第45話 天の声

 何も見えない真っ暗な世界。俺は転生して1か月も経たずに、死んだのだろう。別に頼んだわけではないが、チートスキルと身体強化を女神から貰った。それらを過信し、呆気なく俺は「黒南風」のスパイの親玉に殺されたのだ。




 転生前は、目立つことなく、穏やかなスローライフを満喫したいと願っていたが、この世界に来てから、その考えも徐々に変わってきた。あまり目立ちたくないという気持ちはあるが、それよりもスキルが1つしかないことで、苦しくて辛い思いをしている人々を何とか助けたいという意思が強くなった。ある意味、スキルが1つしかない自分の使命だと感じた。


 


 だが、そんな使命感に酔っていた自分もいたのだろう。伝説の勇者さえも凌ぐ魔力量、全属性の魔法が使用可能、人の域を超えた身体能力etc.。「人外」であることを肯定的に受け止めることで、心に大きな隙を作ってしまったのだ。


 


 エルマさん、モルガンさん、トゥーリは悲しんでくれるだろうか。フィオナとレティシアは、泣いてくれるだろうか。俺がヘマをしたばっかりに・・・。本当に申し訳ない。もしできることならば、怨霊になって「黒南風」のボスを呪い殺したり、守護霊になってフォオナやレティシアを守ったりしたいものだ。


 


 そんなことを考えながら、儚く終わった一生の数少ない思い出を回想していると・・・・・・。




 『あれ?もう諦めるんですか?随分と早いですね~。』




 頭の中に、薄っすらと女性の声が聞こえてきた。どこかで聞いたことのあるような声だが、それよりも、その腹立つ口調にイラッとした。




 『もう、死んだんだ。諦めるも何も、全て終わったんだよ。というか誰だ。』


 『えぇ~?本当にそうなんですかね~?』


 『何が言いたい?』


 『はぁ・・・。本当に世話の焼ける男ですね。特別に、あなたを想う人の声を届けてあげます。』




 声の主がそう言うと、俺の眼前にフィオナが泊っている宮殿の部屋の内部が映し出された。まるで、映画館の一番前で、巨大なスクリーン映像を見ている感じだ。フォオナとレティシアが小綺麗なパジャマ姿で、ベッド上に座っている。




 『フィオナ、ユリウスさんは、大丈夫でしょうか。今頃、襲撃されているんじゃ・・・。』


 『レティシア、心配しすぎよ。あぁ見えて、ユリウスはめちゃくちゃ強いんだから。それに、師匠があそこまで可愛がっている人、今までに見たことがないわ。』




 不思議なことに、フィオナとレティシアの話し声が聞こえてきた。「隠し撮り」みたいな感じだろうか。




 『で、ですよね!私のユリウスさんは、最強ですもんね!』


 『「私の」ってところは、絶対違うと思うけど・・・!!まぁ、ユリウスのことだから、逆にやり過ぎてしまって、師匠からまた怒られるかも。』


 『アハハ、それはありそうですね!』




 フィオナとレティシアは、俺のことを信じてくれているようだ。こんなに嬉しいことはない。




 『それじゃあ、もう寝ましょうか。』


 『はい。』


 『おやすみ、レティシア。』


 『おやすみなさい、フィオナ。』




 2人は仲良く、姉妹のようにくっつきながら、深い眠りについたようだ。




 すると、今度は別の画面に切り替わった。モルガンさんとトゥーリが仲睦まじく話をしている。「幸福亭」の中のようだ。




 『ユリウスさんとフィオナ、元気にしているかな。』


 『あの、2人なら、きっと、大丈夫だよ。』


 『だよね。またここに来てくれるといいな!』


 『あぁ、その時までに、もっと店を、大きく、しないとな。』


 『うん!ユリウスさんとフィオナのおかげで、悪い奴らもいなくなったし!』




 そこで目の前に映し出された映像は消え、元の真っ暗な状態に戻った。




 『あれ?もしかして、泣いてます?』



 俺は涙を堪えることができなかった。喜びと悲しさ、嬉しさと悔しさ、ポジティブな感情とネガティブな感情が入り混じり、何とも言えない思いが俺の胸を包み込んでいる。


 

 『うるせぇ・・・。これを俺に見せて、どうしろって言うんだよ。』


 『もし、あなたが死んでいないとしたら?』


 『はぁ?何言ってんだ?俺はもう・・・。』


 『本当に?』


 『だから、何を・・・・・・。』




 ここで俺はふと、疑問に思った。自分は確実に死んだ。この真っ暗な世界は死後の世界、もしくはそこへ通じる空間。そう考えていた。だが、自分の心身に意識を集中させると、普段通り、大きな魔力が流れているのだ。




 『はぁ、ようやく気付きましたか・・・。勘の鈍い人ですね・・・。』




 声の主は、呆れたように言った。何だろう、やっぱり腹立つ。




 『あなたは、まだ死んでいません。正確に言えば、生死を彷徨っている状態です。』


 『それはそれで、危ないんじゃ・・・。』


 『だから、わざわざ、この私が死なないように、声を掛けてあげたんですよ!』




 ったく、恩着せがましいなぁ。




 『死にたくないという思い、つまり、強い未練があれば、息を吹き返すことができると思います。』


 『未練か・・・。』




 だから、コイツはさっきフィオナとレティシアの会話を見せたのか。




 『もう大丈夫そうですね。』


 『あぁ。俺には、守るべき存在とやるべきことがある。こんなところで、終わっていいわけがないからな。』


 『油断大敵ですよ、次は確実に死ぬかもしれないので!』


 『分かってるって。もう油断しない。』


 『頼みますよ。』




 俺の覚悟が伝わったのだろう。声の主は、安心したように言った。




 『本当にありがとうな。』


 『いやいや、もっと感謝してもいいんですよ?跪いて首を垂れても、全然構いませんよ?さぁ、ほら!早く!さぁ!』




  ・・・コイツ!やっぱり、全然変わってねぇな!!




 『どうせ、今の枕片手にパジャマ姿なんだろ?』


 『ギクッ!!・・・べ、別に、そんなわけ・・・。というか、私は謎の美しい天の声なので、服装とかありませんけど・・・?』


 『はいはい。』




 このやり取りが、懐かしいと思ってしまう自分がいるんだよな・・・。




 『ま、まぁ、また暇なときに、あなたのことを覗いているので、勝手に死なないでくださいね。寝覚めが悪いので!!』


 『やっぱり、寝てんじゃねーか!』



 そうこうしているうちに、真っ暗な世界に徐々にヒビが入り出し、薄っすらと淡い光が見え始めた。




 『そろそろ、意識が戻りますね。』


 『そうみたいだな。というか、エゼルは俺を殺さなかったんだな。』


 『いや、確実に殺そうとしてましたよ?』


 『マジかよ・・・。あれ?じゃあ、何で俺生きてんの?』


 『それは、目を開けてからの『お楽しみ』ということで。』


 『めちゃくちゃ気になるんだけど・・・。』




 すると、真っ暗な世界が一気に崩壊し、眩しい大きな光が俺に差し込んできた。もうすぐ、意識が戻るのだろう。その前に伝えておかないとな。



 『あの時はめちゃくちゃムカついたけど、スキルも、魔力も、身体強化も、今となっては必要不可欠なものになってる。本当にありがとうな。』


 『え、ツンデレですか?気持ち悪いんですけど・・・。』




 ・・・コイツ!!




 直後、俺は意識を回復したのだった。

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スキルが1つで、何が悪い? セイヨウ @fantastic4

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