第44話 油断

 そして、その日の夜。




 コツコツという足音が静かに響く。好々爺は目的の部屋の前に到着すると、丁寧に3回、扉をノックした。




 「レティシア様、夜分にすみません。至急、お話したいことがございます。扉を開けますね。」




 「カチャッ」と鍵を開ける音がし、レティシアが泊っている部屋の扉が静かに外側から開けられた。




 「レティシア様、実は・・・・・・・・・・・」




 執事服に身を包み、上品な雰囲気を醸し出す老紳士は、身の毛がよだつような、おぞましい笑みを浮かべた。




 「死んでください。」




 プロメシア連邦国の宮殿「エルダグラード」で執事長を務め、国王・重臣・給仕たちからの信頼も厚い「ギオン」は、刃渡り12㎝ぐらいの鋭利なナイフで、「レティシア」の心臓を一突きした・・・。








 「なっ・・・!?」




 「ギオン」は、自らの感触と両眼を疑った。確実に心臓を突き刺したはずなのに、一切その感触が伝わってこない。まるで、空気にナイフを刺したようだった。そして、「レティシア」と認識していたは「影」は、スゥーと霧散していった。




 「来ると思っていたよ、ギオン。・・・いや、『黒南風』のスパイと言った方がいいか。どうせ、『ギオン』も偽名なんだろ?」


 「貴様は・・・・・・。」


 「ギオン」は、部屋の中央で佇む俺に、驚きを隠せないようだ。


 「なぜ、分かった?」


 「う~ん、勘かな・・・?」


 「・・・ふざけているのか?」


 「至って、真面目ですけど?」




 別に、冗談とか嘘をついているわけではない。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 執務室から退出し、ナターシャから執行猶予の条件の話が終わった後のことだ。ナターシャから、「黒南風」のスパイとして、怪しい人物の候補はいるかと聞かれた。もちろん、急に言われても、俺に思い当る節はなかった。しかし、恐ろしい幼女は、怪しいと思う人物とその理由を答えろと、えげつないオーラを放ちながら、俺に迫ってきたのだ・・・。・・・・・・・労基はどこにありますかね。


 「でも、本当に怪しい人物なんて・・・・・・・、いや・・・でも・・・・・・」


 「やっぱり、いるんじゃろ?」



 正直、確証も何もない、ただの勘だが、俺は思い浮かべた人物をナターシャに話した。もちろん、理由は「なんとなく」「そんな気がした」というものだ。だが、俺が発した人物名を聞くや否や、ナターシャは「その言葉を待ってた」という感じで、ニヤッと笑った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 「俺とナターシャの勘が、お前が怪しいってなったんだよ。それだけだ。」




 ・・・まぁ、ここまで半信半疑だったけど。




 「勘・・・だと?この私が一体、どれだけの時間と労力をかけ、緻密に綿密に潜入していたと思う!!」




 俺の言葉に、『ギオン』は怒り心頭という感じだ。だが、その激情は、「呆気なくスパイがバレた」ということだけに、向けられたものではなかった。




 「それにだ・・・!!この私が幻影魔法に騙されるなど、あり得ない!!貴様、どんな小細工をした!!」




 そう、俺がフィオナやレティシアに相談し、了承を得ていた「黒南風」対策が、今「ギオン」が言った幻影魔法「ミラーシパンタスマ」である。「ミラーシパンタスマ」は、光属性の究極魔法のうち、扱いが非常に難しい魔法の1つと言われている。そのため、まず使用できる「ウィザード」がほとんどいない。




 「小細工も何も、魔力の質を高めただけだし。そんなことも知らないの?」




 魔力量が高い人ほど、幻影魔法による幻を見分けやすい。結果、使用の困難さもあり、ほとんど表に出てこない魔法なのだ。しかし、ここに大きな幻影魔法の誤解がある。実は、幻影魔法は、使用する魔力の質を向上させればさせるほど、本物と幻を見極めるのが難しくなるのだ。




 レティシアを「黒南風」から死守するため、俺はレティシアの幻影を生み出し、部屋に置いておくことにしたのだ。もちろん、幻であるため、言葉を発したり、意思をもって動いたりすることはできないが・・・。ちなみに、レティシア本人は、フィオナの部屋に泊まってもらっている。




 「バカな!魔力の質を練り上げるなど、何十年と修行して、一部の天才が辿り着ける境地だぞ!!貴様みたいな若造ごときができるはずがない!」


 「できるんだから、仕方ないだろ?」




 「幸福亭」に泊まっている時に、自分の魔力で遊んでたら、何かできたのだ。「説明書」にも、魔力の質を高めることで、より魔法の威力・効果を向上させられるって書いてあったし。




 「もういい・・・!ニコラス様には悪いが、さっさと貴様をあの世に送ってやる。お前たち、やれ!!」




 「ギオン」の合図で、部屋の扉や窓から、漆黒の仮面を被った「黒南風」の構成員たちが一斉に飛びかかってきた。ざっと10人ぐらいだろうか。まぁ、何人いても結果は同じなんだが・・・。




