第38話 フィオナと魔獣

 翌朝から、ナターシャの特別任務をこなすため、大森林アルゲンティムに向かった。レティシアをどうするか迷ったが、本人は俺とフィオナと行動をともにしたいということだったので、特別任務を手伝ってもらうことにした。


 「そういえば、レティシアのスキル【遠望俯瞰】ってどんな能力なんだ?」


 鬱蒼とした大森林を歩きながら、俺はレティシアに聞いた。


 「名前の通り、遠くの景色まで見ることができるスキルです。人と同じ視線からも遠くが見えますし、鳥のように空から俯瞰した様子も見ることができます。」

 「なるほどな。」


 「クラウンスキル」はスキルの序列でも下から2番目だ。ミナージュ家という名家からしたら、全然大したことないスキルだろうが、俺個人的にはめちゃくちゃ有用性があると思う。むしろ、「エクリプススキル」以上ではないだろうか。


 「全然強くないスキルですので、あまり期待しないでくださいね。魔力量も『モノ』ですので、平均以下です。」


 レティシアは俯きながら、小さな声で言葉を紡いだ。


 「いや、あまり自分を卑下しない方がいいぞ。それに俺は、【遠望俯瞰】はかなり凄いスキルだと思う。」

 「私もユリウスと同感。」

 「えっ、どうしてですか?」


 俺とフィオナの発言が予想外だったのか、レティシアはパッと顔をあげ、俺たちの目をジッと見てきた。


 ・・・いや、美少女にガン見されると、照れるんですが・・・。


 「それは、今日の調査で分かると思うよ。」

 「?」


 レティシアは不思議そうに首を傾げたが、まぁすぐに分かることだ。


 「じゃあ、早速で悪いんだけど、スキル【遠望俯瞰】を使ってくれないか?」

 「えっ、構いませんけど、それで何をしたらいいんですか?」

 「閻魔種らしき魔獣がどこにいるのか、もしくは『ダンジョン』みたいな建物があるのかを見てほしい。」


 そう、レティシアのスキルはこの特別任務に最適なものだ。フィオナもそれを分かっていたのだろう。俺の今の言葉に頷いている。


 「なるほど、分かりました!スキル【遠望俯瞰】!」


 レティシアも俺たちの意図が通じたのか、溌剌とした声でスキル名を唱えた。


 しばらくすると、レティシアが大きな声を出した。


 「閻魔種らしき巨大な魔獣を見つけました!ですが・・・。」

 「どうしたの?」

 「何かおかしな点でもあるのか?」

 「いえ、その閻魔種の近くに、黒い仮面を被った人がいるのですが・・・。」

 「「っ!!」」


 俺とフィオナは、レティシアの発言を聞くや否や、すぐに目を合わせた。「黒南風」で間違いないだろう。


 「そいつは、『黒南風』だと思う。魔獣を含めて、どこにいる?」

 「ここから、北東へ2㎞ぐらいのところです!」

 「了解、いくぞ!」


 「インビジブルザラーム」を全員にかけ、俺たちは飛行魔法でその場所へと向かった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 「可愛い可愛い、私の魔獣ちゃん。今日はどこに放ってあげようかしら。」


 俺たちは、漆黒の仮面を被った人物の近くに降り立った。胸の膨らみや声色から、恐らく女性だろう。もっと近づいて情報を探ろうとしたその時、閻魔種と思しき魔獣が、見えていないはずの俺たちに向かって、大きな咆哮をした。


 「あら、そこに誰かいるのかしら?」


 ・・・クソ、あの魔獣、鼻が利くのか。めんどくせぇ~。


 見えていない状態で、「黒南風」のコイツと魔獣を一網打尽にしてやろうと思っていたが、予定が狂った。


・・・やれやれ、仕方ないか。


 「ここは俺がやろう」と思い、「インビジブルザラーム」を解こうとしたが、フィオナに思いっきり首根っこを掴まれた。


 ・・・おい、何しやがる!


 俺はフィオナを睨んだが、フィオナは何やら覚悟を決めたような、力強い眼で俺に訴えてきた。


 ・・・はぁ、なるほど。そういうことか。


 俺はフィオナの意図を汲み取り、グッと親指を立てた。すると、フィオナも口パクで「任せて」と言ったため、俺はフィオナだけ「インビジブルザラーム」を解除した。そして、フィオナは静かに「黒南風」の女性の前に姿を現した。


 「そいつは、閻魔種の『レジーナ・レオン』でしょ?」

 「う~ん?あなたは誰かしら?」

 「私はフィオナ。『黒南風』を殲滅する者よ。」


 眼前に佇む閻魔種は「レジーナ・レオン」というらしい。メスライオンのような風貌だが、紺碧に輝く炎で全身が覆われており、圧倒的強者感が滲み出ている。これまで倒してきた「インペリアル・エイプ」や「レクス・アラクネ」とは、明らかにレベルが違う感じだ。


 「アハハハハハハ!!あなたが私たちを追いかけまわしているネズミね!!よくもまぁ、ザコのくせに、こんなところまで現れたものねぇ。」


 「黒南風」の女は、フォオナを嘲笑し、明らかに格下に見ているようだった。だが、その油断が大きな命とりになるだろう。


 フィオナの様子を見ていると、レティシアが俺の袖をグイッと引っ張ってきた。


 (フォオナさん、大丈夫でしょうか?)


