ミスしまくりなんだし》

「そんな暴論、通したら問題が」


彬禄あきとし兄ちゃん、何が問題か」

「無い」

「いや、各国との摩擦が」

《どこよ》


「どこ」

「欧州、中つ国等の」

「それが全部脱退したら、どうなるんだ?」

《新しい国連作っちゃう?》


「それ、最後は同じにならないか?」

《あー、同じになっちゃうか》


「だろうよ」

「ショナ兄ちゃん、どうしたら良い」


「良くない部分を改善させるしか」

《それ、人間が判断するのよね。何で神様達を中に入れないのかしら》

「まだ悪いの居るのか」


「そうですね、そうかも知れません」

「だけなら良いな、本屋行くけどどうする」

「絵本が欲しい!」

《召喚者様のね、今日は有るかなぁ》


 初版は売り切れ、増刷分待ちだったらしい。

 桜木さんとマティアスさんの絵本、元の絵から更に量が増えて、分冊版と通常版が出ていた。


 つい、両方とも買ってしまった。


「いまよみたい」

《家でね、服が見たいんだけど》

「おう、良いだろ」

「あ、はい、どうぞ」


「ショナ兄ちゃんも読みたいのに可哀想」

「僕は我慢出来るので大丈夫ですよ」

《ほら、遊園地用の買うんだから》

「遊園地か、ウチはまだまだ先だな」


「吹雪はやっと行ける」

《ねー、私のもね》

「ソッチが先だな、長くなるだろ」


《はいはい》


 僕の知ってる女性と言うモノは、こう服で悩んだり、小物で悩んだり。

 流行りを気にしたり、お化粧したり、それを喜んだり。


「まだ、仕事の事か」

「いえ、女性って不思議だなって、着飾るのが好きじゃ無い人って居るんですかね」

《職場に居るわよ普通に、人と会う為の服と化粧が面倒って、工程が多いし》


「あぁ、悩み過ぎて任された時が1番困ったな」

「ふぶきも、髪弄られるの好きじゃ無い」

《弄られるウチが花なの、今だけ今だけ》


「可愛いぞクリクリ」

「可愛いいらない、絵本よみたい」

《はいはい、吹雪はコレでどう?》


「じゃあそれで良い」

《もー、気に入らないと直ぐコレだもの、折角可愛いのに》


「好きで可愛い違う」


「吹雪ちゃん、前からこんなんでしたっけ」

《前は凄い人見知りだったもんねー、でも最近個性が出て来たのよね》

「中身と外見が反比例を始めたな、吹雪は」

「好きで可愛い違うの!皆もそう言う時あるでしょ!」


「僕、有りました?」

「お前はずっと可愛いから大丈夫だ」

《うん、弟って感じ。吹雪、ソッチが良いの?》

「うん、スカートめんどい」


《はいはい、じゃ、買ってくるからちょっと待っててね》

「わぱっぱー」

「謎用語が」

「この年には、良くあるらしいぞ」


「大人もあるでしょ、お巡りさん言うてたの聞いた」

「あぁ、無線のですか」

「見学に行ったんだよな」


「ふぶきはお巡りさんなる、バイクのる」

「バイク格好良いですもんね」

「吹雪、ヘリの方が格好良いと思うが、最新のオモチャが出るらしいぞ、ほら」


「なんでもっと早く言わない、服要らないしたのに」

「それはそれだ、姉の楽しみを取り上げるのは良くない事だ、俺が怒られる」


「小雪は、早く結婚したら良いと思う」

「それは、祥那しょうなお兄ちゃんにも刺さるな」

「今、兄さんが刺しましたよね」


《お待たせー》

「小雪もショナも何で結婚しない」


《良い人が見付からないの》

「ちゃんとさがしてるのか」


《吹雪を可愛がるのに忙しくって》

「可愛がるの控えたら良いと思う」


《はい、頑張りますぅ》

「ショナ兄ちゃんも、ちゃんと探さないと、堺のお婆ちゃんみたいになっちゃう」


《あぁ、この前お葬式に行ったのよね、堺に住んでる叔母さんが50代で、独身で。お婆ちゃんの愚痴を聞いちゃったのね、吹雪》

「誰か側に居たら、良かった言うてた」

「でもな吹雪、大人になったら独りになる時がある。そう言うタイミングで、急に死んでしまう時も有るんだよ」


「そうか、そっか」


 2人を送り届けた後、兄さんと飲み屋へ。

 その堺の叔母さんは最近だと珍しく、孤独死で3日経っていたらしい。

 だから、吹雪ちゃんにまで話が伝わってしまったと。


「大変だったんですね」

「あぁ…全く楽しそうじゃ無かったな、小雪が心配してるぞ、ほれ」


「仕事の事と、兄さんの匂い問題です」

「あぁ、安定したらと思ったんだがな、暫く家を出ようと思う」


「え、極端過ぎでは」

「匂いだけじゃ無くてな、イライラするらしい。近くに家を借りて、寝泊まりはソコでだ、飯や何かはズラすし、落ち着けば直ぐに戻る」


「お疲れ様です」

「おう。仕事の事は言えないのが殆どだろ、何か言えるの無いのか」


「兄さん、お義姉さん以外に付き合ってた事有りますよね?」

「おう、従者にって話したら思いっきりフラレて、俺が司法行ったら復縁迫られて、俺がキレたアレな」


「思い出って、どう処理してるんです?頭を過った時って」


「比較する気が無くても頭を過る。同じモノを食べてる時、向こうは喜ばなかった、コイツは喜んでるなって。それを段々しなくなって、気が付いたら忘れてる。言われてやっと思い出して、遠い記憶と化してるな」


