第36話 レティシアとナターシャ

 「ミナージュ家って何?」

 「ユリウス、世間知らずにも程があるでしょ・・・。」


 フィオナは再び呆れた様子だったが、俺の無知さに慣れたのか懇切丁寧に説明してくれた。


 「ミナージュ家は、『トリ』が非常に多い貴族の家系で、プロメシア連邦国に代々仕えているの。ちなみに、そのほとんどがレジェンドスキルを保有しているらしいわ。」


 ・・・なるほど、まさしくこの世界に愛された家系だな。


 「でも、そんな名家の人間が、どうしてこんなところにいるんだ?」

 「・・・・・・・」

 

 俺の疑問に、レティシアは口をつぐんだ。まぁ、話したくない事情があるのだろう。余程のことがなければ、プロメシア連邦国にとって重要な貴族の女の子が、こんな森林の中にいるわけがない。


 「あ、別に言いたくなかったら、言わなくてもいいから。複雑な事情があると思うし。」


 俺の言葉にレティシアは少し安堵した様子だったが、首を横に振り、覚悟を決めた眼差しを俺たちに向けた。


 「いえ、命を助けていただいた身です。少し長くなりますが、私の話を聞いてください。」


 レティシアは涙を浮かべながら、ゆっくりと事情を話してくれた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 レティシアの話をまとめるとこうだ。ミナージュ家では、強力なスキルをもつ人間か「トリ」が非常に優遇される。しかし、レティシアは「モノ」として生を受け、なおかつ、スキルはクラウンスキル【遠望俯瞰】だった。そのため、ミナージュ家では、兄弟姉妹や両親、その他の親族、お世話係に常に冷遇されながら育った。そして、貴族の世界では15歳で成人となるため、15歳の誕生日を迎えた先日、ついにミナージュ家を追放されたそうだ。行くあてがないまま、ふらふらと彷徨っていたときに、この大森林アルゲンティムに着き、『レクス・アラクネ』に襲われて、今に至るというわけだ。


 「ひどい話だな・・・。」

 「えぇ、本当に・・・。」


 レティシアの悲痛な過去を聞き、俺とフィオナは心が非常に痛くなった。そして、フィオナも恐らくそうだろうが、ミナージュ家に対して、沸々と怒りが湧いてきている。


 「よし、ミナージュ家を滅ぼすか。」

 「やめなさい!」


 フィオナに思いっきりしばかれた。いや、冗談ですよ・・・半分。


 「相当辛かったでしょ。レティシア、よくがんばったわね。」


 フィオナの言葉にレティシアは、堰を切ったように大きな声で泣き始めた。これまで、色々と我慢してきたのだろう。フィオナも「モノ」による差別を受け、苦しんできた。2人には、きっと何か通ずるものがあるのだ。そして、フィオナとレティシアが互いに抱き合っている姿を見て、やはりこの世界の「モノ」に対する偏見や迫害を何とかしなければならないと、俺は強く思った。


 「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はユリウス、よろしく。」

 「私は、フィオナ。よろしくね、レティシア。」

 「はい。ユリウスさん、フィオナさん、こちらこそよろしくお願いします。」


 自己紹介を軽く済ませた後、俺とフィオナはここに来た経緯を簡潔に説明した。その際、ウェグザムでの出来事や「黒南風」について、俺たちが「モノ」であることも伝えた。


 「え、ユリウスさんって、『モノ』でありながら、『ウィザード』なんですか!?」

 「ま、まぁ、一応そうだよ。」

 「『ウィザード』でも、閻魔種を初級魔法で、しかも一撃で倒すなんて、あり得ないんじゃ・・・。」

 「ユリウスは人外だから、気にしない方がいいと思う。」

 「な、なるほど・・・。」


 レティシアは若干信じられないという表情を見せたが、フィオナの言葉に納得したようだった。


・・・いや、人外だからって言われて、「なるほど」で済ますなよ!もっと、つっこめよ!


 「それで、レティシアはこれからどうするつもりなんだ?」

 「特に行く当てもありませんので・・・どこかの街で暮らそうかと・・・。」


 レティシアは正直、この先の将来に何も期待していないようだった。名家を追放され、魔力もスキルも乏しい自分に、嫌気がさしているのだろう。


 ・・・う~ん、仕方ない。一応、聞いてみるか。


 「なぁ、もし、レティシアが」

 「私たちと一緒に来ない?」


 ・・・おぉ~い!!!俺が今言おうとしてましたよね!!