 レティシアは、「黒南風」の女に気づかれないよう、蚊の鳴くような小さな声で言ってきた。昨日の会話で、フィオナと俺が「モノ」であることは、レティシアも知っている。もちろん、フィオナの身が心配なのは俺も同じだ。ただ、今のフィオナは、そこら辺の一般人よりも強いからな。


 (大丈夫だよ。フィオナを信じろ。)


 俺もできる限り小さな声で返事をした。最悪、フィオナがピンチになれば、俺が速攻で助けに入るが。


 「残念だけど、今の私はこれまでの私と大きく違うの。後悔しても遅いからね。」

 「その強がりがいつまで持つのかしらね?さぁ、『レジーナ・レオン』、あそこに餌があるわ。思う存分、食べてきなさい。」


 「黒南風」の女がそう命令すると、閻魔種の「レジーナ・レオン」はフィオナの方に突進していった。だが、フィオナは華麗にその突撃を躱し、すぐに反撃の魔法を放った。


 「ユリウス、本当にありがとう。『ネージュアバランチ』!!」

 「なっ!!」


 フィオナが魔法を詠唱すると、「レジーナ・レオン」の頭上から、何重にも連なった巨大な雪の塊が凄まじいスピードで降ってきた。「レジーナ・レオン」は避けようとしたが、全く間に合わず、雪崩が全身に直撃した。


 ・・・水属性の超級魔法か。にしても、威力が桁違いだな。


 「ネージュアバランチ」は水属性の魔法だが、実際は氷属性と言うべきだろう。疑似的な雪崩を対象の頭上に落とすという破壊力抜群の魔法だが、俺はまだ使ったことがない。

 

 隣で見ているレティシアは、ビックリしすぎて、北斗〇拳伝承者のケ〇シロウみたいな顔になってるし。


 雪崩が終わると、そこには全身の骨が砕け散り、無残な姿で息絶えた「レジーナ・レオン」が現れた。


 「あなた、その力は何!?あなたごときでは、超級魔法なんて使えないはずでしょ!!」


 フィオナによる想定外の攻撃に、「黒南風」の女は深く動揺していた。良い気味だ。


 ・・・フィオナに付与した魔力量、もっとあげておくか。これから、上位魔法をガンガン使ってほしいし。ついでに、レティシアにも護身用のために、同じような装飾品をプレゼントしよう。


 願ったわけではないが、女神からもらったチート級の魔力量だ。この世界で必死に生きる彼女たちに、少しでも還元するべきだろう。


 「『黒南風』なんかに教えるわけないでしょ。」


 フィオナは大満足といった感じで、「黒南風」の女と対峙している。


 「ふっ、まぁいいわ。『レジーナ・レオン』が倒されたのは予想外だけど、もう魔法は使えないでしょ?『モノ』ごときが、超級魔法に手を出すからこうなるのよ。」


 「黒南風」の女の言い分は、間違っている。俺がフィオナにプレゼントしたブレスレットに込めた魔力量は約2万だ。究極魔法は難しいかもしれないが、それ以外の上位魔法なら何回か使うことができる。下位魔法に関して言えば、何十回も可能であろう。だが・・・。


 「それに、私にはレジェンドスキルが2つもあるの。ニコラス様の寵愛を受けたこの私に勝てるわけないわ。」


 そう、問題はそこなのだ。たった1人で閻魔種を操れるのだ。「黒南風」の中でも相当の手練れだろう。まぁ、レジェンドスキルの1つがその閻魔種を操れるスキルなんだろうけど。


 ・・・というか、ニコラスって誰だ?


 フィオナがどう立ち回るのか注目だ!と思ったのも束の間、フィオナの口から衝撃的な言葉が飛び出た。


 「確かに、レジェンドスキルを相手にするのは骨が折れるわね。というわけで・・・ユリウス!あとはお願い!」


 ・・・こいつ~!!めんどくさい相手は俺に押しつけやがった!!


 まぁ、実際問題、フィオナの魔力量も心許ない状態だ。俺が相手するのが一番だろう。


 「はぁ、結局俺がコイツの相手かよ。」


 俺はレティシアに親指をグッと立てて、「I’ll be back.」と口パクで言った。

 ・・・うん、まぁそんな顔になりますよね。すみません。


 俺は「インビジブルザラーム」を解除し、「黒南風」の女の眼前に現れた。


 「あら?あなたが私に殺される最初の一人かしら?」

 「殺されるつもりはないので、お手柔らかにお願いします。」


 ・・・さてと、アルカナスキル【神奪】で速攻終わらせてもいいんだが。


 俺は、この前のザハールたちとの戦いを踏まえて、アルカナスキルに頼りすぎていけない気がしている。もちろん、魔力総量も増やせるし、相手のスキルも使えなくできるし、良いことばかりなのだが、それに胡坐をかくのは、何か違うと思っている。フィオナは「モノ」で生まれ、苦しい中でも必死に努力して、戦う力を身につけたのだ。俺はそんな努力もせずに、女神からもらったチートスキルで簡単に倒しまくって良いのだろうか。


 このような思考を巡らせた俺は、アルカナスキル【神奪】をもしもの時の切り札にとっておき、それ以外は己の魔力量と身体強化で戦っていこうと決意した。

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