第43話 執行猶予と借金

 「取引ですか?」


 ドロテオは、恐る恐るナターシャに尋ねた。

 「そうじゃ。儂は立場上、国家内の問題に関する調査はできるが、それ以上介入することはできん。それは分かるじゃろ?」

 「もちろんです。」

 「だが、儂でなければ、この問題を解決することができるのじゃ。例えば、この小僧とかのぅ。」


 ナターシャは、ニタっと笑いながら、俺を見てきた。


 ・・・うん、もう嫌な予感しかしない!


 「ユリウス殿がですか?」

 「小僧は、儂が認めるほどの相当な実力者でのぅ。恐らく、この国でも随一じゃろう。」

 「「「えっ!?」」」


 ナターシャの発言に、3人が一気に俺の方を向いた。やめて!こっち見ないで!


 「ナターシャ様、それは本当ですか?」

 「もちろんじゃ、儂が保証してやろう。」


 ギルド本部統括長のお墨付きをもらってしまったことで、3人とも俺を見る目がキラキラと輝き始めた。おっさんたちに凝視されても、全然嬉しくなんだが・・・。


 「というわけで、ドロテオよ。セルスヴォルタ大陸のギルド本部統括長ナターシャ・キャンベルが太鼓判を押すこの小僧が、この宮殿内に潜伏している『黒南風』を倒すことを約束しよう。」


 ・・・おっと、勝手に話が進んでますね。


 「その代わり、その『黒南風』を倒すまで、この小僧とフィオナとレティシアをここに住まわせてくれんかのぅ。」


 ・・・うん、それは、なかなか魅力的な話ですね。


 「分かりました、ナターシャ様がお墨付きを与えるユリウス殿を信用いたします。ユリウス殿、どうかよろしくお願いします。」

 「ユリウス殿、期待しています。」

 「どうか、潜伏している不埒な輩を捕まえてください。」


 プロメシア連邦国の国王とその重臣2人が、深々と俺に頭を下げた。これは、何としてでも成功しなければならないやつだ。


 「ま、任せてください。」


 ナターシャの容赦に助けられている大罪人の俺に、拒否権などあるわけがない。まぁ、「黒南風」の幹部クラスを打倒できる機会でもあるので、俺としては正直嬉しくもある。


 話もひと段落したので、俺は気になっていることをナターシャに聞いてみた。


 「ナターシャ様、俺の罪は結局のところ、どうなるのでしょうか?」


 国王の話だと、ナターシャを含めたギルド本部統括長3人で、俺の処遇が決まるはずだ。しかし、ナターシャの発言から察するに、刑罰の代わりが今回の「黒南風」のスパイの捕縛だろう。それで、本当に大丈夫なのだろうか。


 「あぁ、小僧の大罪は、儂の権限で執行猶予にしておくから安心せい。」

 「執行猶予ですか?」

 「そうじゃ。宮殿に潜り込んでいる『黒南風』の鼠を捕まられることができれば、今回の小僧の罪はなかったことにしてやろう。逆に、捕縛することができなかったときは、極刑に処すからのぅ。」


 ・・・やべぇ、何が何でもスパイを捕まえることしか、生き残る手段がないんですけど。


 だが、「ダンジョン」を破壊したという罪が、これくらいで帳消しになるのであれば安いもの・・・


 「もちろん、それだけではないぞ?」

 「えっ?」

 「大森林アルゲンティムの地形まで変えただけでなく、『ダンジョン』を1つ粉々に壊したのじゃ。それだけで済むと思う方がおかしいじゃろ。」

 「「「えっ!?」」」


 ・・・やめて!!大森林アルゲンティムの話をばらさないで!!


 説教中、ナターシャに、他に何かやらかしてないか聞かれたため、大森林アルゲンティムの一部の地形を山に変えてしまったことを伝えたのだ。もちろん、それもめちゃくちゃ怒られたが・・・。

 この話を知らないドロテオたちは、目を見開いて俺を凝視している。


 「ユリウス殿、ちょっといいか。」

 「はい・・・。」


 俺はオズヴァルドに肩をギュッと掴まれ、全てを白状した・・・。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ナターシャから執行猶予の条件として提示されたものは2つである。1つ目は宮殿に潜伏している「黒南風」のスパイを捕まえること。そして、2つ目は・・・