 俺の発言をフィオナに横取りされたが、まぁいい。フィオナも考えることは同じだったようだ。


 「えっ・・・いや、それは・・・」


 レティシアは何やら葛藤しているようだった。だが、そんなのはしなくていい。


 「迷惑になるんじゃないかとか、考えているんだろ?そんなのは、気にしなくていい。レティシアがどうしたいかで、決めてくれ。俺たちはその選択を尊重するよ。」


 フィオナと俺から、レティシアと一緒に過ごすことを提案したのだ。レティシアが、色々と気にすることなんてない。自分の気持ちに、正直に決めてくれたらそれでいい。


 「・・・すみません、本当にありがとうございます。皆さんがよろしければ、ぜひご一緒させてください。」

 「「もちろん!」」


 これで、レティシアという仲間が増えたわけだ。ミナージュ家が名家の名誉を守るためとか言って、レティシアのことを「黒南風」に話して、殺害させようとしている可能性だってあるわけだ。レティシアは、俺たちと一緒にいた方が比較的安全だと思う。帰ったら、ナターシャにお願いして、レティシア用の賓客部屋を手配してもらおう。


 「ユリウス、今日は一度帰って、明日から本格的に調査するのはどう?レティシアもいるし。」

 「そうだな、ナターシャにレティシアのことを相談したいし、今日はもう切り上げるか。」


 今日は、首都へ移動してきたばかりでお互い疲れもあるだろう。気持ち的には調査を続けたいが、レティシアもいることだし、この辺で宮殿に帰ることにした。帰りも、不可視魔法と飛行魔法を使ったが、フィオナがうるさいので、行きよりもかなり速度を落として帰ることにした。ただ、貴族出身のレティシアにとっては衝撃的だったらしく、途中で気絶していた。

 

・・・うん、何かごめん。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 宮殿に到着した頃には、黄昏時になっていた。その後、俺とフィオナは、レティシアを連れてナターシャが1泊する予定の豪華な一室に入った。そして、レティシアのことについて色々と話をした。レティシアは、ナターシャを初めて見たこともあり、めちゃくちゃ驚いていたが、それよりもそのオーラに圧倒され、終始ガクガクと震えていた。


 「・・・ということなんですが。」

 「師匠、どうにかできませんか・・・?」


 俺とフィオナの説明を、静かに腕を組みながら、ギルド本部統括長であるナターシャは聞いていた。一通り、話が終わると、ナターシャはおもむろに口を開いた。


 「ふむ・・・。レティシアよ、貴様は今後どうしたいのじゃ?」

 「私は・・・・・・。」


 ナターシャは、レティシア本人の口からその真意を聞きたいようだ。まぁ、それはそうだろう。いくら外野である俺たちがお願いしたところで、それが本人の意思でなければ意味がない。


 「私は、これまでミナージュ家で冷たく扱われてきました。でも、それは仕方のないことだと、自分が弱いのがいけないことだと思っていました。しかし、先程、ユリウスさんやフィオナさんと話す中で、それがむしろ自分を苦しめていたのだと気づきました。ユリウスさんもフィオナさんも、『モノ』に対する差別をなくすために、苦しい思いをしながら戦っています。私も、この2人のように戦いたいと、自分と同じような辛い思いをする人を少しでも減らせるように行動していきたいと、強く思いました。私の第二の人生は、今日この日から始まるのだと思います。」


 レティシアが紡ぐ一つ一つの言葉に、俺はめちゃくちゃ感動した。レティシアにとって、今日が再スタートの日になるのだろう。これまでの辛い経験を糧にし、新たな一歩を踏み出そうとする。その強い姿勢に深く感銘を受けた。そして、それは目の前の幼女もそうだったのだろう。


 「レティシア、貴様はなかなかに面白い娘じゃのぅ。その思い、儂がしかと受け取った。このセルスヴォルタ大陸のギルド本部統括長であるこの儂が、貴様を庇護してやろう。フィオナたちと同じように、賓客部屋も用意してやる。」