 「『エタンセルパラリシス』!!」




 俺は、ザハール戦と同様に、麻痺魔法を10人にかけた。しかし・・・




 「うわっ!」




 「黒南風」の構成員たちの動きが止まることは一切なく、5人が一気に鋭利な黒い剣で切りつけてきた。身体強化もあり、難なく躱すことができたが、これは明らかにおかしい。




 「貴様に捕まったザハール部隊から、色々と情報を聞き出しているからなぁ。麻痺魔法対策は、万全だ。」




 そう言うと、「ギオン」は勝ち誇った笑みを浮かべた。やれやれ・・・ここは乗ってやるか。




 「ま、まさか、麻痺魔法が効かないとは・・・。」




 俺はめちゃくちゃ落ち込み、「ヤバイ、どうしよう!」という表情を見せた。




 ・・・元演劇部のエチュードをなめんなよ!




 「ハッ、つまらん。貴様、それでも余裕だろう?」




 ・・・はい、一発で見抜かれましたね。俺に役者の才能はないみたい。




 「私が、手塩に掛けて育てた10人の攻撃を、涼しげな顔で避けておいて、よく言う。お得意の『デウスプロテクシオン』で、魔法も効いてないようだしな。」




 さすがに、国王の住まう宮殿に潜り込み、執事長までの上りつめただけのことはある。洞察力は、一級品と言うべきだろう。




 「ちっ、バレたか・・・。」


 「腹立たしい男だ。だが、まぁいい。もうすぐ、貴様は死ぬのだからな。」




 そう言うと、「ギオン」は「ふぅ」と大きく息を吐いた。そして・・・




 「このスキルを、こんな若造に使うことになるとは・・・。かなり年老いたな・・・。ゴッドスキル【霍技】。」


 「!?」




 身体強化をしている俺でさえ、全く「ギオン」の動きが見えなかった。気がつくと、俺は「ギオン」の拳を、まともに受け、部屋から大森林アルゲンティム付近の平地まで飛ばされた。正拳突きが腹部にクリーンヒットし、内臓まで大きなダメージを受けた。




 ・・・こ、これ、やばすぎるだろ。下手すりゃ、死ぬ・・・。




 俺は、意識が朦朧とする中、急いで光属性の究極魔法「リヒトセラフィア」を使用した。「リヒトセラフィア」は、この世界で最高の回復魔法であり、「死」以外の病気・怪我・その他状態異常をすべて治癒することができる。




 「ほぅ、私の突きを受けて、死んでいないとは。中々、しぶといな。」




 俺と同様に、「ギオン」も飛行魔法を使い、俺が蹲っている平地まで移動してきた。




 「ここまで来れば、邪魔も入らないだろう。若造、ユリウスとか言ったな。『黒南風』に喧嘩を売ったこと、あの世で後悔するといい。スキル【霍技】。」




 「ギオン」は先程と同じく、目にも留まらぬ速さで俺を殴りかかってきた。転生特典で身体強化をしている俺でさえ、「ギオン」の動きを捉えることがほとんどできない。猛烈な殴打と蹴撃の嵐に、俺は何とか意識を保つので精一杯だった。もちろん、一撃食らうごとに「リヒトセラフィア」を唱えている。連続で、もろに食らえば、間違いなく即死だろう。




 ・・・ハハハ、圧倒的過ぎるな・・・。




 俺はザハール戦の後から、心の奥底で「黒南風」を舐めてかかっていたのだろう。切り札であるアルカナスキル【神奪】を持つ俺に、勝てる相手などきっといないのだろうと・・・。だが、何だこのザマは。一方的にボコボコにされ、スキルを使う隙すらない。1撃と1撃の間に最上位回復魔法を使うのが関の山。本当に情けない。




 「どうした?お得意の相手の魔力を奪うスキルは使わないのか?まぁ、一部の魔力しか奪えないスキルなど、私に使っても意味ないがな。」




 連撃を続ける「ギオン」が余裕の表情で語りかける。俺のスキルが、相手の全ての魔力を奪うということは、今のところバレていないようである。「迎賓の間」での一件が功を奏したのだろう。そこに、「ギオン」を倒す勝機があるように思えるが、スキルを使用するタイミングなど、一つもない。




 ・・・俺はこのまま死んだろうか。まぁ、油断した俺が悪いんだけど・・・。




 「そろそろ、お遊びはおしまいだ。冥途の土産に教えてやろう。私は、『黒南風』の諜報部統括を務める『エゼル』だ。」




 「ギオン」、いやエゼルは、さらにギアを1段上げてきた。つまり、先程までの疾風の如き攻撃は、本気ではなかったというわけだ。ここまでの化け物だったとは・・・。




 「永遠の別れだ、若造。」




 エゼルは、本気の踵落としを俺の脳天に直撃させた。そのまま、俺は完全に意識を失った・・・。

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