「小僧、ギルドで冒険者登録をして、1年以内にSS級になるのじゃ。」


 そう、1年以内にギルド公認の最高ランクであるSS級冒険者になることだ。


 ・・・これが1番、色んな意味でキツイんですけどね。


 冒険者ランクは、基本的にA級からE級までしかない。しかし、「ギルド本部」が特別に認めた場合のみ、A級の上であるS級が与えられる。S級を有する冒険者は、全冒険者のわずか1%らしいのだが・・・。


 そして、SS級は「ギルド本部」のトップであるギルド本部統括長3名全員が承認した人物のみに授与される、称号となっている。つまり、1年以内にSS級として認められるというは、まず不可能な話なのだ。それでも、俺は死刑を免れるために、これをクリアしなければならない・・・。

 ・・・うん、これ、死刑不可避ルートじゃね?


 まぁ、ナターシャの話によると、SS級冒険者になった人物が自動的に、次期ギルド本部統括長の地位を受け継ぐことになるらしいが・・・。ナターシャは、俺を次の後継者にしたいのだろう。めちゃくちゃ嫌だけど・・・。


 「SS級レベルの実力を示すことができれば、他の統括長どもも、儂のこの決定に文句は言うまい。2人とも儂より年下じゃが、どうもクセが強いからのぅ。前ギルド本部統括長たちと相談して任命したのじゃが・・・。」


 ナターシャが珍しく頭を抱えていたため、俺は非常に驚いた。古参のナターシャが悩むほど、クセのある統括長なのだ。うん、嫌な予感しかしない。

 ただ、ナターシャには、『モノ』である俺がSS級になることで、『モノ』に対する意識を変えるという狙いも、あるのだと思う。あくまで、俺の推測だが・・・。

 しかし、SS級になれば、確実に間違いなく、俺の理想とする「目立たないスローライフ」は送れないだろう。これも全部、あのアホ女神のせいだろうか・・・。ちくしょー!今も幸せな顔して、寝てるんだろうな!

 

 ナターシャからは、近いうちにどこかのギルドに行って、冒険者登録をして来いと言われた。その際には、ナターシャから手渡された「手紙」を受付に見せるようにとも言われた。「手紙」には、上質な封蝋印が押されており、ナターシャのものと思しき、仰々しいがサインも書かれている。

 その後、ナターシャは仕事があると言って、足早に宮殿をあとにした。


 そして、大森林アルゲンティムの地形を変えてしまったことについては、国王・宰相・財務卿、それぞれからめちゃくちゃ怒られた・・・。特に、宰相マリアーノは目をバキバキに見開いて、暴れていた。その理由は・・・


 「ユリウス殿!大森林の地形を歪めてしまったことで、新たな地図を描かなければいけなくなったのですぞ!!その地図を!誰が!描くか!分かって!いるのですか!!」

 「ちょ、近いです、近いです、近いです・・・。」


 マリアーノは鼻息を荒くしながら、俺の方に近づいてきた。


・・・もう少しで、おっさんと熱い接吻をするところだっぜ・・・。あぶねぇ、あぶねぇ。俺のファーストキスの相手がマリアーノとか、死んでも嫌なんですけど。


 結果、国家管轄の大森林アルゲンティムに対する損害賠償や地形の調査・分析、新たな地図の製作費用などを要求され、俺は褒賞金全てを失うとともに、プロメシア連邦国に白金貨200枚の借金をすることとなったのだ。


・・・いきなり2000万円の借金を背負うことになるとは、予想外だぜ・・・。

 

 俺は、たった1日で全財産を喪失するとともに、莫大な負債を抱えることになったのだ。一応、返済に関しては、ナターシャの太鼓判を押された人物ということで、1年以内に一括で


 ・・・よし、是が非でも「黒南風」のスパイを捕まえて、借金を減らしてもらおう!そして、冒険者で荒稼ぎしてさっさと借金を返そう!・・・あれ、おかしいな・・・。涙が止まらないよ、パトラッシュ・・・。


 俺は決意を新たに、自分の部屋へと戻った。ちなみに、食事はナターシャの計らいで、昨日から宮殿の御馳走をいただけている。だが、大森林の地形を変え、「ダンジョン」を破壊してしまったことがバレてしまったので、今日から俺の食事は、ふかし芋だけどなった・・・。


 ・・・あぁ、何て惨めなんだろ。もう、笑うしかないな、これ。


 フォオナとレティシアたちが豪勢な料理に舌鼓を打っているのを横目で見ながら、俺はふかし芋を1切れ1切れ、大切に食べたのだった・・・。マジか、涙で前が見えねぇ・・・。

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