「比較しちゃうんですか」

「正確には少し違う、違いに目が行く、だな。同じモノを好きで、同じリアクションだと脳の処理がな、バグりそうになる」


「兄さんでもフリーズしちゃいますか」

「お、お前も有ったか、コレ遺伝だな」


「父さんしてましたっけ」

「母さんが思い出話すると止まるだろ、照れてもなるんだ」


「どうフリーズしてるか見分けは?」

「無い、照れても被ってもなる。お陰で救われてる、昔の女を思い出してるなんて気付かれたく無いが。向こうは、気付いてるのかも知れんがな」


「じゃあ、赤くなる人がフリーズしたら」

「頭を過ったか、そもそも嫌な記憶を処理してるか、照れを隠したのか、見てみないと分からんが。あの黒百合姫の事か」


「それ、本人は凄い嫌がるかと」

「じゃあ、白鷺なら良いか」


「まぁ、はい」

「長い休暇なんだろう、何が問題だ」


「どうしても、心配で」

「そんなか弱い白鷺か」


「本人は、シルバーバックって言い張ってますけどね」

「なぜ」


「血液型もBだし、と」


「ぶっ…たしかに、あんな華奢なゴリラが居たら心配にもなるが」

「もっとふくよかだったんです、でも、体重が全然戻らなくて」


「シルバーバックはちゃんと食べてるんだろう」

「はい、かなり。でも最近は量が減ってきて、5人前が1人前に」


「俺は、ゴリラの話をしてるんじゃ無いよな?」

「はい、白鷺の話ですが」


「うん、それがフリーズするのか、お前がフリーズするのかだ」


「両方の場合はどうなりますかね」

「春が来た祝をする」


「好きとかじゃ無くてですね」

「なんだ、好きなのは他のか、何処の子だ、連絡先は知ってるのか?」


「それも違くて」

「ノンセクでも嫌悪系でも言ってくれて良いんだぞ、どんな生き物にも自然発生するんだ、恥でも悪でも無い」


「やっぱり、そう見えますか」

「いや、経験が無いなら興味が無くても仕方無いとは思うが。流石にこの時代でも言い辛いだろう、根っから興味が無いなんて」


「と言うか、仕事の邪魔にしか思えなくて」

「それも、ノンセクなのか経験して無いからなのか俺には分からない。ただ、その考えが全く分からん」


「じゃあ兄さんは、なってても直ぐに結婚したんですか?」

「した。一緒じゃなきゃフォロー出来ない事も有るだろうが、既婚者子持ちが役に立たないとも思わない。どう役に立つか、そうじゃ無くたって考える時は有るぞ、今でも」


「何が出来ると思います?」


「先ず、一緒に居て役に立ちたいのか、離れてても、どうしたって役に立ちたいかで……」


「えっと」

祥那しょうな、良い事を教えてやる。癖はな、うつる事もあるんだぞ」




 弟に春が来た。

 永遠に従者童貞と心配していた弟に、春が来た。

 白鷺の君は赤面するらしい、シルバーバックこと召喚者様が意中の人で確定だ。


 ただ、コレは両親にすら言えない。

 俺と弟だけ、嫁との別居生活を初めて有り難いと思えた。

 目の前に居たら、言えないストレスで喧嘩しそうだ。




 上機嫌になった兄さんの別居先を少し見学し、実家へ寄った。

 お義姉さんは、本当に兄さんの匂いだけがダメらしい。


「本当にありがとね、祥那君」

「いえ、あの、奢って貰っちゃったんで、受け取って貰えますか」


「良いの良いの、私のせいで貴重な休みを潰させちゃったんだし」

「いえ、大丈夫です、今日は何もする事が無かったので」


「そう?ありがとう、ごはんは?」

「家に用意してあるんで」


「えー、じゃあ少しだけ持ってってよ」

《煮物とピーマンの肉詰め》

『食え食え』


 家に着くと耳が痛い位に静かで、桜木さんが静かだと言って気にしていた事が、やっと理解出来た気がする。