 「えっ、いいんですか!?本当にありがとうございます、ナターシャ様。この御恩は一生忘れません。」

 「師匠、私からもありがとうございます。」

 「ナターシャ様、ありがとうございます。」


 俺たち3人は、ナターシャに深々と頭を下げた。そして、俺は心の中で、ひっそりと最大の敬意を表した。俺の予想以上に、ナターシャは非常に頼りがいのある人格者のようだ。


 「わっははは!気にするでない。可愛い弟子の頼みでもあるしな。ただ、レティシア。」

 「は、はい。」

 「貴様はミナージュ家を追放された身。家名を名乗ることは、ミナージュ家が許さんじゃろう。そこでじゃ。儂の家名キャンベルを名乗る気はあるか?」

 「「えっ!?」」


 俺とレティシアの声がハモった。俺にとっても、レティシアにとっても、この発言は驚愕だったのだ。この世界の家名とは、簡単に言えば、その家の庇護下にあるということだ。家名があるのは、ほとんどが貴族・王族であり、それは代々受け継がれていくものである。つまり、レティシアがキャンベルの家名を名乗るということは、名実ともに、ギルド本部統括長であるナターシャの庇護下に入ることを意味する。

 「え、そ、それは、ご、ご冗談ですよね?」

 「冗談ではない、マジな話じゃ。」


 ・・・えぇ、マジっすか。レティシアちゃん、ビビりすぎて、クッ〇ングパパみたいな顔になってますよ。


 「貴様は追放されたとは言え、一応貴族の家系じゃ。それに、貴様のその風貌は明らかに平民のそれではない。家名を失った貴族として、後ろ指をさされながら生きるよりも、新たな家名を得て生きる方が良いと思うのじゃが?」


 ・・・なるほど、そういう狙いもあるのか。


 ナターシャの意図としては、家名を名乗らせることで、ミナージュ家からレティシアを守るだけでなく、貴族としても、今後生活しやすくなるというわけだ。


 「・・・・・・非常にありがたいお話です。ですが、大変申し訳ございません。家名のことについては、遠慮させてください。」


 ・・・えぇ!!ちょ、マジっすか、レティシアさん!!乗るしかないでしょ、このビッグウェーブに!!


 「理由は何じゃ?」

 「私は、もう貴族として生きる道を捨てました。例え、周囲からバカにされようと、自分の生き方を、信念を曲げたくはありません。ナターシャ様の庇護下に入ることは大変恐縮であり、光栄なことだと思います。しかし、家名に守られている中で、『モノ』への差別をなくしていこうとするのは、違うと思います。ほとんどの『モノ』は、家名なんて存在しません。だから、家名なき私でありたいのです。」


 ・・・レティシアさん、カッコよすぎでしょ。惚れてまうやろ~!!って叫びたくなったわ。


 「そうか、貴様もそう答えるか。やはり、面白いのぅ。」


 ・・・ん、貴様「も」?


 「実は、フィオナにも以前から言っているのじゃが、フィオナも『絶対に嫌』の一点張りでのぅ。」

 「師匠の家名を名乗ることは非常に名誉なことで、嬉しいのですが・・・。」


 フィオナとレティシアは、やはり似ているのかもしれないな。「モノ」として虐げられてきた過去があるからこそ、家名に守られたくないのだろう。まぁ、それも分かっていながら、ナターシャは聞いているような感じだったが・・・。


 「まぁ、レティシアよ。家名云々はさておき、もしものときはこの2人や儂を頼るといい。」

 「はい、この度は本当にありがとうございます。深く感謝申し上げます。」


 ナターシャとの話が済み、レティシア用の賓客部屋も手配されたため、俺たちはナターシャの部屋から退出することにした。ナターシャに部屋を用意するように言われた時のオズヴァルドさんの表情は、なかなかに面白かったな。


 「「「失礼いたします。」」」

 「ちょっと待て。」


 俺たちが部屋を出ようとしたとき、ナターシャが急に呼び止めた。何か忘れ物だろうか。


 「小僧は、まだ儂と話すことがある。フィオナとレティシアは、もう帰って良いぞ。」


 ・・・はい、もう嫌です、この展開。俺が一体、何をしたって言うんだよ!!!!


 涙目になってフィオナとレティシアを見たが、2人とも可憐な笑顔を見せて、サッと消えていった。


 ・・・あいつら、覚えておけよ!!!


 こうして、俺は恐ろしい幼女と2人っきりになったのだ。ぐすっ・・・。

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