 何もする気が起こらなくて、賑やかさに助けられてたのに、静かになって。


 全部、空っぽな気がしてしまう。

 以前はどう過ごしてたのかも、思い出さないと動けなくて。

 色々と思い出してしまう。


 僕はも。


 マティアスさんやリタさん、ロキ神と楽しそうに買い物をしていた思い出。

 第3世界でも、黒子の井縫さんや身柱の買い物に。


 あの時キラキラしていたのは、身柱がイケメンだからでは無く、好きだから?


 桜木さんは、観上清一を好きだった?




「っしょい!」

「大丈夫ですか?」


「寒く無いので大丈夫です。あの、噂話でクシャミが出るって言うのは」

「はい、ございますよ」


「逆に、無いのって有ります?」

「んー、無かったと思うんですけど、調べておきますね」


「うい、ありがとうございます。精神科医との面談って」

「勿論大丈夫ですよ」


「そうですか、じゃ、おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」


 お布団に潜り込み、電気を消して面談の準備。


【どうしました?大丈夫ですか?】

「全く話さないのもどうかと思って、先生と何か話そうと思ってたのに、さっきクシャミして全部飛んだ」


【風邪か噂話か】

「今は風邪の方が良いかな」


【ソチラに、マーリンは居ますか?】


 マーリンを見ると、唇に人差し指を当てている。

 この間で既に悟られてはいそうだが。


「いないアルヨ」


【そうですか、今日は何をしてましたか】

「箱庭ゲームと、本、刺繍と塗り絵、ホケキョウと高貴なお方生活でした」


【死者の書、お読みになりましたか】

「読破した、蓮の糸が気になる、やってみたい」


【誰に、縫いましょうか】


「お子かね」


【お子無しで循環が成立していたなら】


「死んだロキ?そしたらヘルに、か、妖精か、従者か。それもどうなってるか聞けないのか」

【はい】


「そっか、お弔いに行ってくる。また連絡するかも」

【はい】




 桜木様はお弔いにと言って、外へ出て行った。

 暫くアクトゥリアンと話していたかと思うと、植物が勝手に生え、花を咲かせた。


 薄紫色の紫苑の花。


 カヤノヒメ様、ククノチ様らしき方が出現。

 一緒にお弔いを始めた。




「見えちゃってるみたいだけど、良いの?」

《辻褄が合わんでな、良いであろう》

《すまぬ、つい》

『花を請われたなら仕方無い』


 本当に、ついうっかり生やしてしもうたんじゃが、カヤノヒメとククノチに助けられた。

 クエビコは問題無いとは言うておるが、すまん。




『あのオーラ、とっても綺麗に見えるのに』

《それは私達が神や精霊だからだ、と思っているんだよあの子は。ウーちゃん、その方が我々には得なんだ》


『どうして』

《だから褒め言葉を素直に受け取ってくれる、灯台だから、綺麗に見えているんだと。まだ事実はどうでも良いんだよ、先ずは受け入れる事が先》


『あ、もう』


《綺麗だねハナ、良い匂いだ》

「灯台サイズのイオン発生機か、とんでもねぇな」


《うんうん、煙も供えてあげよう。ウーちゃん、風を宜しく頼むよ》

『うん、花が似合うよハナ』

「ダジャレみたいだけど、ありがとう」


 普通の人間にはカヤノヒメとククノチしか見えていない、私とウーちゃんとドリアードは見えて無い。


 可愛い雷の子、良い匂いの子。




 何本手折ったろうか、寒い。

 眠い。


『眠い?』

「うん、寒いしもうやめる。温まってから寝るよ」

《おやすみ良い子》

《良く温まりなさいね》

『あぁ、そうしておけ』

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